27-2 世界滅亡まで残り何分?
主様との戦闘において、最も苛烈な攻撃を仕掛けているのは秋、天竜ペアである。
オーストラリアより不法輸入した決戦重機を用いるこのペアは、根元を掘って大樹を倒壊させるつもりなのだ。まさか主様も、巨大化した己が脅かされるとは思っていない。嫌がらせとしてはこれ以上は望めない。
ホイールは本稼働を開始して、天竜川が流れていた――主様の巨体が川をせき止め、水を根で吸収しているため流れていない――柔らかい地形の掘削を開始した。粘土と土砂は本体のベルトコンベアへと運ばれて、下流域に投棄されていく。
決戦がどういう結果を迎えても、この流域は悲劇的な状態となるだろう。多少の犠牲は目を瞑るしかないのが現状だ。
「どうだ、これが我の真の実力だ! 土地神の力だ!」
「天竜様、土地神を自称されるのであれば、キャタピラであまり民家を壊さない方が……」
一応、天竜が全力で働いても人的被害がでないよう、周囲五キロ圏内の住民の避難は完了している。
天竜川が氾濫するという偽の自然災害警報が、深夜に発表されていた。快晴の空を見上げて誰もが不思議がっていたが、桂の幻惑魔法に誘導されて住民は一人残らず退避していた。
決戦重機のホイールは地面だけでなく、巨樹の根もバリバリと削っている。作戦は順調だ。
耐えかねた根っこが数千本迎撃のために動いているが、天竜が憑依しているバケットホイールエスクカベーターの『守』は強化されている。当面の間、壊れる心配はないだろう。
「エンジンを吹かすのだ! フハハハハハ!!」
「土の魔法使い、ラベンダー付いて行きます……」
決戦重機が暴れる南側の戦況は問題ない。
対称に位置する北側からも、巨大な炎の竜巻によって火災が発生しているので心配はないだろう。
「――全焼、業火、疾走、火炎竜巻ッ! 私が全部燃やせば、それで一切合財済む話なのよねッ!」
樹木である主様に対して、皐月の炎属性は有効だ。周囲から伸びてくる根や枝の大群が、まるで火に入る羽虫のように炎に巻かれ、次々と炭化している。
「私が主様を全部灰にする。――御影が何か仕出かす前に全部、終らせる。主様の弱点属性の私なら、きっとできるはず。炎の魔法使い、皐月、参る!」
皐月の炎がヒゲ根レベルの細分化された根ではなく、巨樹の本体を支えていた巨大な根を一本焼き尽くした。大戦果である事は間違いない。
「皐月は浅はか。植物には炎しか効かないなんていうのは幼稚」
市街地を背にした戦闘区域にいるのは、浅子だ。
他と比べれば随分と静かな戦闘区域だった。その理由は、地面のどこから現れるか分からない根に対抗するために、浅子は目に見える地面全体を凍結させる作業を優先していたからである。
そして、足場を固め終えた浅子は、満を持して進軍を開始する。
「――静寂、氷塵、八寒、絶対凍土。凍り付け。もう、私の大事な家族は、誰にも奪わせない」
根が浅子に襲いかかるには、遠方から長く伸びてくるしかない。が、浅子にたどり着いた根は一本も存在しない。
浅子の周辺は、地球上で最も冷たい場所となっている。極低温の冷気のテリトリーに進入した途端、細胞活動が凍りつき、動けなくなっているのだ。
「……ツンドラで植物は育たない」
植物に限った話ではないが、低温環境で生物は生きていけない。魔族化している植物であっても、生物の括りからは脱し切れていない。休眠状態を強制的に誘発される。最後には芯まで凍って、バラバラになってしまう。
「凍り付け。凍り付け。凍り付け。……兄さんが消えてしまう前に、全部凍りつけ」
浅子が歩くたびに低温領域は広がっていき、それだけ多くの根が凍っていく。地味に見えて、最も確実に主様にダメージを与えているのは浅子だった。
「氷の魔法使い、アジサイ、往く」
四方からの主様同時攻撃の中で、最も苦戦しているのは来夏だ。
属性的な強みが一切ないため、根の襲撃に速度で対抗している。
「格闘術が効かない相手は、苦手ですッ」
格闘魔法で根を切り裂き、傷口から再生しないように電撃で焦がしておく。そんな堅実なだけの来夏の戦い方では、大きな戦果は期待できない。
それに、速度で避けきれない数に襲われれば、来夏は簡単に捕らえられてしまう。
「ッ! しまったです!」
「――ネイブ《蔓よ》、ニラトセ《拘束せよ》、トーホス《新枝の》ッ! カバーに入ります」
だから、来夏には植物魔法を操るリリームの援護が不可欠なのだ。
局所的であるが、リリームの魔法が主様から根の主導権を奪って同士討ちを行わせている。その混乱を縫って、来夏の雷光で輝く足蹴が地上にでてきた根を刈り取っていった。
「目立ちたいですが、ここは我慢です。私は御影を信じているから……だから役目を全うするです」
「ご主人様なら、きっと大丈夫だと思います。マスクに隠された裏側を思い出すだけで――ッ! ひぃ!?」
「……ともかく、このまま敵の目を引き付けるです。雷の魔法使い、落花生が駆けるです!」
眼下で繰り広げられている戦いの様子を、己を削って作り上げた玉座に座したまま主様は視聴していた。
