【新連載】兵庫“メディアの敗北”の真相① 2024年、兵庫県はなぜ混乱と分断に陥ったのか…NHK神戸の責任者だった人物が全てを語る
1年以上にわたって兵庫県に混乱と分断をもたらしている“文書問題”。「メディアの敗北」とまで言われる事態はなぜ起きたのか。SNS発信との関係の検証記事などは出始めていますが、メディア自身が発信の在り方を十分に検証した記事はまだ存在していません。
当時、NHK神戸放送局で放送の責任者を務め、自局だけでなく他社の報道や兵庫県の動きもつぶさに見てきたのが小林和樹氏です。
「表の報道」からだけではうかがうことができない、メディアや兵庫県の知られざる内幕の全てを、いまはフリーになった小林氏が新連載「兵庫“メディアの敗北”の真相」で描きます。後世に正しく記録を残すためにも。
序・連載にあたって
3月19日、兵庫県の第三者調査委員会は、文書の記述の真偽やマスコミなどへの文書の配布が公益通報にあたるかどうかについて、調査の結果を明らかにした。
知事の「贈答品をめぐる贈収賄の疑い」や「優勝パレードの協賛金をめぐる背任の疑い」などについて認定しなかった一方、斎藤知事が「業務上の指導」としていた行為の一部を「パワハラ」、そして文書に対する県の対応を「公益通報者保護法違反」にあたると判断した。
一連の問題では、告発者のプライバシー情報の漏えいや、知事選挙におけるSNS発信について調査や捜査が続いているが、文書そのものの事実関係や適法性については、法律の専門家からの評価が公表されたことで、一定の決着を見る可能性もあった。
ところが斎藤知事は、報告書を受けた1週間後の会見で、その評価の一部を受け入れない姿勢を明らかにした。
パワハラについては「おわびと謝罪を申し上げたい」とする一方で、告発者探しとなった初動対応については「(文書は) 誹謗中傷性が高いという認識は変わらない。指摘は受け止めるが、一つの意見があれば別の意見もある」と従来の主張を繰り返した。
兵庫県が設置し、6人の弁護士が“客観性をもって”まとめた報告書を、自ら否定したことになる。この対応に県議会や県職員の中からも批判が上がっていて、知事は混乱を収束する機会をまたも逸したと言えよう。
兵庫県庁で起きていた事実が次々と明らかになっていく一方で、まだ十分に検証されていない問題がある。
一通の文書が、兵庫県ひいては全国に及ぶ大きな混乱につながったのは、なぜか?
斎藤知事が再選した知事選で「テレビや新聞はSNSに負けた」と言われる状況になったのは、どこに原因があったのか?
一連の報道について反省を口にするテレビ番組のキャスターもいるが、具体的に何を間違えていたのか?
多くの人から聞かれた「何を信じたらいいのかわからない」という声に既存メディアは、どう対応するのか?
私は、当時、NHK神戸放送局で放送を統括する責任者=コンテンツセンター長をしていた。根拠のない情報やあいまいな憶測がSNSで飛び交ったことだけが原因ではなく、知事や県民局長、県議会、そして報道のプロであるべき既存メディアも含めて「情報発信の失敗」を繰り返してきたことが混乱に拍車をかけたのではないかと考えている。
情報発信は時には生命の危険を伴う。その世界に記者として30年あまり身を置いた立場から、一連の経緯を追いつつ、その時々にメディアが発信した情報と発信しなかった情報、そして、その根拠となる考え方を記すことで「何を信ずるべきか」そして「情報をどう見極めればいいのか」という多くの人たちの声に一定の答えを見出していきたい。
小林和樹
「告発文書」を受け取った。最初の印象は「怪文書に近いな」だった
その文書を最初に目にしたのは2024年3月の中旬だった。
日付の記憶はないが、報道フロアにある自席にいた私の所に、行政担当のデスクが「扱い、どうしましょう?」と相談に来たのだ。新年度が目の前に迫り、番組の試写やチェックなどの日常業務に加えて、夕方のニュース番組の改定や人事の対応、それに局の経営会議などで比較的忙しい時期だったが、差し出された紙に、すぐに目を通した。
何の変哲もない茶色の封筒の表には、当時、兵庫県政を担当していた記者の名前が記されていたが、差出人の名前や住所は見当たらない。中には、4ページにわたるワープロ打ちの文書が入っていたが、そこにも差出人をうかがわせる情報はなかった。匿名の文書だった。
