D.U.シラトリ区のとある日の午後   作:醜兵衛

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取調室のとはずがたり(1)

 

 

 ロボットが自爆をする寸前、ヴァルキューレ警察学校・公安の部カンナ局長とミレニアム・エンジニア部のウタハ部長が到着し、間一髪のところでそれを阻止してくれた。思わぬ応援に開いた口が塞がらなかったが、どうやらこのお掃除ロボット改めロボット兵器はエンジニア部の制作物なのだという。そしてその後、局長の取り調べで吐き出された犯人の言い分を読んでいくと今回の事件の詳細がわかってきた。


 

 

 ミレニアムのエンジニア部で部長を務めている白石ウタハは新入部員を歓迎するにあたって何か贈り物をしようと考えていた。そして今、ちょうど贈るものについて他部員と話し合いを始めるところだった。何よりもまずは、彼女の好みを探らなければ。

「今度、新しく入ってくれる星川ルリさんについて今の時点で集めた情報を共有してくれるかい」

「はい! お任せください!」

長机を挟んで座っていたところに威勢よく立ち上がるコトリの姿があった。

「では、こちらをご覧ください!」

自慢げな彼女が登壇すると、水を得た魚のように突如、活き活きとした様子を見せ、その舌が私たち聞き手の視線の先に曝された。

「星川ルリ。年齢は一六歳、誕生日は今月の一三日、ミレニアムへと転入してくる一年生です。調べによれば、転校の決め手はエンジニア部だったんだとか! 幼い頃から廃品回収所で集めた廃材を使って物作りをするのが好きなんだそうで、何かを表現するのがきっと得意なんでしょうね。中学校の作品募集では連邦生徒会長賞も受賞したことがあるほどの実力の持ち主ですから! 連邦生徒会長賞といえば、歴史はまだ浅く、記念すべき第一号はプロ野球のレジェンドであるあの————」

 

間違えた。コトリを独りで歩かせてしまっては、もうその口が勝手に閉じることは有り得ないことなどすで分かっていたことだというのに……。

ならば……!

「コ、コトリ。ルリさんについて、もう少し詳しく教えてくれないかい? そ、そうだね……、例えば……、ルリさんはどこから通うつもりなんだい?」

私たちが今必要な情報はコトリの中には必ずある。が、彼女の場合、そこには不要な情報も一緒くたにされているのだ。分別ができない彼女ではないが、検索エンジンのサジェストのように関連して出て来る情報は全て吐き出さないと気が済まない質なのだ。だから、周りは一方的に耳を傾けるだけの聴衆のひとりになるのではなくて、その膨大な情報から必要な要素をその度に拾ってあげなければならない。私の質問の後で、コトリは口から生まれる怒涛をパタリと止めて、今度は少し穏やかに答えた。

梅花園(ばいかえん)の出身らしいので、もともと山海経に住んでいた方らしいのですが、今は引っ越してD.U.のシラトリ区で一人暮らしをしているようです」

応対を終えて、口が閉じた。そして訪れた静寂に間髪入れずに一人が喋る。

「一人暮らし……か」

ちらちら手元を気にしながら呟いたヒビキは続けてこう言った。

「それなら、お掃除ロボットなんてのはどう? それも、ただのロボットじゃなくて、一人暮らしの女の子にも安心のセキュリティ面もきっちり頼れるような」

「それはいいアイデアだね。技量が試されるだろうし、マイスター(わたし)の腕が鳴る」

ヒビキは当たり障りない程度に言ったつもりだったが、思いの外ウケが宜しかったようで、その「掃除ロボット案」は私をはじめ他部員をも次々と駆り立てていった。そこからの話し合いは特に滞りなく、すぐに制作に取り掛かることができた。

 

 

 

 

 

 

 あれだけ順調に事を運べても、残された日数はあっという間に過ぎ去ってしまった。「胴体(ハードウェア)」の完成までは何とか漕ぎ着けられたものの、肝心の「頭脳(ソフトウェア)」が間に合いそうにない。……。もっと簡単に菓子折りなどでもよかったのかな……。

