27-3 主様の解答
「御影なるアサシン。実のところ、我はお前の正体に気付いている」
「ッ! なら、言ってみろよ」
「まあ、物事は順序立てて説明していこうではないか。日の出までの残り十分少々、時間潰しには丁度良い」
瞬間、俺は絶叫した。
主様は時間を潰すと言いながら、俺の左腕に枝を巻き付かせ、圧力を強めて潰してしまったからだ。
味わった事のない、己の肉が絞られていく感覚に、俺は泡を吹いた。
「男の叫び声はそそる物ではない。みぐるしいから止めておけ」
「がぁっ! うるッ、さい!!」
十字架に固定されている俺にできる事は何もない。救助しようとして動いた桂も既に拘束されているようなので、完全に詰んでしまっている。
「では、我が調査した君の始まりから述べていくか」
「回りくどいな、主様」
「手間ではないさ。『正体不明』スキル持ちを滅するためには、こうやって一つずつ神秘性を除去していく必要がある。以前、同様の方法で魔王を一体退治している。人間族が『正体不明』スキルを持っていると気付くには、少々頭を捻った」
玉座に座ったまま、主様は余裕たっぷりに俺の所持しているスキルの一つを言い当てた。
俺と似たようなスキルを持った魔王と戦った際、何度殺しても蘇って難儀した、と主様は嬉しそうに笑っている。
神秘性に守られている存在は、死という事象さえも神秘というベールに隠されてしまう。そのため、物理的に破壊したとしても無意味だ。
「エルフの矢に頭を射抜かれたお前が、蘇った事で確認できた。すべてはエルフのお陰だ」
だが、神秘性を生じさせている神話や逸話を本人の前で語り、真実を暴露する事で、『正体不明』スキルは無力化されてしまう。
神秘とは崩し難く、脆い。
「科学という手法で、我々魔族を完全に葬ったのが異世界であろう。なかなかに有効な手段だ」
神秘性を失えば、正体は案外弱々しいものばかりである。
幽霊の正体が、風に揺れる柳であるように。
空が燃える現象の正体が、オーロラという自然現象であるように。
御影という謎の正体が、一人の男子大学生であるように。
「事の始まりは、申し訳なくも我が送り込んだサイクロプスだ。コンビニに出向く途中だった大学生を、サイクロプスが襲い掛かった。魔法使いを襲えと命じているにも関わらず、欲深くも経験値を得ようと、無関係な人間族を襲ったのであろうな。実に申し訳ない」
地上で、巨大構造物が破損し、倒壊する振動が響いてきた。天竜が憑依していたバケットホイールエスクカベーターが破壊された爆音だろう。
「愚かなサイクロプスがたった一の経験値を得ようとしたばかりに、配下を多く失う結果になってしまった。配下達には本当に申し訳ない結果となってしまった。今後の改善に繋げよう」
「くそッ……。俺に対し、て、謝れ」
度重なる攻撃で、とうとう壊れてしまったのか。秋が無事であれば良いが。天竜は無事だろうか。
「話を続けよう。サイクロプスに襲われた大学生は、赤い贄によって命を救われた……ように思われた。実際には、サイクロプスの殴打で頭蓋が割れており、ほとんど致命傷であったのだろう。朦朧とする意識で川に逃げ込み、結局そのまま溺れて死んでしまった」
「見てきた、ような事を、言うな」
「外を写している監視カメラの映像を不法入手して解析した結果と、大学生を司法解剖した結果から得られる予測だ。間違ってはおるまい?」
主様はどこからか液晶画面を取り出してきた。電源コードの代わりに緑の蔦が刺さっているが、正常に動作しているようである。
ワイド型の液晶画面は複数あり、その内の一つは民家の玄関から道路を写した監視映像である。荒い画素で、黒いパーカーの男が映し出されている。
そしてもう一つの画面には、司法解剖の結果を報告する書類が写っていた。死因は溺死とあるが、頭蓋骨陥没を示唆する図も記載されている。
