『――線状降水帯が発生する影響で、D.U区は今週末より雨が降る予報です。また天気も不安定になるため、傘を持って――』
『ヴァルキューレ本局より交通機動隊各車両』
警察無線が一本の連絡を寄越した。
『現在、7番環状道多磨川橋梁にて、不審車両が停車中との通報あり。対応可能な車両は直ちに現場に急行されたし』
パトロールと称し仕事をサボろうと車を走らせていた所に飛び込んできた面倒事。不幸なことに、ここから現場まではかなり近い。
警備局や公安局が出るべき案件なのだろうが、もしその車両が爆薬の類なのであれば、野次馬達を抑える役回りとして生活安全局も出向くことになる。
…どのみち行くなら、近いうちに行っておいたほうが良いだろう。
「…交機23より本局、対応に行くね」
…ま、ぱっぱと終わらせて、マスタードーナツの新作でも買いに行こうかな。
現場に到着した時、もうすでに公安局の覆面パトカーが何台か到着していた。橋は完全に封鎖されている。
「交機23、現着」
銃を手にとって降車する。公安局の人間が集まって話をしている。その中には公安局長や同僚の姿があった。
「あ、フブキ!」
「誰かと思えばキリノじゃん。来てたんだね」
「まさかお前も来るとはな、意外だ」
「近かったからね~。…状況は?」
「橋の中腹に車が1台、危険物の有無は不明。警備局の到着待ちだ」
なかなか一筋縄ではいかなそうな案件であるため、内心頭を抱える。
「そこで本官たちの任務は、この橋に市民の皆様を近づけさせないようにすることです!」
「要するにいつも通りね、りょーかい」
「頼むぞ、民間人に被害を出すわけにはいかん」
「何が起こってるんだ!説明してくれ!」
「遠方に仕事だってのに、交通規制だなんて…」
予想通り、交通規制で足止めを食らった市民達が押しかけてきた。うひゃあ、かなり多いぞ…
「はーい、下がって下がってー。こっち来ても何も面白いものなんてないよー」
「皆さん下がってください!橋に近づかないで…!」
『フブキ、キリノ、危険物処理班が到着した。道を開けてやってくれ』
そうこうしているうちに処理班が来た。あとはその人たちに危険物を取り除いてもらって、交通渋滞を解消すれば仕事は終わりだ。
「ちょーっと道開けてねー。緊急車両が通るよー」
「道を開けてください!緊急車両が通ります!」
市民たちが道を開ける。そうしてできた道を、装甲車が通過する。
「ありがとうございます、フブキさん」
「んーまあ、仕事だからね」
私の横を通る時、窓を開けて声を掛けてきた。空が赤く染まったあの日に共闘した警備局の人だった。
「あとはあの人たちに任せれば安心ですね!」
「そうだね。あー、早く帰りたい…」
『確認しました。取りかかります』
処理班が仕事を始めたようだ。この感じなら、1時間もかからず終わるだろう。
「…ん?」
その時だった。現場を近くで見ようとする人混みの流れに逆らうように、遠ざかっていく背中を遠目に見つけた。
おかしいな。この状況で車に戻るのか?野次馬に来るような人なら、事態が収束するまで成り行きを見届けようとするはずだが…
『うわっびっくりした』
『どうした?』
無線から聞こえた声が、私を思考の海から引き揚げる。
『ドアを開けたら天井から水が――』
…水?
その瞬間。轟音が鳴り響いて、物凄い衝撃波が背中側から伝わった。
振り返ると、橋の真ん中あたりから黄色い爆炎と黒煙が立ち込めている。
「…ごめんキリノ、ここ宜しく…!」
橋の方へ向かう。無線機から聞こえてくる声は混迷を極めていた。
『何が起こったんだ、状況は!』
『橋が落ちてるぞ!』
『処理班が巻き込まれたんじゃ…!』
様子をみる限り、警備局員が爆発に巻き込まれたようだ。橋が落ちているとなれば、川に落ちたと見るのが妥当だろう。
焦る脳をどうにか落ち着かせて、止めてあるパトカーの警察無線で本局と連絡を取る。
「交機23より本局、多磨川橋梁にて爆発事故発生。警備局員数名が巻き込まれた模様、直ちに応援を要請する。交機23以上」
「事故の原因は、橋の下にあった爆薬が誘爆したことにあると、鑑識は決定づけた」
発生から2日後。わざわざ別室に私とキリノを呼び出したカンナ局長が言った。
「…橋の下?」
「救助された隊員曰く、車の中に爆薬らしき物は無かったらしい。それに橋の破損具合から、下から衝撃が加わったものだと見て良いそうだ」
橋が崩落した直接的な原因は車ではなく、元々仕掛けられていた爆薬だった。
「じゃあ誘爆っていうのは?着火した原因が他にあったっていうこと?」
「そうだ。しかしな…」
そう言うと局長は急に歯切れが悪くなった。
「…なにか、あったんですか?」
「…逆だ、キリノ。何もなかったんだ。着火の原因になった物証は挙がらなかった」
物証が挙がらなかった。
通常、一般的なプラスチック爆薬ならば、現場からその破片などが見つかる場合が多い。しかし、それが見つからないときた。
「そんなこと、可能なの?」
「従来の爆薬であればまず不可能だというのが、現在の鑑識の見解だ」
…従来の爆薬なら。
ならば、従来のものでなければ良いのではないか。例えば――
『ドアを開けたら天井から水が――』
「…水」
「…?フブキ、今何か言いました?」
「ちょっと気になってたんだよね、警備局員の無線。水がどうとか言ってなかったっけ」
「水と爆発って、何か関係あるんでしょうか?」
「…確かに気にはなってる。が、水と爆発はどうにも繋がりそうに無いが…」
正直、あり得ない話であることは理解している。しかしどうしても、水と爆発の関係性を捨て切れずにいる。現に、警備局員の発言の直後に橋は吹き飛んだ。
水で炸裂する爆薬。もしくは、それに準ずる物質でもいい。
捜そう。
化学の分野だ。ここは――
「…ミレニアムに協力を仰ごうかな」
「ミレニアムに?」
「もしかしたら、水で着火する物質があってもおかしくないし。やれることはやっておきたくない?」
「…お前本当にフブキか?」
「なんか失礼な言い方…当事者意識があるだけだよ」
…それに、現場で見たあの後ろ姿。キリノが気づいて無ければ、あれに気づいたのは私だけだ。
「しかし、警察内部の情報を民間に漏らすというのは――」
「…分かった。思う存分やってきてくれ」
「カンナ局長!?」
「しかし、伝手はあるのか?」
「あるにはあるよ」
まだ記憶に新しい、あの夏の日の思い出。
あの時現場に来ていたあの人達なら、もしかすると頼れるかもしれない。
「…局長も覚えてるでしょ。プールに居た、機械仕掛けのワニのことをさ」
次回「予報は雨 中編」