27-1 決戦! 天竜川! -巨樹 VS 巨大ー
卒業式当日の朝がきた。
卒業式とは、どういう気分で迎えるべき行事だったか。たった一年前の事なのに思い出せない。
ただ、遠足のようなウキウキ気分で夜を眠れず、早朝五時に起床してしまうような儀式ではなかったと思う。
俺自身は卒業生でも何でもない。左右に並んだ奇抜な衣装の少女達のみが、本日、学園を卒業する。
……無事に卒業できるか否かは、目前にいる魔王を討伐できるかに掛かっている。
見覚えのある、真新しい橋脚を背に、主様は俺達を待っていた。先日のコンビニで着ていたアルバイト店員の格好ではない。貴族が晩餐会で着ていそうな、金の刺繍が施された正装をしている。
今回はおふざけではない。決戦らしく本気だ。
「……待ちわびた時がきた。これ程に時の流れを強く意識した事はかつてない。古の時代、魔界を統一した大魔王が、人間族の勇者を居城で待ちわびたと聞く。……今の我の気持ちであったのだろうな」
やれるべき事はすべてやった。
張れるだけの伏線をすべて張り終えた。俺達に勝機があるとすれば、主様が間違えてくれるかどうか。それだけに掛かっている。
「皐月、浅子、準備は済んでいるな」
紅袴を着用した皐月と、青い着物の浅子はしっかりと頷く。
「来夏、秋、覚悟は決めているな」
黄色い矢絣の来夏は静電気をバチリと鳴らし、紫のタイトドレスの秋はゆっくりと唾を飲み込んだ。
「桂さん、天竜、リリームは四人のサポートを」
魔法少女達の後ろに並ぶ三名の姿は見えないが、気配だけで準備完了を確認し終える。
「……そういう、御影はどうなのよ」
ふと、隣にいる皐月は俺のマスクを見ながら訊ねてきた。
指摘されるまでもなく俺の覚悟は固まっている。主様と刺し違えてでも勝利をもぎ取る予定である。
本気度を示すかのように、服装もこれまで着ていた定価三千円の黒のパーカーではない。ネットの画像検索でヒットした無駄にかっこいい黒い上下合計五万円を着込んでいる。軍用なのにしゃれた革靴まではいている。
「生き残ったらとか、愛しているとか、戦う前に縁起が悪いから言わない。その分、卒業式が終ったら容赦しないから、御影はその覚悟もしておいてよね」
「お手柔らかにな、皐月――」
いわゆる、フラグを回避した皐月はくすりと笑う。
歳相応なのに、大人びてきてもいる美人の笑顔だ。
「――本当に、愛していた」
俺の返事に驚く皐月の顔は、きっと生涯忘れる事はないだろう。
「――舞台は整った。そろそろ、始めるとしようか。遅れれば遅れる程、この世界が滅亡する可能性が高くなる」
魔王戦だというのに、俺達は剣を装備していない変則パーティーだ。絵にすると酷く構図が悪いかもしれない。
「まずは開始の合図として、我の真の姿を明かしてやろう。……ゲッケイから聞いておるだろう。我こそが、魔界に誕生した世界の中心に生える大樹であると」
主様の足元が割れた。
主様の人間体を天高く上昇させていくソレは、ひたすらに野太い。高層ビルが地下から生えてきたのかと勘違いしたくなるが、色は焦げた茶色一色である。
近場にあった邪魔な橋を倒壊させても、主様の本体はまだすべて登場し終わっていない。タワーのように頭頂部の直径が一番短いだろうから、伸びていけばいくほど、巨大な木の幹は周囲を破壊してしまう。
「予定通りだッ。皐月が北、浅子は東、来夏は西、秋は天竜と南に移動!」
俺達が集合していた地面など、とっくの昔に幹に飲み込まれてしまっている。
全員に持ち場を指示した俺も、予定通り『暗躍』スキルを発動させて夜の闇に紛れた。今後は指示を飛ばせないので、後は各自が持ち場でがんばり続けるしかない。
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“『暗躍』、闇の中で活躍するスキル。
気配を察知されないまま行動が可能。多少派手に動いても、気にされなくなる。