そもそも……。

そもそも、ロボット掃除機でなくてはいけないのだろうか……本当に必要なのだろうか。意思を邪心に食われる三秒前、ふと見上げると、そこには真剣な眼差しの部員達(マイスター)がいた。彼女達はどんなことがあっても走ることを止めない。どんな困難が立ちはだかっても、雨に打たれても雷が真横を裂いても最早、眼中には無い。ただただ、走り続ける先にあるはずの完成(ゴール)だけを一直線に見つめている。この直向(ひたむ)きな姿勢あってのマイスターであるべきなのだ。あゝ、あの子達に比べて私は……いや、弱音を吐いている暇などないはずだ。でなければ、他の部員にも、これから入ってくる後輩にも、まともに顔向けができなかろう。期日に間に合う間に合わないの話ではない。間に合わせなければ、ミレニアム・エンジニア部の名を汚すことになりかねない……。あの二人がコーディングを終えてすぐにテストに移ることができるように、私は隅々まで点検しておこうと思う。自前の工具箱を手繰り寄せて、ロボットの装甲を外しかけたところで、部室のドアが叩かれた。ハッとした様子で誰よりも早く反応したコトリが、スキップ紛いのステップで訪問者を出迎える。

ドアが開いて見えた複数の人影がコトリの左手によって中へ入るよう促される。

「こんにちは。モモトーク見たよ」

「おぉ! 真っ白な胴体(キャンバス)だね! 私のグラフィティをあそこに描けたらなぁ!」

「ここの部室は、新鮮な音で溢れてる……今度機材持ってこようかな。」

一体全体どうしたのか、ヴェリタスの面々がエンジニア部を訪れた。

「あれ、君たちはどうして?」

当然のように浮かんだ私の疑問にハレが答える。

「助太刀に来たよ」

颯爽と現れた白馬の騎士は、エンジニア部員の心に追風を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 只今、時刻は午前四時、まだ太陽の気配はない。これから四十二回目のテストを始める。全員が見守る中、ヒビキが「お掃除開始」のボタンを押す。

……。

 

————お掃除を開始します

 

張り詰めた空間に自動アナウンスだけが喋る。そして直後、センサ周辺のライトが点灯し正面下を明るく照らした。車輪と、ブラシを付けたモータとが駆動を開始し、吸引音も聞こえる。喜ぶのはまだ早い、後は、塵をきちんと吸い上げられるかどうかを確かめなければいけない。ロボットがジグザグで前進していく。紙を細かく千切っておいたものを予めばら撒いておいたその上をロボットがゆっくりと練り歩く。緊張の瞬間である。掌で滲み出た汗の粒も拳の中で熱を持って震えていた。通り過ぎるやいなや、一斉にその跡に顔を近づける……。

「キレイに……なってるじゃん!」

 

しばらく床を掃くと、クルッと踵を返して元いた基地(ホームベース)へと帰っていった。その背中は不思議と頼もしく映った。

 

————お掃除を終了します

 

成功……したのか?

声は出なかった。空いた口は既に固められていた。幾度とない失敗を残して、ここまで歩んで来たのだ。霧が立ち込める最中、未だ見えぬゴールを目指して全員で突き進んで来たのだ。であるのに、何の前触れもなく切れたゴールテープを目の当たりにして、誰がそれを一瞬で悟ることができようか。私たちは息もできずに明け暮れていた。ただただ静寂で居た雰囲気を誰かが壊して入ったのはロボットの微かな作動音すら消えた後である。

「……でき……た……」

 

誰かは分からない。だが、その(さきがけ)はその場の全員を率いてチームの到達を喜んだ。

 歓喜の丘(モンテ・デル・ゴソ)はここにある。私たちが到達したこの場所こそが。技術を備える私たちだったが、いつであれ無力であった。だが不屈不撓の心を持つ私たち(マイスター)であるからこそ成し遂げられたのである。

 仕事を完遂し、やがて歓喜の声が薄まって行くと、そのまま六人分の寝息が部室に広がった。今夜は、このミレニアムの夜景に溶け込んで太陽を待ちたい。

 

 

 

 

 

 

 やるべきことを全てして終った夜は驚くほど寝付きが良い。次に目が覚めた時には、溜まった疲労もすっかり払えており、たてぼう天窓《トップライト》から覗く太陽に快い挨拶ができた……

……もう、朝なのか!?