文書の題名は「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について(令和6年3月12日現在)」。斎藤知事や兵庫県の一部の幹部が行ったという非違行為を7項目にわたってあげている。
県の外郭団体をめぐる人事や、知事が初当選した令和3年の知事選挙、そして、贈答品やパワハラ、阪神とオリックスの優勝パレードの協賛金をめぐる疑惑などが書かれ、贈収賄や公職選挙法違反、公費の違法支出など、法律違反の疑いがあると指摘している。後にワイドショーなどを騒がせることになる「おねだり」という言葉も、この文書に含まれていた。
最初に見た時の印象を正直に言うと、
「興味深い項目もあるが、全体としては怪文書に近いな」だ。
私は事件記者として歩んできた。警視庁や大阪府警なども担当する中で、「告発文」「怪文書」「紙爆弾」そういった類のものは何百通となく見てきた。そのクオリティはさまざま。今回の文書は、内容は興味深いものの、すぐに飛びつく「超一級の告発文」には思えなかった。
というのも、書いてある内容について、どこまで信頼できるのか根拠が薄いように思えたからだ。第三者委員会などの調査の結果、記述の一部が真実、ないしは真実相当性があると認定されたが、文書以外に情報がまったくない状態で見ると、事実かも知れない詳細な記述がある一方、「かも知れない」とか「……という噂」などの記述も頻繁に使われ、あいまいな推測が混在しているように感じられた。
書き手の感情を示す記述も散見された。
「五百旗頭先生と井戸前知事に対する嫌がらせ以外の何物でもありません」
「癒着にはあきれるばかりである」
「現場主義が聞いて呆れる」
知事やその周辺への批判の言葉だった。
さらに、事実確認のしようがない記述も多いと感じた。
例えば「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の理事長を務める五百旗頭氏の死亡に至る経緯について、文書では、斎藤知事の指示によって機構の副理事長2人を解任が打診されたことで急性大動脈解離を引き起こしたとして「先生の命を縮めたことは明白です」と書かれている。しかし、解任の経緯について事実確認できたとしても、そのことが五百旗頭氏の死を引き起こした原因であるかどうかは、専門の医師であっても断言できる人はいないだろう。
プロ野球の優勝パレードを担当して疲弊していたという課長についても、休んでいる事実や、うつ病であることは確認できるかもしれないが、「不正行為(中略)に精神が持たず」であったのか、もしくは過重な業務など他にも原因があったのかは、本人が証言するしかない。メディアといえども休職中の職員に接触するのはハードルが高い。
「人事異動も生意気だとか気に入らないというだけで左遷された職員が大勢いる」という記述もあるが、気に入るかどうかは知事の心一つであって、たとえ知事が本当にそう思っていたとしても認めることはないだろう。
知事の言う「誹謗中傷」はあったのか
では、後に知事の主張し続けたように「誹謗中傷」つまり「根拠のない悪口を言い相手を傷つける」文書だと考えたかと言われると、そうは思わなかった。一定の真実が含まれていると、その時点でも考えられたからだ。
実はこの文書を目にするかなり前から、斎藤知事と県の職員の間に大きな溝があることは、様々な方面から私の耳にも届いていた。
知事やその側近から、他の幹部に無理な要求がたびたび出され、時には複数のマスコミも巻き込んで対応に頭を悩ませる状況(このことについては後の回で詳しく触れたい)もあって、この手の内部告発を含む何らかの反発がいずれ出てくるのではないかという予感があった。
記述の中身を見ても、斎藤知事の政治資金パーティー券にまつわる問題が挙げられているが、斎藤知事に限らず、歴代の兵庫県知事の政治資金パーティで県職員のOBが協力していることを、長年、兵庫県で取材をする中で耳にしていた。だから、ありえることかもしれないと感じた。
のちに第三者委員会によって疑惑は否定されるが、阪神・オリックスの優勝パレードをめぐる協賛金についても、期限ギリギリで急に大幅に増加して目標を達成できた経緯に不透明な印象が残っていた。
もちろんいずれの疑惑も、すぐさま報道するには至らないが、文書に一定の真実が隠されている可能性はあるという根拠は十分だった。
