【新連載】兵庫“メディアの敗北”の真相② 「怪文書」にも見えた内部告発をどう扱ったのか
1年以上にわたって兵庫県に混乱と分断をもたらしている“文書問題”。「メディアの敗北」とまで言われる事態はなぜ起きたのか。当時、NHK神戸放送局で報道の責任者を務めてきた小林和樹氏が、「表の報道」からだけではうかがうことができない、メディアの内幕や兵庫県の動きの全てを記録に残します。
新連載「兵庫“メディアの敗北”の真相」第2回は、受け取った「内部告発文書」をどう扱うことにしたのか、メディアの判断と兵庫県の初動について描きます。
「内部告発」をどう扱おうと考えたか
内部告発の真実性や公益性を判断するために、報道機関はどのような行動を取るのか。
まずは事実確認だ。ここでは内部告発を、公益通報と捉えるか、「タレこみ」「怪文書」と捉えるかなどという区別はない。書かれている内容を一つ一つ確認していく作業を行うことになる。「裏取り」と言われる作業で、どの報道機関でも、報道する前に、これを行わないところはない。指摘されている事柄の関係者を取材し、複数の人から信頼できる証言を得るか、または証言を裏付ける文書を入手することが必須だ。
裏付けになる文書は公的なものが望ましく、カネにまつわる疑惑であれば、金銭の出入りを示す口座の記録など、通常では入手できない内部文書を手に入れる必要がある場合も多い。
では、兵庫県の県民局長から送られてきた今回の文書の場合はどうか。
そこにかかれた7項目ついて、どのような取材が想定されるか。最初に文書を見た時の、私の判断はこういうものだった。
前回も述べたが、①の「副理事長の解任で五百旗頭理事長の寿命を縮めた」は、裏取りのしようがない案件だ。
②の「県幹部が投票依頼の事前運動」は、真実であれば地方公務員法違反になるが、程度を判定するのが難しい。ある団体のところに知事が県職員とともに出向いたことが確認できたとしても、公的な用件があるのであれば、それが知事選に向けたあいさつなのか、公務なのか、線引きは困難だ。よほど明確な証拠を入手できなければ書けない。
③の「知事が商工会議所などに投票依頼」についても、たとえ真実でも口頭でのやり取りを裏取りするのは難しい。録音でも残っていれば別だが、「言った」「言わない」になってしまう。
⑤の「補助金カットをほのめかして政治資金パーティー券を大量購入させた」も、③と同様の理由で裏どりが難しいケースだ。発言の裏どりの上に、それがパーティー券の購入に結びついていることを示さなければならない。
④の「視察先企業から高級コーヒーメーカーなどを受け取った」については、社会通念上許される範囲を超えた物品を個人的に受け取っていることが確認できれば、その不適切さを指摘する報道はできるかもしれない。
ただ、何らかの見返りがあり、贈収賄にあたるようなことがあるのかが気になる。そうなると警察、検察等の司法機関の判断にゆだねざるをえない部分もある。知事の視察先を一つ一つ洗い出すなどして、どのような物品を受け取っていたのか、どういう趣旨だったのかを確認した上で、司法の動きを警戒することになるだろう。
⑥の「阪神・オリックス優勝パレードの資金集めで、片山副知事らが信用金庫への補助金を増額し、協賛金としてキックバックさせた」については、事実であれば県の補助金が不正に利用されたことになるので、公益性が最も高く、報道に値する話だ。
ただ関係者が限られているため、取材の難度も極めて高い事案。この時点では、内部告発者が誰かがわかっていなかったので、慎重に取材して資金と人事の動きを詳細に把握し、確実に証言してくれる人を見つけることが必要になってくる。
⑦の「パワハラ」については、数多くの証言者にあたり、それぞれの事実を確認したうえで、労働争議に詳しい弁護士などの専門家に意見を聞くことになる。パワハラにあたる可能性が高い場合は、実行者が兵庫県庁の最高権力者であることから、これも報道の価値がある可能性が高い。パワハラの影響が県政や職場としての県庁へどれぐらい及んでいるか、その度合いを見極めて報道するかどうか判断する。
当時の判断としては、このようなことだった。
真実であった場合に影響の大きい⑥の「パレードの協賛金」、⑦の「パワハラ」、そして場合によっては④の「贈答品」を中心に取材を進めて、事実が確認されれば、報道するかどうかを判断しようと考えた。
事実が確認されてもすぐに報道するわけではない。記述の一部だけが真実であった場合や、全て事実であっても行為者の意図したものではなく過失であった場合など、様々なケースが想定されるから、それを見極める必要もある。
また、こうした事実確認に、どれだけ時間がかかるかは見通しが難しかった。実際、一定の調査権限を持っている百条委員会や第三者委員会でさえ、証言や資料を集めて報告書をまとめるまでに数カ月かかっている。調査権限を持たず、関係者を説得して協力を得るという取材を積み重ね、報道に足る材料を集めるのに、どれだけかかることか。
今回の文書には関係者の名前が具体的に挙げられ、情報を確認するための手がかりがあったため、取材に取りかかること自体は難しくなかったが、こうした内部告発にまつわる関係者取材は慎重に行う必要がある。組織側に取材していることを気づかれると、告発者を危険にさらすことになり、取材も潰される恐れもあるからだ。
このため、実際に今回の文書の指摘を裏付けるには、1つの項目の確認だけでも1〜2週間では難しいのではないかというのが、当時の私の見通しだった。
すぐさま報道できる事実はない。かといって、そのまま放置したわけではない。
前回も書いたように、政治家が絡む内部告発は、事実であれば影響が大きい。そして、他のマスコミも文書を入手している可能性もあった。文書には「この内容についは(ママ)適宜、議会関係者、警察、マスコミ等へも提供しています。(中略)兵庫県が少しでも良くなるように各自のご判断で活用いただければありがたいです」と書かれていた。
提供先の「マスコミ」がどれだけいるのかわからないが、自分のところだけだとは考えにくい。先に書かれたら、隠されていた公益性の高い事実を特ダネとして報道するという栄誉を他の社に譲ることになる。知っていたのに書けなかったというのは、多くの記者にとって眠れなくなるほどの苦痛だ。
結局、相談に来たデスクには、こうした判断の内容とともに、重要な事項から早めに取材を始めるように伝えた。
しかし、その取材の成果が見える前に、事態は違う方向に動き始めた。
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