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貴女だけがいない世界で/Novel by 山風ペルス

貴女だけがいない世界で

7,232 character(s)14 mins

企画の小説を投稿いたします。
ちなみに一人何作投稿していただいてもオッケーです。
では、お楽しみください。

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とある日、だった。いつも横にいた、私の恋人がいなくなった。
大人びていて笑顔が可愛くて料理がうまくて、私が一番愛していた君が消えたんだ。
それは、私の横から消えたという意味ではなかったんだ。

なぜか君だけが、この世界から消えてしまったんだ

飾ってある写真も、私の横に不自然な空間ができている。
二人で今まで生活してきたこの家からも、貴女の痕跡が消えていたんだ。
君だけがいなくなってしまった世界がみんなからしたら普通だった。
でも、私だけは違った。君がいなくなったこの世界は、おかしいんだ。
私はきっと君のことを見つけ出して見せる。
この君だけがいなくなった世界で、もう一度君と巡り会うまで。

貴女が消えてしまった日は、君も一緒に居るはずの収録の日だった。
私はただ一人で歩いて事務所まで向かって行った。
控室の扉を開くと、同じゲーマーズの仲間がいた。
「フブキちゃん、やっほ~」
「おあよ~」
「…おはよう」
二人は特に何か気が付いたわけでも無くて、いつも通りだったんだ。
あんなに仲が良かった二人でさえ、忘れてしまうのか。
「…ねえ、何かおかしいところない?」
私はおもむろに二人に問いかけた。
二人は顔を見合わせてから、私の顔を見つめた。
「いや、特にないと思うけど…」
「僕もわからないな…シャンプーとか変えたってこと?」
「ううん。わからないなら、いいや。いきなり変なこと聞いてごめんね」
二人は不思議そうな顔をしていたが、気にしている様子はなかった。
やっぱり、記憶にすら残っていないのか。
私以外覚えている人すらいないと思うと、なんだか寂しさを感じてしまう。
なぜこんな風になってしまったのか、私にはちっとも理解ができなかった。
「皆さん、そろいましたでしょうか?」
すると控室にのどかちゃんがやってきた。
今Aちゃんは休暇を取っている途中だから、その分はのどかちゃんが補ってくれていた。
「では、収録に向かっていただきますが、次の収録の台本ができたのでお配りしておきますね」
のどかちゃんはそういいながらクリップで止めてあった紙の束を私たちに渡していく。
するとのどかちゃんの手元には二つの台本が余った。
「あれ…私の分と、もう一つ…一部多く印刷しちゃいましたかね?」
首をかしげながらそう独り言をぶつぶつと呟いていた。
あれはきっと、消えてしまった貴女の分だよね。
あれを印刷した時には、まだ貴女は消えていなかったのだろう。
私は配られた台本を凝視しながら一人、頭の中でつぶやいていた。
「では、収録の方へ移動していただきます。本日もよろしくお願いします」
頭をぺこりと下げたのどかちゃんに続いて、私たちは立ち上がった。
いつも横にいたはずの君がいないせいなのだろうか、私は酷く孤独な気がした。

収録終わり、私は一人で夜の帳が下りた街を歩いていた。
貴女のことばかりに思考を取られてしまって、思うように収録が進まなかった。
私が多くミスをしたせいで終了時刻も遅くなってしまい、本当に申し訳なかった。
でも私の中のもやもやが晴れることは全くなかった。
どうして君はいなくなったのか、どうして私だけが貴女のことを覚えているのか。
私のことを置いていってしまった君は、私のことがもう好きではないのだろうか。
そう思えば思うほど、底のない悲しみに落ちていってしまいそうで。
今にも泣きだしてしまいそうな私はふと顔を上げた。
いつのまにか全く知らない道に来てしまっていて、突き当りには一軒のカフェのようなお店だけがあった。
見たことのないカフェだったが、落ち着いた雰囲気があふれるカフェに私は足を踏み入れた。
カランコロンと音と共に扉が開いたと思ったら、中にはカウンター席しかない。
そしてそのカウンターの向こう側には、マスターらしき帽子を深くかぶった男性が一人。
「いらっしゃいませ。お好きな席にお座りください」
低音で鼓膜を揺らすマスターの声は酷く落ち着けるものだった。
私は言われたように、入り口から一番離れたカウンター席に座った。
メニューに目を通すと、様々な種類のコーヒー、ソフトドリンク、ちょっとした軽食など多くの種類の食べ物や飲み物があった。
私はちらっとマスターの方を見て見る。
黒い帽子を深くかぶっていて、目元は見えない。
口角は緩く弧を描いており、常に微笑んでいるのが見てわかる。
白いワイシャツの上に黒色のエプロンをつけていて、いかにもカフェのマスターだった。
するとずっと見ているのがばれたのか、マスターが私の方へ向かってきた。
「ご注文、お決まりでしょうか」
「あ、えっと…コーヒーをいただけますか…?」
「かしこまりました。豆の種類の指定などはございますか?」
「い、いえ、おまかせでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
マスターはそう言ってコーヒー豆を煎り始めた。
突然話しかけられてしまい驚いてコーヒーを頼んだが、あまり苦いのは得意ではない。
あんまり苦すぎないといいなって思いながら私はぺらぺらとメニューを見ていた。
パンケーキやプリンなんかもあるんだなと思いながら、一番最後のページをめくると一つのページの中心に一つだけ書かれていた。

