エピローグ マスクの男は歩き出した……
最終話の、はじまり、はじまり……
桜の咲く季節が過ぎて、夏がやってきた。
大学生にとっては、二ヶ月もある長い夏休みの始まりである。若さを謳歌できる最後の四年間。そのたった四回しかない夏季長期休暇であるという自覚がない学生ほど、緩慢に日々を浪費してしまうだけの二ヶ月だ。
天竜川の魔法使いである四人は、市内にある同じ国立大学に進学した。
本当は、上杉秋だけは他県の大学に進学するはずだったのだが、そこは魔法で不正を働いたのである。
一緒に魔王を討伐したパーティーだから、一緒の大学に通いたくなったという心理は納得できる。
学園ではほとんどを疎遠に過ごした少女達であったが、最後の二ヶ月間はその後の人生を共に歩みたいと思える程に濃密であった。
ただし、本当に親しい友人達との別れを惜しんだから、が理由で同じ大学に通っているかは定かではない。
「解散していた冒険同好会を隠れ蓑にするのは、対外的には悪くなかったわね」
「資金的には四人それぞれ充実しているです。面倒なだけだったと思うです」
地方都市に大樹が出現して、四ヶ月が経過している。
それなりに街中は落ち着きを取り戻しているが、完全に収束しているとは言い難い。地元住民は日照権を理由に市に補償を訴えているようだが、市は市で、大樹を使った観光計画の作成で忙しい。
各地から様々な学者と団体が地方都市に押し寄せて、誰もが迷惑している。本当は切り倒してしまいたいと誰もが思っているが、標高千メートルの巨大樹木を切る方法が存在しない。
仮に切り倒せたとしても、大きさだけでも世界遺産間違いなしの木を切るのは流石に勿体無い。新種の植物であると判明してからは規制が強まり、許可なく百メートル以内に近づけない程に大切に扱われていた。
この大樹が、異世界の魔王であったと言っても、誰も信じないだろう。
「やっぱり、兄さんは木の近くにはいない。桂の言うとおり、あちらに消えてしまった可能性が高い」
「本場に出向くなら、レベルの低い私は魔法の腕をもっと磨いておかないと」
四人の少女……いや、今はもう四人の女子大学生は一つの目的のために市内の国立大学に進学した。国立だから進学したのではなく、市内にあったから進学したのである。
四人の女子大学生には目的があった。
卒業式後に告白を受け入れると言いながら、勝手に消えてしまった馬鹿マスクを捜索し、拘束し、報復し、洗脳し、結婚するという目的があったのだ。各々、正妻の座を取り合うライバルであるが、捜索する人数は多いに越した事はないので協力している。
「夏休みを使って行くのは良いけど、来夏は単位大丈夫だったのかい?」
「……今度、優太郎先輩に簡単な講義を聞くです」
四人が大学に進学して最初に行ったのは、メンバーが全員卒業して消滅していた同好会の再結成である。
代表の名は、大学二年生の紙屋優太郎。名義貸しに近く、同好会の部屋に現れない幽霊のような存在だ。
一般メンバーは美空皐月、伊藤浅子、鈴山来夏、上杉秋。全員新入生の女子である。
同好会の表向きの目的は、市内に出現した大樹周辺の調査だ。
そして裏で密かに進行している真の目的は、異世界遠征だ。この四ヶ月で方法確立と準備は済ませたので、満を持して、女子大学生魔法使いは異世界に挑もうとしている。
「浅子、あっちの地図は持った? 保存食は? 服の丈は……変わらないか」
「皐月は自分の準備を完璧にするべき。異世界に生理用品はない」
異世界に進出する事と、馬鹿マスクを捜索する事はイコールの関係にある。
馬鹿マスクこと御影は、探すも何も、亡霊ではないか。
……この最重要疑惑ついては、四ヶ月も前に解決済みであった。
「兄さんは、今も実在する。『耐幻術』スキル持ちの私に嘘は通じない」
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“『耐幻術』、魔法にさえ負けない強い精神の証明スキル。
精神に影響のある能力を魔法、スキルの区別なしに無効化できる”
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学生食堂の前で、浅子はこう断言した。
『耐幻術』スキル持ちの浅子の前では、本人ですら分からなくなってしまっていた御影の正体など、簡単に判別できていた。
御影は、確実に生きた人間だ。
そもそも、御影は浅子を大切に思っている義理の兄である。だから、たとえ幽霊になってしまったとしても、成仏せずに世界に留まっている。
「これが世界の真実」
「浅子の世迷言はともかく、御影が幽霊でないのなら、どこに消えたのよ」
御影が人間であると分かったのなら、次に浮かぶ疑問は所在である。
これに答えたのは、学生食堂の外で待機していた楠桂である。
「御影様は、魔法に引きずられて、異世界に消えてしまいましたわ」
四人と桂の関係は改善しようのないものである。理由がない限りは近づかない事で均衡を保っていた。
しかし、今の桂は、御影の居場所を教えるために姿を現している。
「……桂が、御影を最後まで見ていたのよね」
「はい。御影様は首を落とされる重体でしたが、最後には主様の返り血、『奇跡の力』の源である『奇跡の樹液』を浴びていましたわ。半亡霊化していた御影様なら、首と胴に別れていても生存できたはずで、『奇跡の力』が発動する光も目撃しております」
「……まあ、首がどうなっていても無事なら良いわ。それで異世界ってのは?」
「本来であれば、主様の体は霞となって異世界に送還されるはずでしたわ。けれども、御影様が『暗殺』スキルで殺したのは主様の魂を司る部位だけでした」
天竜の場合は体を失い、遺骸の一部に魂を留めて存在している。
主様は正反対に、魂を失い、遺骸だけが膨大な回復力を有したままこの世に留まっている。
「主様の使われる『異世界渡りの禁術』が誤作動を起し、心臓がまだ停止したままだった御影様が霞となって消えてしまいました。行き先は、異世界です」
異世界の転移先は、魔界の森である。
たとえ、御影が生きていたとしても生存率は低い。常人であれば一時間以内にモンスターに食い殺されてしまうのが魔界だ。
「――それでも、御影様ならきっと生きているはずですわ」
桂は最後に核心を口にしてから、四人の前から姿を消した。御影の正体に自力で気付いてたような口振りだったが、聞き返す合間を与えずに去ってしまった。