「川に転落した時に頭を川底にぶつけてできた傷、警察はこう結論付けたようであるがな。ただ、この結果を不審に思った者がいなかった訳ではなかったのだ。大学生の家族ですら早々に心の整理を付けたが、後に“御影”と名乗る彼だけは、事件性を確信していた」
主様の語る彼は、溺死した大学生の親友だった。大学生が溺死した当日も賃貸マンションの一室で、一緒に夕飯を食べていたのである。
川に転落できるような地形がコンビニまでのルートに存在しない。彼はこう何度も警察に話したのに、結局、取り扱われる事はなかった。酔って橋から落ちたのだろうと警察は言うが、彼と親友は、夕飯時に酒を飲んでいなかった。
親友を殺した真犯人が存在する。それなのに、警察は動いてくれない。
だから、彼は己の手で真犯人を見つけるために行動を開始した。川辺の雑草地帯にギリースーツを着て潜み、真犯人らしき怪しい人物が現れないか一ヶ月以上監視を続けたのである。
「執念が実り、彼は真犯人を見つけ出したのだ。親友をもう少しで助けられたのに、サイクロプスの撃破を優先して親友を溺死させた、真の敵を」
「それ以上ッ、言うな」
「彼は、赤い奇抜な格好をした少女を、最初から真犯人だと決め付けていた訳ではないだろう。オークを殺しに現れた少女を見ただけで、そこまで妄想できる人物はおるまい」
だが、皐月は持っていてはならない遺品を持っていた。
「この監視カメラの映像も覚えがあろう。この街より三駅離れた場所にある、ネット喫茶店の店内にあるカメラの録画画像だ」
会社の方針にもよるが、監視カメラの記録は長いところでは二年以上保管している。手段があるのであれば、一ヶ月前の映像は入手できる。
「それともファーストフード店の監視映像が良いか。学校に掛けられた電話の録音の方が良いか」
「もう、言うなと、あガァッ!」
「あの赤い贄は溺死した大学生の財布を持っておった。大学生を救えなかったという決定的な証拠を持っておった。この録画画像では自供さえしておる」
『…………ハッ、つまらない嘘ね。あの男の人は溺死している』
切り替わった液晶画面の中では、皐月が決定的な事実を口走っていた。
俺は反論したくて仕方がないのに、気まぐれに右の脚部を引き千切られて、何も発音できない状態に陥ってしまう。
「カっ、あはぁ、はぁ、ガは」
「さて、これまでを踏まえて、最後に一つだけ疑問が残る。どうして親友を見殺しにした少女を、魔王から助けようとするのか。証拠を集める事よりも、これに至った人間族の精神構造を解析するのに、酷く時間を有した」
呼吸が乱れて、酸欠が続く。
「魔族では分からぬ情というモノかとも思ったが、そうとも思えぬ黒い感情が見え隠れしている。そこで、人間族は卑しいという本質から物事を考えてみる事にした」
出血多量で死の寸前に追い込まれているのに、俺はどうして生きているのだろう。
「つまり彼は……、当て付けで哀れな少女を救ってやっていたのだ。我の配下から少女を救ってやるたび、お前は親友を見捨てたが、俺はそんな愚かな少女を助けてやっているのだ。こう酷く醜い気持ちをマスクの裏側に隠したまま、目元を歪めておったのだ。ああ、実に卑しい感情で、魔族の我でも納得できる」
片腕と片足を失った死に体だというのに、俺はどうして生きているのだろう。
すべてを証明し終えた主様が、ついに、答え合わせを行う。
俺はいったい、何者であるか。
主様は、俺の真の名前を告げた。
「御影なるアサシン。お前の名は、紙屋優太郎、であろう。ただの大学生の、何の力も持たない」
主様はとうとう答えに辿り着いてしまった。
瞬間、俺の神秘性の根源は失われていく。『正体不明』スキルも効果を失う。
「――――ははは、ははははっ??」
「……どうした、狂ったか?」
そして、俺は真の姿である、ただの紙屋優太郎へと――。
「ははは――。……主様、お前は、間違った!!」