また、知事やその周辺に対する厳しい批判の文言や、違法行為だと指摘する記述があることをもって、誹謗中傷にあたるという考えにも至らなかった。
内部告発は純粋な正義感から行われる場合もあるが、たいていの場合は、組織や業務に不平や不満がある人が告発してくるし、時には選挙や社内の人事抗争に絡んだ告発もある。文書を目にした人たちに、よりアピールしたいという感情などから文言が過激になることは決して珍しいことではない。ただ、そうした文言がそのまま報道されることが、めったにないというだけだ。
マスコミに内部告発が頻繁に寄せられるのは、それによって社会正義が実現できると考えている人が多くいるということで、歓迎すべきことだ。私自身も、受け取った内部告発の情報から、公設市場の競りの不正やマンションの建築偽装など、独自の報道に結び付けたケースがいくつもある。
ただ、繰り返すが、当然ながらすべてが報道に結び付くわけではない。あいまいな情報や批判も含まれる「内部告発」の中から、何を報道するか。その判断には、真実かどうかということと、公益性があるか、つまり一般に知らしめることで社会に利益があるかどうかということが、大切になってくる。
近所や会社内の個人的なトラブルなどの私的な恨みを晴らすために書かれ、新聞やテレビで報道する価値が全く感じられない内部告発もある一方で、政治家が絡んだものは、時に大きな報道となる可能性が高い。例えば「愛知県知事のリコールをめぐる署名偽造問題」の報道では、関係者からの内部告発をもとに、中日新聞と西日本新聞が協力して取材して最初に報じた。民主主義の根幹を揺るがす事実を明らかにしたと評価され、2021年度の新聞協会賞を受賞している。
もちろん政治家が関係していても報道に結び付かないものもたくさんある。
私がNHK大阪放送局の記者だった時、大阪府知事や大阪市長をした橋下徹氏や松井一郎氏にまつわる文書が複数出回っていた。いずれも知事や市長のプライバシーに触れる内容や金銭や不動産をめぐるトラブル、刑事事件の容疑者であるかのような記述も詳細に記されていた。が、結局、その中で記事になったものは一つもなかった。事実確認を行った結果、真実ではないか、真実である可能性があっても両氏が行う政治とはまったく関係のない、プライベートの事柄だったからだ。最終的に、その告発文書は当時の政治状況を背景に、両氏をおとしめるための文書だと判断した。ほかの報道機関も同じ文書を目にしていたはずだが、大手メディアで「字にした(=報道した)」ところはなかった。
橋本氏、松井氏に関する文書は、今回の兵庫県の文書と比べると、明らかに「誹謗中傷性」の高いものだったが、両氏が当時、大阪府や大阪市で文書の出所を調べたり、文書を書いた人を特定したりしたという情報はなかった。
(つづく)
次回は、内部告発を受け取ったメディアはどのように扱おうとしたのか。そして兵庫県の幹部たちはどう判断し、どういう初動に出たのかについてです。
小林和樹(こばやし・かずき)
1992年NHK入局。報道局社会部で警視庁など担当。兵庫県警キャップ、大阪府警キャップ、ニュース番組の編集長を歴任。NHKスペシャル「ヤクザマネー」「未解決事件File.06 赤報隊事件」など番組も多数制作。番組の取材・制作統括として坂田記念ジャーナリズム賞を3度受賞。著書に『逸脱する病院ビジネス』『生活保護3兆円の衝撃』『公益法人 改革の深い闇』(いずれも代表執筆者)。2025年よりフリーのジャーナリストとして活動。
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コメント
1「ところが斎藤知事は、報告書を受けた1週間後の会見で、その評価の一部を受け入れない姿勢を明らかにした。
パワハラについては「おわびと謝罪を申し上げたい」とする一方で、告発者探しとなった初動対応については「(文書は) 誹謗中傷性が高いという認識は変わらない。指摘は受け止めるが、一つの意見があれば別の意見もある」と従来の主張を繰り返した。」
と記されていますが、4月9日の定例記者会見の遣り取りからしましたら、齋藤知事は「パワハラ」についてお詫びと謝罪をした訳ではないようで、そうなると一部を受け入れないではなくて、第三者委員会の報告書の全てを受け入れていないのではないでしょうか?