貴方の望み  対価:記憶

なんだろう、これは。
私の願いをかなえてくれるのだろうか、それにしても対価が記憶ってどういうことだ?
分からないことだらけでうまく理解できないままでいると私の目の前にコーヒーが置かれた。
「どうぞ、当店オリジナルブレンドでございます」
吸い込まれてしまいそうなほど艶やかなコーヒーの色を見つめてから、私は顔を上げた。
「ありがとうございます…あの、この貴方の望みって…?」
私がそう聞くと、マスターはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「そのままの意味ですよ。そちらを注文していただくと貴方の望みをかなえます。しかし、その代わりにあなたから大切な記憶をいただくことになります」
変わらず低くて澄んだ声のままマスターは私に言った。
大切な記憶を消す代わりに、何か願いをかなえてもらう、こんな摩訶不思議なことがあることに私は酷く驚いていた。
「でも、お気を付けください。あまりに大きい望みの場合、貴方自身は消えて、周りの人の貴方の記憶もなくなってしまうことになります」
私はそこまで聞いて、ふと思った。
「…あの、私以外に若い女性が来ませんでしたか?」
「つい先日、いらっしゃいましたよ。狼の獣人のような女性の方が」
やっぱり、間違いない。
貴女が消えた原因はきっと、このカフェのせいなんだ。
きっと君が何か大きい望みを叶えてもらおうとして、消えてしまったんだ。
だったら、私が願うことはただ一つ。
「…私もこれ、頼んでもいいですか?」
「もちろんですよ。貴女の望みをお聞かせください」
「私の恋人を、返してください」
私はマスターの見えない目をまっすぐ見たまま言い放った。
「…私は貴女の恋人様の名前を存じ上げません。名前を、教えていただけますか?」
ニヤッと笑いながらマスターが語りかけた。
なぜ笑うのかわからないまま、私は名前を口に出す。
「もちろんです。私の恋人の名前…なまえ、は…」

あれ、名前を思い出せない…?