だからと言って、近所迷惑レベルの騒音を起して良い訳ではない”
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「この巨大さこそが世界の中心である証左である! 文明開化の進む異世界の人間族ですら、我の全長を越えて、神々が住まう場所まで届く塔を築けてはおらぬ!」
高々千メートルで大口を叩くな、と反論できなかった。
自然物である樹木が、小さな山よりも高くそびえている光景には素直に圧倒されてしまうからだ。
幹からは枝が伸びていき、緑の葉をつけていき、傘のように街を覆っていっていく。下手をすれば、地方都市の半分以上が洗濯に困る地域になってしまうかもしれない。
「我こそが、次世代の世界樹である! 生命を癒すも絞るも、我次第である!」
主様の高らかな声は、天辺から降り注いでいるのではなく、標高八百メートル付近にある洞の中で拡声されているような気がする。俺が目指すべき場所はそこになるだろう。
高さはざっと千メートル。
幹の直径は、天竜川の対岸にまでせり出して川をせき止めている事から、二、三百メートル。
全体の総重量は、計算さえ難しい。
まったく、登頂するのが大変だ。
「葉は茂った! 我は姿を開示した! 魔王は姿を明かしたぞ! さあ、準備は済んだのだ。人類の存続のため、遠慮せずにかかってくるが良い!」
ただし、登るのは一仕事終えてからにしよう。
主様も遠慮するなと言っている事だし、俺も手札を使うのを躊躇ったりしない。
主様が巨大化するのであれば、俺達も巨大兵器を投入するのが正しい。
そして、物語上、巨大化した敵は正義のロボットに敗れるのが通例だ。
「『暗器』解放ッ!」
天竜川の早朝は、突如生えた巨大樹木によってかき乱されてしまった。純正なファンタジー現象に、早起きな市民達は呆然としてしまった事だろう。
しかし、対抗するかのごとく、大地を揺るがす超巨大重機の登場が、大自然の不可思議をぶち壊しにしてしまう。油臭さと錆臭さの所為で、ファンタジーが台無しだ。
そもそも、巨大過ぎたがために重機であるとは認識されず、瀬戸大橋が歩いてやってきたのではと錯覚した市民も大勢いた事だろう。
遊園地の観覧車が形状的に最も形は近い。が、そのホイールは観覧車のような生易しさを一切感じさせない。超重量なホイールにはバケット――ショベルカーのショベルが千年の時を経て化物と化したかのような形状――と呼称される鉱床を地形ごと削り取って採掘可能なカッターが、十八枚も装着されてしまっている。
そして、その巨大ホイールを無理やり固定するために構築された、もっと大きくて無骨な本体。クレーンとベルトコンベアと橋と戦車が、混合合体された悪夢の構造で成り立っている。
東京タワーに無限軌道を搭載したようなシルエットは、とてもじゃないが正義が操るロボットには見えないだろう。
客席がすべてバケットに挿げ替えられた掘削観覧車が稼働すれば、大量の土砂を撒き散らして地球を削り取ってしまう。
地球を削れるのだから、地面に生えている木を削るぐらい造作もない。
目前にそびえる木が、世界の中心に生えていそうな巨大樹木であっても関係ない。地面を掘り返して倒壊させるべく、既にホイールは試運転を開始している。
「旦那様も素晴らしいものを用意してくれたわッ!! ハハハッ! ワッハハハッ!!」
この巨大重機は空想の産物ではない。
バケットホイールエスクカベーターという名の、歴とした人類の生産物である。ギネスブックに記録されるぐらいに全長二百二十メートルの実在物だ。
主な用途は、オーストラリアなどで行われている露天掘りによる採掘作業だ。土木で使用された例があるかは不明。
本来、少女のような声で喋る機能が搭載されていない事だけは、間違いない。
実は『暗器』で一番隠してみたかったのがこの重機です。