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     【第十三場】








二万五千ルーブル。

りかの首に賞金が掛かった。
女帝エカテリーナの縄は確実に締まり始める。




脱走する者、裏切る者が日毎に増える。
所詮烏合のコサック軍に、敗色の影がさす。

崩れゆくもの全てに、目を逸らし。
吹雪の彼方の業火を、胸に抱き。
迫り来る臨界を、蒼く感じながら。
男は戦いを重ねた。







黒い瞳の女を選ぶのを、辞めた。













疲れ切ったテントの群れは、廃墟のように夜に沈む。


それでも若者は、いつものように酒を運ぶ。
そして灯りの下で、いつものように酒を注ぐ。
浴びるほどに杯を重ね。
酔えない男は、又、杯を傾ける。


薄暗いランプの灯りの下、湖の瞳は深く沈む。
日々囲む瞳に映るのは、不安、焦燥、そして諦め。
この瞳だけは、出会ったあの日から微動だにしない。
全てを俺の運命に委ね、全てを俺の宿命に重ねる。


「飲むか。」


湖の瞳は漣一つ立てずに、ゆっくりと上がる。
捧げ物の様に、恭しげに杯を干す。
微かに歪んだ唇は、微笑むような弧を描く。
俺の強張った頬は、答えるように引き攣った。
崩れゆくこの世の振動は、俺の膝を這い上がる。






まだ、捕まらない。
まだ、橇を駆る。
傍らには、こいつがいる。


いきなり腕を引かれ、身体に重みがかかる。






毛皮の名残の護符が揺れる。
あの夜の炎を、ランプが映し出す。
あの夜の匂いが、俺に満ちてくる。


振りきるように、俺は笑い。
捨て去るように、手を伸ばす。






頼りない灯りの下、影が縺れあう。
瓦解する大地の上、お互いを支えあう様に。
大きく揺らぐ俺達の影が、逸らした世界を剥き出しにする。


息が止まるほどに、背中を爪が引く。
獲物を貪るように、身体に歯を立てる。



千切れるような痛みに堪える口から、いつしか喘ぎ声が洩れる。
もつれ合う快感と弧絶の波に飲まれ、青年の瞳に黒い瞳が映る。

















未明の闇に、テントを離れる。
吹雪の彼方は近いだろう。
遠く吠える狼に、ふと故郷が思い出される。
毛皮の襟を立て、冷たい空の匂いを嗅ぐ。





いつものように、夜が明ける。
























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