どうして、貴女の笑顔は、思い出は思い出すことはできるのに。
「…言いましたよ。大切な記憶を、いただくと」
するとマスターが帽子のつばを少し上げて、その奥から鋭い目で私を見つめた。
獲物を捕らえたかのような目で見られて私は固まってしまう。
「それは周りの人の記憶も同じです。周りの人の記憶も大切なものからなくなっていってしまうのです。その結果、貴女が忘れてしまったのは、大切な大切な恋人様の名前だっただけですよ。理解していただけましたでしょうか?」
「理解はできたけど…そんなのって、あんまりじゃ…!!」
「それが、貴女の恋人様が望んだ結果じゃないんでしょうか」
慌てたように声を上げる私にわざとらしく被せてきたマスター。
「貴女の恋人様が望んだこと、それは何だと思いますか?」
「…みんなが、幸せに生きていけますように、とか…?」
マスターは私の答えに対して首を振った。
相変わらず鋭い瞳は私のことをとらえて離さなかった。
「フブキに愛されたまま、消えてなくなりたい。そう望んだのですよ」
私はそれを聞いて大きく目を見開いた。
なぜ、消えたがっているのか私には理解ができなかったからだ。
「私は警告をしました。それは自傷行為であり、貴女の恋人様も悲しむに違いない、と。それでも、貴女の恋人様は頑なに無視し続けました。私はなのでその望みを答えたのみです」
「どう、して…」
私はショックのあまり、今にも倒れてしまいそうだった。
するとマスターはさっきまで上がっていた口角を下ろして、口を開く。
「私からは、特別なことは何も言うことはできません。しかし、私は貴女の記憶のすべてを奪ったわけではありませんよね?記憶というものは時に感傷的に、時に焦燥的に、時に幻想的に移り変わるものです」
淡々と何の感情もなく話し続けたマスター。
「知っておられますか?記憶って、消えることはないのです。ただ、思い出せないだけ」
私はその言葉に顔を上げた。
マスターはそれを見てまた口角を上げた。
「私はあくまで、お客様の思い出をいただいているだけで、無くしているわけではございませんよ。私はただ思い出をいただいて、それを思出せないように思い出の戸棚に入れて開かないようにしているだけです。だから、記憶はなくなっていないのですよ」
「…なぜ、マスターはそんなことをしているんですか?」
すると、マスターは少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
「私は過去に、交通事故にあい後頭部を激しく打ち付けました。そのせいで記憶喪失状態になってしまい、何も思い出せなくなったのです。しかし、家族だけは覚えていてその家族から、私の彼女が死んでしまったといわれたのです。ですが、私は全く自分の恋人について思い出せないのです」
私は聞いていくたびに心が締め付けられていった。
思い出させたくもないような記憶だったはずなのに、私が引き出しを開けてしまった。
「しかし心の奥にずっと残る違和感があるのです。きっとそれが、私の恋人なんでしょう。だから私は様々なお客様から思い出をいただいて、頭の中の思い出の戸棚をいっぱいにしていつか爆発してくれることを願っているのです。そうしたら戸棚の奥に眠る思い出がきっと、蘇ってくれるから」
少しだけ感傷的な笑顔を浮かべて、自分の胸に手を当てたマスター。
きっと目の前の男性は、悪い人なんかではないのだろう。
私と同じ、自分の恋人の記憶をなくしてしまった被害者の一人なんだ。
「…ふふっ、自分語りをしすぎましたね。申し訳ございません」
「いえ、私が聞いたことなので…すいません、思い出させてしまって」
「いえいえ、私のことはもう十分です。それで、一つ提案がございます」
マスターは帽子を外した。
目元にかかるほど長い前髪だが、目はしっかりと見えており切れ目。
一言でいえばクールが似合う顔立ちだ。
「望みとして、自分の記憶を振り返るというのはどうでしょうか。貴女の意識をあなたの記憶の世界へ送り、自分の記憶を振り返ることができる、そんな望みはどうでしょうか?」
私はマスターからの提案を聞いて、頭の中で整理をした。
そして大きく一度頷いてから口を開いた。
「…はい、お願いします」
「かしこまりました…恋人様、思い出せるといいですね」
マスターがそうつぶやくとともに指パッチンを鳴らす。
それとともに私の意識は遠のいていく感覚を感じた。


…ずるいですよ、本当に


次に私が気が付いたのは真っ暗な空間だった。
自分の手を見ると半透明になっていて、本当に意識の中に来てしまったんだということがよく理解できた。
後ろを振り向くと、そこには私の体の何倍も大きい戸棚のようなものがあった。
これがマスターが言っていた記憶の戸棚だろう。
近づいてみると、たくさんの引き出しが付いている。
試しに目の前の引き出しを引っ張り出してみた。

『フブキちゃん、やっほ~』
『おあよ~』
聞き覚えのある挨拶だと思ったらこの記憶は、おそらく朝の記憶だ。
『…おはよう』
なるほど、自分すらも見ることができる、完全な第三者視点で見ることができるのか。
『…ねえ、何かおかしいところない?』
大体の仕組みは分かったから、この意識からは抜け出そう。

抜け出そうと心の中で思うとさっきの戸棚の前に立っていた。
意識の操り方は大体理解したから、今度は記憶から何かヒントを得ないといけない。
異常に大きい戸棚の上が見えないなと思っていると意識だからか飛ぶことができた。
上に行けば行くほど引き出しが薄汚れて古そうになっていっていた。
すると私は一つ他の引き出しよりも大きい引き出しを見つけたんだ。
近づいてみてみるとそれも同じように古くて、所々に血痕のようなものがあった。
なんだこの引き出し、少し開けることをためらってしまう。
しかし何かのヒントになるかもしれないと思い、引き出しを引っ張る。
古いせいが少し開きにくかったが、何とか開いた。

