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【第十ニ場】







懐かしい砦が、大きく口を開ける。







驚き慌てるコサック達を、りかと共に抜けて行く。



仰ぎ見る空は、のどかに風が渡る。
緩やかに流れる雲に、鳥の声が溶ける。
男の背を見つめ、ぼんやりと思う。


あの頃に、戻ることは出来るのだろうか。
この背を、忘れる日が来るのだろうか。
あの瞳を、忘れることに耐えられるのだろうか。



そして、彼は。







「皇帝陛下、どうなされました。」
問いかける男達を尻目に、きりやの部屋へ向かう。










長椅子に力無く、蒼白い娘が横たわる。
見開かれた娘の瞳が、喜びの泪で覆われる。
忘れていた懐かしさに、心が突き動かされる。
思わず駆け寄り、あかねを抱き締める。
回される腕は、昔のままに暖かい。
背骨の奥を鈍く、痛みが這い上がる。




やりきれない痛みが鈍く、突き通す。



「貴様、俺を騙したな。」
追いつくきりやを殴り倒す。
拳がやけに痛む。
戸惑う娘に寄りそう若者の、黒い瞳が揺らぐ。



りかが、笑った。





「君はこの娘と、結婚しろ。」


空気がゆっくりと、歪曲する。
部屋が静寂に、蝕まれる。
一幅の絵のように、娘と天使が浮き上がる。




捻くれた天の陥穽から、御使いは転げ落ち。
偽りの安らぎを求め、少女のように傍らでまどろんだ。
虚構の檻に囚われ、聖人は組み敷かれ。
幻惑の炎に焼かれ、娼婦のように淫猥に笑みを浮かべる。



この邂逅は、狂気の極光。



イコンの天使が、甦る。



天上に向かう羽に、伸ばした手は空をかく。
もう、掴もうとさえ思いはしない。
瞳に一枚、幕を張る。


「近付きになれて、よかった。」
微かに震える手が、差し出される。


「俺も、そうだ。」
燻る熱に、酔いそうだ。
嘲笑うかの如く、言葉を吐く。





「先生、今度はいつ、どんな形で会うのかな、俺達は。」





言い終わらないうちに、身体を抱き寄せる。
あの日と同じ匂いに包まれる。
体温が流れ込む前に。
吐息が触れる前に。
振り払うように身体を離す。




閉ざされた扉の果て、足音は重く。
そして消えた。



信じきった瞳が、温かく注がれる。
進むべき道が、明るく開かれる。
在るべき世界へ戻る事は、ひたすらに逃げ込む事なのかもしれない。
それでも、逃れなければ。
そしていつか、時が心を止めてくれるのを、
ひたすらに待ち続けよう。









「僕の故郷に帰ろう、シンビールスクへ。」
















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