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【第九場】
白くうつろう闇を、橇は抜けてゆく。
夕刻からの雪は、激しさを増す。
木々が溶けて流れゆく。
鋭い飛沫が、容赦なく顔に突き刺さる。
天使はそして、言葉を忘れ。
俺はひたすら、橇を駆る
行く手だけをただ見据え。
こいつと二人、行きつくのは天国か。
凍えた頬が、皮肉に歪む。
「今度のことでは感謝している。」
流れる森を背に、強張った唇が呟く。
「君は、どこまでもこの戦いを続けるつもりか。」
俺の目の中、黒い瞳が浮き上がった。
「世間で君の事をなんて呼んでいるか知っているか。
ペテン師、極悪人、ならず者、脱獄囚、」
「社会の敵、か。」
瞳に惑わされる。
思わず言葉がついて出る。
「だがな、俺達の側では違うぞ。
慈悲深い勇士、お天道様、よき親父、世直しの英雄、だ。」
「僕は女帝陛下に忠誠を誓った貴族だ。」
橇に酔ったのだろうか、言葉が流れ出す。
「ロシアが今のままで良いとは思わない。」
流れる言葉は奔流となり、溢れ出す。
「だが、君のしていることは暴挙だ。」
吹雪より、なお激しく渦を巻く。
「力任せに無知な連中を煽って、」
胸の奥が、浚われる。
「それで世直しが出来ると、本当に信じているのか。」
届かぬ言葉を、投げつける。
「先生、核心に迫ってきたな。」
瞳にりかの翳が、迫る。
「俺の胸を、抉るつもりか。」
引き返す途を捨てた、
俺はただ嘲笑うしかない。
後はただ進むだけ、
嘲笑う俺、見詰める瞳。
痩せた土も臭い飯も、俺はもう別れを告げた。
あの日の吹雪の下、葬ってしまった。
俺に燃える炎は、風を受け。
俺達の、明日さえ燃やすのかもしれない。
それでもただ、進むだけ。
凍てつく昨日を、忘れながら。
そして、低く口笛を吹く。
鎮魂の歌を、雪の上に残し。
「あんたのような男が無残に果てるのを、
僕は、見たくはない。」
祈りの言葉は、天の祝福のように俺を砕く。
「無残に果てる、そうとは限らん。」
吹き上がる突風に、大きく鞭を振り上げた。
橇は一つ大きく揺らぐ。
りかの顔から目が離せない。
横殴りの雪が目を潰す。
彼の言葉が突き刺さる。
叫ぶ声も流される血も、もう見たくはない。
それでも彼は、進むのだろう。
行く手には不幸せの神が、待ち受けている。
あての無い明日に向かい、橇は走り続ける。
俺は炎に包まれ、もう消すことなど思いもよらず。
お前は水のように、俺達は永遠に相容れない。
近寄らず流れて行けと、祈る声は偽りを纏う。
お前には、分かる筈もなく。
俺は、分かって欲しい訳もなく。
「俺は、賭けを打って出るんだ。」
それは、見えない明日。
そして、凍りついた大地。
白い闇を抜け、俺達は何処に辿りつく。
神は悪ふざけに、いつ幕を引く。
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