主様の瞼は閉じられているが、人間のような感覚器官を持たない主様が、人間のフリをして地上を見下ろす必要はない。巨樹の芯を揺るがしている重機の爪や、炎の熱さ、氷の冷たさ、電撃の痛烈さ、どれもこれも触感を頼りに知覚可能だ。
「愉快だ。想像を超える働きだ。これまで挑んできた勇者共などより我を傷付けている。かつて戦った魔王達よりも多彩に我を苦しめている。やはり、この世界にきて良かった……」
主様は痛覚さえも楽しんでいた。まるでツボに刺される針のようで、血行が良くなっていく気分なのだ。
「このままのDPSならば、我を討伐し切るまで二千年か。なかなかに早い。もっとも『奇跡の力』を封印していればの二千年であるが」
主様は心の中で、己のパラメーターを確認する。
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“●レベル:149”
“ステータス詳細
●HP:525599975000/525600000000
●力:235 守:155 速:1
●魔:65535/65535
●運:0”
“スキル詳細
●植物固有スキル『増殖』
●世界樹固有スキル『奇跡の力(残り一億回以上)』
●世界樹固有スキル『隠しステータス表示(HP)』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●魔王固有スキル『低級モンスター掌握』
●実績達成ボーナススキル『アイテム工房』
●実績達成ボーナススキル『異世界渡りの禁術』”
“職業詳細
●魔王(Cランク)”
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戦闘開始から既に四十分、そろそろ四十五分。
最初の勢いを失い、地上の戦闘から新鮮さは失われ始めていた。人間族の『魔』は最大値が低いため、残量を気にした戦い方になっているのだろう。こう主様は考察した。
玉座に深く座り直し、肘を付く。
戦闘に飽きてはいないが、日の出までの残り十五分で劇的な変化が訪れるとは思えず、主様の気分は消沈してしまったのだ。
最後の一滴までスープを味わうためには、舌を刺激するための一味が欲しいところである。が、まだその一味が出現する気配はない。
「――とはいえ、百の我に襲われて、どうして贄等がまだ生きているのか不思議だ。まるで何度も我と戦った事があるかのような動きを見せている」
主様が一番関心したのは、来夏だった。
ほとんどの根は自律的に生物を襲わせているだけであるが、時々、一本か二本、隙を覗うようにして、主様は来夏の背後を狙っている。本当ならもう何度も心臓を貫いているはずだったが、来夏は未だに健在だ。
「――それは、わたくしが悪夢を見せたからですわ。夢の中で何度も主様との戦闘を体験させて、攻撃のタイミングを学んでもらった結果です」
疑問に答えたのは、空を歩いている月の魔法使い、桂である。
思わぬ襲撃……ではないにしろ、主様は少しだけ意外な顔をしてみせる。
「このタイミングでゲッケイとはな。まあ、良い。ゲッケイの五節であれば、我も多少は混乱するであろうからな」
「お覚悟を、主様。――幻惑、朦朧、暗転、新月、月のない夜は目を閉じて震えているだろう――ムーンエンド」
桂の呪文詠唱をあえて見過ごした主様は、感覚を失う。人間族で言えば目と耳を何かで塞がれてしまった状態だ。
これでは、外の様子を探れない。
……このタイミングで奇襲されれば、防ぎようがない。
「なるほどな。ゲッケイが先だったのは、布石を打つためであるか」
主様は素直に関心した。己が最も怠惰な状態となる時間に、最も強い幻惑魔法で感覚を奪う。悪くはない。
「――ただなあ、御影なるアサシン。そもそもお前の存在が我に知れている。であれば、どんなに場を整えても、奇襲は成功しないのではないか?」
「ッ! 御影様!!」
ナイフが木の皮の表面に刺さった。主様はそんなダメージ変化をパラメーターの『HP』から確認した。本当であれば痛覚さえも桂の魔法で幻惑されていたはずであるが、主様には通用しない。
玉座の周辺を無作為に枝で貫いて、数本から血の味を確認する。主様は見えぬ敵の手応えを感じ取った。
「捕らえたぞ、アサシン。磔にしてやろう」
主様は新たに己の幹を削り、短時間で人間族を磔にするための十字架を作り上げる。
十字架を玉座の前に建てて、捕らえたアサシンを吊るす。
「ッ! 御影様!!」
桂の悲鳴染みた声を聞くのと、脇腹と左腕、右のふとももを鋭い枝に貫かれるのは同時だった。逃げる暇などありはしなかった。
糸で釣り上げられた魚のように、俺は主様が作った十字架に引っ張られ、空中に引き上げられる。傷口の心配などまったくされていないため、三つの激痛が俺の意識をぐちゃぐちゃにしてしまう。
「ガハぁッ、アガッ!?」
しばらくして、幻惑効果から回復したのか、主様の人間体が俺のマスクに目の焦点を合わせる。
「それで、何をしたかったのか? 御影なるアサシン」
「がっ、この。失敗した……」
『暗殺』スキルは発動していない。