アンブレラ・メモリーロス
露骨な宣伝です。
セーフハウスでの何でもない時間帯。
そう言えば、と呟いた。レジに向かう途中で買い忘れていた野菜を思い出したかのように、脳裏に浮かんだ疑問について皐月に訊ねる。
「なあ、皐月。俺の財布ってどうなった?」
サイクロプスに襲われた俺。
俺をサイクロプスから救ってくれた皐月。
あの感動的というには非日常的な違和感に溢れたファーストコンタクトの際、俺が皐月に報酬として送った財布の話である。五千円の中身入りだったので、学生としては大金である。大学生としても肉体労働の結晶なので貴重だ。
いや、五千円に執着して返還を皐月に要求している訳ではない。絶望と希望、垂れた顔と歯を見せるような笑顔、破産と逆転の相転移というマネーゲームによって得られた資金は桁違いである。実感はないのに今の俺は億万長者なので五千円に固執はしていない。
「五千円でポテトのSとジンジャーエールを頼んだけど。最初のデートで」
「あれはデートに入るのか? それに余りがまだまだ残っていたはずでは?」
ただ、皐月に譲渡した五千円の行方が純粋に気になっただけだ。
「あの時の五千円の余りなら、傘になったけど」
……傘?
「傘か」
「そう傘」
「最近の夏は暑いから日傘が欲しかったのか」
「炎の魔法使いにそれはない。ただ丁度、欲しかったのがあったから買ったのよ」
五千円の傘とはなかなかの高級品を買ったものである。行きつけのコンビニで売っているビニール傘なら新品で十本近くは買えそうである。
「何よ。手をつけたのは御影が生きているって知ってからだから、人を薄情な奴みたいに思わないでよ」
「そんな事は思っていない。せっかく買うなら別の物でもよかったのではと疑問を覚えただけだ」
シャープペンシルの芯とか、大学受験の過去問とか、コンビニの肉まんとか。学生が買う物の中に傘はあまりリストアップされていないと思われる。
疑問を投げかけたからだろう。玄関に一度向かった皐月が、俺の五千円で購入した傘を手にして戻ってきた。柄を見せるために広げる。
室内で傘が広げられるというのも珍しいが、和傘というのも珍しい。丸い円の柄であり、いわゆる蛇の目柄。モンスターと戦う魔法少女らしい柄である。
ラージサイズだというのに皐月は片手で軽々と扱う。肩に乗せて体を翻す仕草は随分と様になっているな。
「ほら、私、傘を愛用しているでしょう?」
ん、愛用? はて?
「火の粉避けの傘。属性的にあった方が便利なのよ。代々の服に穴を開けるよりも傘に穴が開く方がまだマシだから」
「和傘を、愛用??」
「ビニール傘だと服に似合わないから和傘なのよ。何か、変?」
「変っていうか……使っていたっけ、傘?」
「毎回、使っているのに。どうしたのよ」
「いや、思い出せない」
「……御影、貴方は疲れているの」
日々、モンスターと戦いを繰り広げているので疲れているのは確かであるが。とはいえ、疲労骨折ならぬ疲労記憶喪失など聞いた例がない。
フィクションでのみ頻発する症例の代表だ。記憶喪失なんてそう簡単に起こらない。きっと俺が人生で体験する事もないのだろう。断言してもいい。
「その傘、皐月に似合っているのは間違いないが、愛用していた場面は――」
皐月と初めて遭遇したのはコンビニの帰り道。行儀悪くポストを足蹴にして立っていた彼女は、間違いなく和傘を広げて……いたな。
次にエンカウントしたのは夜の天竜川。のこのこ現れた一匹のオークを仕留めにやってきた皐月の手には傘が……あったな。
その後に複数のワームが出現した際、アジサイと共に登場した皐月の手にも和傘が……確実にありました。
「――いつも持っていたな」
「だからそう言っているじゃない」
とても綺麗で素晴らしい緻密な画で皐月が傘を持っているシーンを思い出せてしまったぞ。一瞬前までの俺は何を勘違いしていたというのか。
なるほど、皐月の言う通り俺は疲れているようだな。皐月の装備品は傘でした。
「問題。私の服の柄は?」
「突然、どうした??」
調子に乗った笑顔で皐月が問いてきた。
「問題。私の靴の種類は? 頭のアクセサリーは?」
そんな原作者も知らない事を俺に問われても困るのだが。
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