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【第二場】
昔馴染みの宿屋に、馬車を止める。
蒔のはぜる音で、何日振りかの酒を飲む。
焼付く液体は、凍った心に火をつける。
虫螻風情が何処まで昇れる。
捨てるものなど疾うに無い。
この凍土を焼き尽くす。
俺の身一つで、必ず。
吸い込まれる様に、火を見詰める。
老いて凍てつく北の帝国。
轢され潰れる幾千万の虫螻。
怒りは臨界をじき越える。
大津波の頂点に、俺は、立つ。
焼付く胸を焼き尽そうと、又酒を流し込む。
微かに寝台の軋む音がした。
若者の目が、ぼんやりと開く。
母のイコンを、思い出す。
天使の顔が、思い出せない。
「よう、具合はどうだ?」
朦朧としているのか、首を振る。
煙る瞳の、焦点が合う。
「行き倒れたのを助けてやったんだ、礼くらい言ったらどうだ。」
「あり、が」
「飲めよ、暖ったまるぜ。」
ヴォトカの瓶を、口に運ぶ。
唇が力無く、綻ぶ。
酒が顎を薄く、伝う。
「あーあ、勿体ねえ。」
二つ折れになり、弱々しく咽込む。
包む身体は、燃えるように熱い。
このまま放るんだ、余計な荷物は背負い込むな。
脱獄囚だぞ、俺は。
荒い息使いは、段々と弱くなってくる。
首が力無く、腕で反り返る。
睫が緩く、伏せられる。
本物の天使になっちまうな。
それも、勿体無い。
ヴォトカを含み血の気の引いた唇に、寄せる。
白い喉が、上下する。
熱い身体が強張り、そして緩む。
寝台に入り、そうっと抱き寄せる。
今まで抱いたどんな女より、いい匂いがする。
「か、あさん」
柔らかな頬が胸を擦る。
暖かい涙が。
天使のお袋、それも悪くない。
こんな安らかな気持ちはいつ以来か。
雪の音は遠く聖歌となり、消える。

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