次回予告 着信あり
あいつがこの世界から消えて、心に穴が空いたようだ――と紙屋優太郎が思うはずがなかった。
役割が違う。優太郎はあいつの恋人ではない。
恋人の心配事は恋人達に任せるのが妥当である。……そもそも、恋人が複数形な時点で、心配されるべきではなく非難されるべきだろう。
だから、ただの親友の優太郎は、あいつを心配したりはしない。
化物だらけの異世界で野垂れ死ぬ。思っただけでも現実になってしまいそうな悪い空想だけは絶対にしない。
『件名:七月九日
本文:
夜、スケルトンとインプ、キメラの化物と戦った
キメラの奴、やたらと強くて粋がってやがったがきっと魔王にちがいねぇ
人間を馬鹿にしやがって。とりあえず、討伐しておいた』
ならば、優太郎にできるのは異世界で活躍する親友の善戦を祈る事のみだ。
何も知らなかった一介の男子大学生が、卒業式までという限られた期間で討伐不能と恐れられた魔王と戦い、勝利したのである。この奇跡を成し遂げた男が、見ず知らずの世界に迷い込んだぐらいで命を落とすとは思わない。
相応に苦労しているだろうが、親友は大丈夫だ。
こう優太郎は信じていた。
『件名:七月十六日
本文:
今日、新しい魔王と対峙した
毛深いゴリラのような奴で、終始よだれを垂らしていて気色悪い
生きて動くものはすべて食い物だと思っているのか、盾にしたオークを食い千切っていた。とりあえず、討伐しておいた』
地方都市に桜の大樹と人が呼ぶ、標高千メートルのどでかい樹木が現れて既に四ヶ月。
この桜の大樹が、かつて主様と呼ばれていた異世界の魔王だと知っている者は少ない。特別、レベルなどステータスなどという不可解を心得ていない素人の中で真実を知っている人物は、優太郎一人である。
他に真実を知っているのは魔法使いだったり、魔法使いだったり、魔法使いだったり、魔法使いだったり――。
『件名:七月二十日
本文:
今朝五時頃、変な魔族と出会った
何でも、魔王共が集まってよからぬことを考えているらしい
魔王の連中ときたら、夜も寝ないで悪事ばかりやりやがって。よかろう、討伐してくれる』
たまたま、魔王を倒せる大学生が親友だった。
優太郎の立ち位置はその程度のものである。超常識的な化物と戦う気概を持ち合わせていない、ただの大学生でしかない。今後も、関わるつもりは一切ない。
……しかし、春が過ぎて初夏に入った頃からだろうか。
優太郎の携帯には怪文書が受信されるようになっている。
怪文書なので内容は理解の及ばないものでしかない。送信元のアドレスは文字化けしてしまっており、特定はできなかった。
『件名:七月二十二日
本文:
失敗した。失敗した。失敗した。失敗した
魔王が手を取り合うのは想定外だ。一匹でも面倒だというのに、複数体が協力しあって人類生存圏への進攻を目論んでいる
しかも半端な魔王の集まりではない。名声と危険度の高い魔王ばかりだ
奴等が体勢を整える前に瓦解させようと奇襲したが、失敗した
逃走中だが、逃げ切れそうにない』
定期的に受信される怪文書はふざけた内容で、無視できる程に楽観としていた。
ゆえに、優太郎は深刻に考えていなかったのだが……今日は、やたらと受信件数が多い。
『件名:[件名なし]
本文:
多種多様なモンスター
特異なスキル
数の暴力
どれも、ただの人間で太刀打ちできるものではない
一体、二体の魔王なら削れるだろうが、それが今の俺の限界だ
ただの人間に成り下がった俺では、異世界の攻略は難しい
そう。ただの人間では』
アドレス帳に登録された化け文字の名前が、着信音と共に液晶上に浮かび上がる。
『件名:[件名なし]
本文:
人間を 止めなければ ならないのか
なんて恐ろしい 考え だ』
……ちなみに、着信音は過去に流行ったホラー映画のものであり、フザけて登録してしまった事を優太郎は後悔している。
毎夜、不気味な旋律に睡眠を妨害されるのは心臓に悪いのだ。設定を変更できれば良いのだが、化け文字の名前が原因で登録変更ができずにいる。
『件名:[件名なし]
本文:
電話 スル』
そして、着信を知らせるコール音が携帯電話から鳴り響いた。
優太郎はワンコール以内に通話ボタンを押す。深夜にメール受信してから既に八時間は経過していたが、優太郎はずっと待ち続けていたのである。
「おいっ! どういった状況だ!」
『――優太郎? ああ、この声は優太郎か』
「異世界で何が起きている!」
『――余裕がないから、頼み事だけ聞いてくれ』
これまで安否を確認する必要はないと優太郎は思っていたはずなのに、四ヶ月ぶりに聞いた親友の消耗した声により、焦る気持ちが急浮上してくる。
優太郎と親友は、講義を代弁できる程に似通った。
魔王を罠にはめられる程に似通っていた。
ゆえに、優太郎は親友が何かを思い詰めて、決断してしまったと判断できてしまうのだ。
『――次に電話があった時は、俺を助けてやっ』
回線は突如通じなくなり、携帯は機械らしく無感情に不通の電子音を発するだけになる。
何度リダイアルしても結果は同じで、その後、一日経っても連絡は来なかった。
「また厄介事に手を出したな、あの馬鹿」
素人の優太郎にできる事は何もない。
親友を助けようにも、異世界なんていう遠隔地に赴く方法を知らない。知っていたとしても、化物共が徘徊する世界で役立てると思い上がってはいない。優太郎はどこかの馬鹿と違って、賢明な男なのだ。
異世界に詳しい後輩達は既に旅立っており、親友の危機に対して優太郎が取れる手段は一つも存在しなかった。
完全にお手上げである。
「次に電話か。早く連絡してこい」
……次の受信を待ち続けるという、優太郎にしかできない役割を除いて。
「早く連絡してこい。でないと……俺が携帯をスマホに更新できないだろうがっ!」
……以降、『誰も俺を助けてくれない』に続く
という訳で、続編「誰も俺を助けてくれない」の予告です。
投稿は別タイトルで、11月初を開始しております。
楽しみにしていただければ、幸いです。
■追記:11月1日
「誰も俺を助けてくれない」をアップしました。