 

いけない、うっかり寝坊をしてしまった。周りを見渡すと、すぐそこでコトリとヒビキが机に向かい合っているのが見えた。寝起きで弱くなっている目を慣らした後、彼女たちは何かを交互に口へ運んでいることに気が付いた。美味しそうな良い匂いが嗅覚を(さす)る。それに伴って、それを欲していることを主人に知らせるためにその腹が鳴る。思いの外、大きな声で鳴いたものだから、私の虚ろな視線の先にいる二人がハッとしてこちらを見た。

「んぐ、へんはい(せんぱい)ほはひょうほはいはふ(おはようございます)!」

「おはよう、先輩」

しばらくその場に広がる状況を理解することができずにいると、口を空っぽにしたコトリが説明をしてくれた。

「私がウタハ先輩に説明します! 昨晩、夕飯を食べることを忘れて作業を続けていたので、朝起きたときには私たちは空腹に苛まれていました。食堂に行こうと思っても制服は煤まみれだったので周りに迷惑をかけてはいけないし、心地よく眠っている先輩を起こすのも置いて行くのもいけないと、私たち二人してどうしようかと路頭に迷っていたんですが、丁度ヒビキから素敵な提案があり、それを受けていつものカメハメハピザにデリバリーを頼んだ次第なのです!」

チーズとペパロニね。ヒビキが言うと、チャバスコもちゃんと用意しております! と、コトリがすかさず付け加えた。唐突に意識をさせられて余計にお腹が空いてきた。次に瞬きをした直後には、右にコトリ、左にヒビキを見て共に円卓を囲んでいた。私がエンジニア部にいて何かを作っている時間は依然として楽しい。それでも、それ以上に光栄なことに私を慕ってくれているこの二人(後輩)と一緒に過ごしている時間は心の躍動を認めずにはいられないのだ。

 

 そんな甘美な時間に酔いしれていた最中(さなか)、ペパロニを一切れ齧りながらふと壁に掛けられた時計が視界に入った。ついさっき十一時を知らせていたようで、その後すぐに秒針が長針を連れてそそくさと11◯1を形作った。ルリさんは今日は制服の採寸をしにミレニアムに来校する予定なので、留守の時間を見計らって「お届け物」として彼女宅に運ぼうと思っている。手渡しではいけないのか、とヴェリタスが手伝いに来てくれていた間でハレにそのように聞かれたことがあった。その時は、こんな重いものを自宅まで持って帰らせるのは酷だから家まで運んであげるのだ、といった感じで答えておいた。しかし、それは表向きの事情であり、実際、その裏側の方が私たちには重要だった。実は、私たち三人は初対面の相手に贈り物をする方法を知らないのだ。悩んでいるのが、文字通りの手法を言っているわけではないのは言わずもがな。「入部してくる一年生」に所謂、()()()()をするのか、いや、まだ関わりは何もないのだから、礼儀を徹底するべきか……つまるところどのような顔をして会えば、自分にとっても相手にとってもより良い結果に行き着くことができるのか、皆目見当もつかないのだ。そのような状況について彼女が首肯する範囲など、ヴェリタスを通じても知り得ることはない……仕方ない……。言い訳を心行く迄で垂れ流したところで、部員らと計画の簡単な流れを共有した。お届け物(ロボット)を彼女の家まで運んでキチンと留守であることを確認したら、()()()をしてすぐに退散……そうすれば私たちの悩みをすっきり解決することができる。二人はそれを聞くなり、賛同したのだが、もう一つ解決しなければならない問題がある。

「……あとは、これを“どうやって運ぶか”だね」

彼女が越してきた家はシラトリ区内でも駅には比較的近い場所に位置している。だから、私たちはミレニアム最寄りの駅から数駅を跨いで、そこから少し歩けば辿り着くことができるので、移動するだけならば本当に楽なのだが……。今回ばかりは特別で、なによりロボットが一緒なのだ。エンジニア部特製のお掃除ロボットは、お家のセキュリティガードにもなるミニガン二丁を積んだ自律型戦闘兵器だと捉えられないこともないので、他人(よそさま)も乗り合わせるモノレールにそれを載せるのはどうも気が引けるのだ。こんな大きさだと駅員に止められるだろうし、ウォーターパークのメカワニの一件があるので、ヴァルキューレに目を付けられるのは何としてでも避けたい。とすれば、残るは徒歩となるのだが……。移動時間を考慮に入れると、もう、すぐにでも出発した方が良いような時刻になりつつあった。ロボットを台車に乗せて外へと持ち出す。校内の売店に寄ってペットボトルの麦茶を人数分買って、トートバッグに入れてヒビキに持っていてもらった。コトリには地図を持たせて道案内を頼んだ。先頭のコトリに続いて私が台車を押し、その後ろをヒビキが付いて来る形で、エンジニア部の大冒険が、今、幕を切って落とされたのだ。

 

 

 

 

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