その後、桂は姿を見せていない。
四人の女子大学生魔法使いが、四ヶ月も準備期間を必要としたのは、単純に異世界に行くための方法を編み出すのに四ヶ月掛かったためである。決して、御影と単位を天秤に掛けた訳ではない。
異世界に赴く方法は、天竜が知っていたが、手段がなかった。
一方で、エルフ族のリリームは帰還方法を有していたが、一人用だった。
天竜とリリームの協力を得て、『異世界渡りの禁術』を完成させたのは秋である。レベルの高さが魔法使いの性能を決定付けない、を秋は実践し続けている。並の魔法使いなら、手本があったとしても一年以上の研究期間が必要だっただろう。
「全員、準備が整いました。天竜様、異世界のガイドをお願いしますね」
「我も里帰りができるしの。旦那様の忠実なる従僕としても、義務は果たしておかねばな」
そして、夏休み初日の朝。
御影と主様が最後に戦った地上八百メートルに存在する大樹の洞に、異世界遠征メンバーは集合した。
炎の魔法使い、美空皐月。
氷の魔法使い、伊藤浅子。
雷の魔法使い、鈴山来夏。
土の魔法使い、上杉秋。
四人の他には、夏なのでマフラーではなくスカーフを首に巻いている天竜と、民族衣装のリリームも集まっている。
合計六人の魔法使いの多い変則パーティーは、日の出と共に、待ち望んでいた異世界へと進出する。
「御影、私達は絶対に、あなたを見つけ出す」
光の扉が出現し、六人は向こう側へと消えていった。
「――さて、成仏しなかったって事は、俺はやっぱりただの大学生だったのか」
憑き物が落ちたような顔……かは、マスクに阻まれて分からないが、人間族の男は、場所柄に合わない清涼な声を発した。
周囲には、毒々しい色のシダ植物。
地面にはモンスターのものと思しき無数の骨。
空は紫に染まり、雲は赤い。
言うまでもなく、ここは魔界だ。人間族が足を踏み入れるべき領域ではない。
「まずはステータスを確認しておくか」
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“●レベル:78”
“ステータス詳細
●力:70 守:16 速:234
●魔:1/1
●運:111”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●アサシン固有スキル『暗器』
●アサシン固有スキル『暗視』
●アサシン固有スキル『暗躍』
●アサシン固有スキル『暗澹』
●アサシン固有スキル『暗殺』
●アサシン固有スキル『暗影』(New)
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』
●実績達成ボーナススキル『非殺傷攻撃』
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』(無効化)(New)
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(大)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『救命救急』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●実績達成ボーナススキル『ハーレむ』
●実績達成ボーナススキル『魔王殺し』(New)
●実績達成ボーナススキル『正体不明(真)』(New)”
“職業詳細
●アサシン(Sランク)”
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“『暗影』、やったか、を実現可能なスキル。
体の表面に影を纏い、己の分身を作り上げるスキル。
即死するはずの攻撃が直撃したとしても、作り上げた影に攻撃を肩代わりさせる事が可能。なお、本人は、半径七メートルの任意の場所に空間転移できる”
“実績達成条件。
アサシン職をSランクまで極める”
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“『正体不明(?)』(無効化)、姿を目視されても相手に正体を知られなくなる。
相手が『鑑定』のスキルを所持したとしても、己のステータス情報の隠匿が可能。ただし、このスキルは正体を隠すだけの機能しか持たないため、探索系魔法やスキルには何ら干渉はしない”
“実績達成条件。
本来は実績より得られるスキルではない。神秘性の高い最上位種族や高位魔族のみに許された固有スキルである”
“≪追記≫
レベル差が50以上あり、かつ、強い興味を持たれている相手に対して正体を隠し続けた事により、人間族でありながら開眼したものと思われる。
しかし、これが本来の『正体不明』スキルであるかは、スキル効果により誰にも解らない”
“深淵よ。深淵が私を覗き込む時、私もまた深淵を覗き込んでいるのだ”
“≪追記≫
実際のスキル能力は、人間族を悪霊化するものであったと思われる。が、悪霊達が成仏したため、結局分からず仕舞いで無効化されてしまっている”
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦すくみ、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
“実績達成条件。
魔王を討伐する”
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「……なんだ? このレベルとスキル??」
人間族の男は網膜の中に写るパラメーターに声を上げて驚いた。
「あ、『魔』が上がってる。わーい」
魔界を舐めた態度ではしゃぐ人間族の男だが、この男が有するスキルを駆使すれば、きっと魔界だって制圧できるだろう。
「……行くか」
マスクの装着具合を確かめて、男は歩き出した。
男の行く道に、希望と、魔法少女があらんことを――。
これにて終了です。
これまでの読んでいただいたすべての読者の皆様、本当にありがとうございました。
感謝感激しております。
完結までこの物語を続けられたのは、この作品を読んでくれる皆様がいたお陰です。
投稿生活で寝不足ですが、楽しい日々でした。
ぜひ、次の機会でお会いしましょう。