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    【第十六場】












地平線の彼方、土煙が靄う。

途切れ途切れの砲弾は、一つの波動となり大地を揺るがす。
兵士達の叫び声に吸い込まれるように、気づかぬうちに走り出す。
サーベルを握る手は、命を持つようになぎ払い途を作る。



彼へと帰る途を。




砂塵の上がる戦場をただ一人の荒野のように、若者は走り続ける。







赤いマチェテは、なお赤く染まる。
振り下ろし、払い、抉り、突く。
錆びた匂いが、手に、脚に、胸に、背に粘りつく。
焦げ付く土煙が、重苦しい霧のように立ち昇る。



息が詰まる。



そして又、マチェテを振り上げる。
戦う者、倒れる者、そして逃げる者、土煙の向こうは遠い影絵のように回る。



霞む目を凝らす。


何故走り続け、何故戦い続けるのか。
そんな事はもう忘れてしまった。
身体が軋み、心が噛み千切られる。
戦えと叫ぶ声は、まだ終わらない。
世直しの英雄、どこかで聞いたかもしれない。




マチェテを振り下ろす。




乱れる髪を払う。













影が懐に入る。
サーベルの軋む光で、世界が色を放つ。
蒼貌の若者が、降りる。




眼前の、黒い瞳。





吹雪の幻を打ち払い、サーベルを弾き飛ばす。
砲弾が炸裂し、火柱が燃えあがる。
瞳があの日の朱に染まる。
柔らかい髪は爆風に流れ、頬にへばりつく。
上気した唇が薄く開き、赤い舌が汗を舐める。
土煙に滲む瞳を男に据える。


サーベルにかかる指が、微かに躊躇う。
燃え上がる火柱は幕となり、ただ二人を包み込む。




俺達の祈りは、天に届く筈も無く。




突き出されたサーベルが、肘をかすめる。
裂けた皮膚が、赤く滲む。


溶けるような肌が、吸い付くような舌が、不意に唇に甦る。
波打つ胸が、反り返る背中が、仰け反る喉が、身体に絡み付く。
匂い立つような汗が、血が、流れ込み心臓を押しつぶす。






永劫と思える程の、刹那の光に満たされる。






擦り上げられたサーベルが、マチェテに削られる。
鈍く光る血の匂いが、鼻腔を刺す。


乱れる黒髪に、血走る瞳に、熱い吐息が耳の奥で木霊する。
弄る腕に、もつれ合う脚に、包み込む胸に、身体が戒められる。
燃えあがるような汗が、血が、押し入り心臓を食い尽くす。





それは彼と同じ、祈りなのかもしれない。






大きく刃が、一閃する。
飛びのく若者と、対峙する。









そして、りかは笑った。




土煙の向う、男は消えた。






















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