俺はあいつらとは違う
俺はあいつらとは違うんだ。
抜きん出て賢い訳ではないし打ち込んでいる何かがある訳ではないし稼ぎがいい訳では無いし性格がいい訳ではないしイケメンではないし授業も切るし単位も落とすし彼女も居ない俺は、抜きん出て賢いあいつや世界で戦うあいつや学生なのに稼いでいるあいつや誰もが認める聖人のあいつやイケメンと持ち上げられるあいつやフル単のあいつや可愛い彼女のいる"あいつら"とは違うんだ。
何の実績も根拠もやり甲斐も実感も虚無感までも無い宙ぶらりんの自信は、"ポテンシャル"とか"地頭"とか"異端さ"に依存して肥大化する。共通する性質は、定量的では無いステータスだという事だ。ポテンシャルも地頭も、"俺ら"が便宜上生み出した心の拠り所にする為の勝手な指数に過ぎない。
"あいつら"と同じフィールドで戦ったら、もしかしたら勝てない可能性がある。(つまり明らかに勝てない。)だから異端に走れば、そこでの優劣は付けられず未知数である。要は、ただ、
現実を理解するのが怖いんだ。
漠然とした自信は、寝坊して授業を切ってテストができなくて友達と喧嘩して、人間として最も醜い今日という一日でさえも、無自覚な内に都合のいい解釈を好んで、貪り食い、アメリカ級のデブへ変貌する。
アメリカ級のデブって、あのサイズになる途中の段階で気付けないのかな。アハ体験?
空虚な現実のつけ入る隙を見つけたら、すかさず無意味な空想にのめり込みシャットアウトする。自分も他人も気づかない内に、脳みそがに"驕り"を"自信"と解釈すれば、人生は幸せに終われるんだから。
どんなときも、俺は自分が好きだし、きっとこれからもそうだろう。この究極の自己防衛、心の健康に繋がるから、
みんな真似してみてね!


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