引き出しを開いた途端、とある暗い部屋にまで行った。
よく目を凝らしてみてみると、私たちがいつも寝ていた寝室だった。
それとともに鼻につく鉄のような匂い。
この暗闇の中でもぞもぞと動く黒い生き物がいた。
すると急に扉が開いて、部屋の中の電気がついた。
そこにいたのは、慌てたような表情をする私と、私の恋人の姿だった。
『何してるの!?そんなことしちゃダメ!!』
どうやら私の恋人はカッターでリストカットを行っていた様子だった。
私はあわててカッターナイフを取り上げた。
恋人は私のことを力のない瞳で見つめていた。
『ごめん、なさい…』
『大丈夫。愛してるから、こんなことはしたらダメだよ』
『…うん』
抱きしめたままゆっくりと背中を撫でている。
『…愛してほしい…見捨てちゃ、いや…』
『大丈夫だよ、大好きだから。安心して、私は離れていかないよ』
そうだ、思い出した。
私の恋人は境界性パーソナリティー障害だったんだ。
特有の行動や思考を持っていて、円滑に人間関係を育むことができにくい人のことだ。
見捨てられたくない、ずっと愛されたいという気持ちから時に自分を傷つけてしまうこともある。
私はそんな恋人でもすごく好きで、見捨てるなんて考えたことはなかったんだ。
『…フブキ』
『なぁに?』
『…ウチなんかを愛してくれて、ありがとうね』
不安そうな顔をしながらも、笑顔を浮かべた恋人に向き合って私は笑う。

『何言ってるの。私にはミオ以外考えられないよ』

そうだ、私の恋人の名前は、大神ミオだ。

それを思い出した瞬間、私は戸棚の前に移動させられた。
そして私の前にはマスターが立っていた。
深く帽子をかぶったまま、口を開く。
「どうですか、思い出せましたか?」
「はい…私の恋人、大神ミオを返してください」
そう答えるとマスターはまたニヤッと笑って帽子のつばを抑えた。
「かしこまりました。貴女の望み、叶えてみせましょう。代償に記憶は、私と出会ったこと、私のカフェの記憶をいただきます。ご利用、ありがとうございました」
マスターが頭を下げたとともに、私の目の前が輝きで包まれた。

次に私が目を覚ました時、私はベットに眠っていた。
そして手に伝わる肌の感覚をもとに、横を見るとそこにいたのは。
体を小さく縮こませて丸まって寝ている、ミオの姿だった。
何があったかよく覚えてないけど、ミオが消えてしまって、どこかに行って…。
「んぅ…」
「…ミオ、起きたの?」
私が思考の海に溺れかけているとき、ミオが身をよじった。
それとともに私に抱き着いてきた。
「あれ…なんで、ウチ…」
「ミオ、教えて。なんで消えようと思ったの」
ミオが消えようとしたというところまでは覚えている。
私は少しきつめに見つめながら問いかける。
ミオは耳をぺたりとたたんで、泣きそうな顔で口を開く。
「…失いたく、なかったの。あんなにフブキに愛されて、好かれて、大切にしてくれる生活が、大好きだったの」
「それじゃあ、なんで…」
「こんな生活もいつかは、消えてしまうと思ったら耐えられなかった…だったらこの幸せのまま、消えてしまいたかった…ウチのことをみんなが忘れたら、ウチだけが幸せなままで消えていけるから…」
記憶さえ消しちゃえば、誰も傷つかないと思ったんだ。
これがミオなりの、愛の形だったんだ。
「そっか…でも、少し悲しいかも」
私はミオの頭を撫でながらつぶやく。
「私は一生、ミオの横を離れるつもりはないんだよ?この幸せは一生続いていくものなんだよ?」
蕩けた瞳で私のことを見つめ続けるミオ。
「ミオを一人にはしないから。消えようとしないで。私を一人に、しないでよ」
心の底からあふれてくる寂しさのせいで、きっと今は情けない笑顔になっているだろう。
でも、きっとこれでいいんだ。
私だって完璧じゃない、それをミオが知ってくれたらミオも勝手に消えていかないだろう。
「…うん、ごめん、なさい…ウチもフブキのことを、支えるから…」
「ありがとう、大好きだよ」
もう一度抱きしめ合って、私たちは唇を重ねた。

記憶が消えてしまおうとも、愛でつながってさえいれば

気持ちはきっと途切れることもない

どれだけ弱気なあなたでも、私は一生愛していくよ

お互いに弱いところを補い合うことができる

それこそが本物の愛の形なんだ

Comments

  • kana

    ハッピーエンドでよかった… そしてマスターの最後に要求した記憶が優しい… もしかしたらミオの願いを叶えたことを後悔してたり…??

    April 10, 2024
    Display Replies
  • 推し事するアイス

    泣きました ありがとう

    April 8, 2024
    Display Replies
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