25-4 黒幕とのエンカウント
冷たい夜風で脳を引き締めながら、夜の街を歩く。
いつまでもピンク色で脳を蕩けさせてはいられない。灰色の脳細胞というぐらいだから、ピンク色に脳が汚染されると知能が下がっていきそうな気がする。
オーリンとの苦しい戦いが終って、気分が弾んでいるのは分かる。が、まだ最大の敵が残っている事を忘れてはならない。
主様、と呼称される異世界の魔王。
もうすぐ、最後の戦いが始まる。
魔王というだけあって、主様は全人類の敵である。桂いわく、魔法少女の養殖に見切りを付け、代案として人類の乱獲を企てているらしい。
レベルはおよそ150もあり、異世界では討伐不能王と恐れられている主様だ。一度暴れ出せば、数万人規模で被害者が出る惨事が起こる。天竜川で無残に殺されていった少女達の、何百倍もの死者が出てしまう。
犠牲者を数だけで比較したくはないが、主様の乱獲が始まれば、魔法少女の犠牲が無意味と化すのだけは間違いないだろう。
……ただ、全人類を狩り尽くせる程の力を持っているかは疑問である。
オーリンが率いていたモンスター軍団に対して、そこそこ現代兵器が通用した。
スキュラには重機関銃の掃射でダメージを与えられた。
ギルクはガスタンクの大爆発で即死した。
モンスターには銃が効くのだ。異世界の異形を討伐するために、英雄にしか扱えない伝説の武具は必要ない。
例え、地方都市が飲み込まれたとしても、その後は自衛隊が出動する。自衛隊でも駄目なら在日米軍が顔を出す。そこで止まらなければ日本壊滅だが、そうなれば自国に魔王被害が飛び火する前に、どこぞの国が核兵器で始末を付けるだろう。
最も強靭だった敵であるギルクが、レベル1000に成長したとしても核兵器に耐えられるとは思えない。ならば、レベルがたったの150しかない魔王がどれだけ粋がったところで、全人類の敵としては実力が足りないではないか。
こう思えば、魔王は尊大なだけの無知な存在で、恐れるに足らない気がしてくる。
深刻になり過ぎる事はない。策をめぐらせればきっと勝てる。
これまで通り、俺は魔法少女を救っていくだけで良いはずだ。
「……春は近いのに、寒いな」
吐いた息の白さから季節の移り変わりを占ってみたが、花が咲く季節まではまだ遠い。
街灯の足りない地方の街を歩き、たどり着いたのはどこの街にあっても白く輝いているコンビニエンスストアだ。
何も目的がなく、ただ息を吐くために夜道を歩いていた訳ではない。我がセーフハウスのペットが夜食を所望したため、深夜でも唯一食料品を買えるコンビニに出掛けたのである。
カゴを片手に、適当にパンと駄菓子を詰めていく。どうも天竜は味や量を楽しんでいるのではなく、これまで食べた事のない食品の数々に感動しているようなのだ。よって、何を買っていっても喜んで食すので、品定めをする必要がない。
意図的に間違ってネコ缶を購入したとしても、笑顔で頬張る天竜の姿が思い浮かぶ。飼い主使いの荒いペットには、コンビーフを買ってやろう。
ついつい、棚を丸ごと空にしてしまう買い物が楽しくて、カゴ二つを山盛りにしてしまっていた。
買い占めても後から来店する客の迷惑となる。
区切りが良いのでレジへと向かう。
「Teaポイントをお持ちですか?」
大量購入の連続で、かなりポイントは溜まっているはずだ。ただ、カードの重量が増した気がしないし、いつ割り引いてくれるのか分からないので意義を感じられないが。
「……お客さん、今朝も買い占めていましたね。話題になっていますよ」
珍しく、アルバイト定員が定型句以外を口にした。商品数が多くレジ打ちに時間が掛かっているので、暇潰しの会話を望んだのだろう。
俺も丁度手持ち無沙汰で、おでんの具を数えるぐらいしかやる事がなかった。
バーコードをリーダーで読み取るアルバイト店員との会話を弾ませる。
「ええ、大食らいが一人いまして」
「なるほど。今朝連れていた、赤い、学園生ぐらいの子ですかね」
「――――そう見えました?」
皐月はどんな時でもきちんと食事を摂るが、必要以上の摂取は好まない。腹の脂質だけを燃やせる魔法は、炎の魔法使いが代々受け継ぐ秘術であるとか、ないとか。
「では、青い子ですかね」
「肉を好みますが、食事は細いですね」
浅子は見かけ通りの食事しかしない。好物が肉であるため、誤解を受け易いが。意外にもアイスは苦手だと聞いている。
「ほう、もしかして跳びはねそうな黄色いのですか」
「しっかりと食事は取る方ですが、部活動をしている学園生とあまり変わりません。パンを十も、二十も食べませんよ」
来夏は格闘魔法の使い手だからか、大学生の俺と同じぐらいには食べる。それを指摘して電撃を食らおうとは思わないが。
「まさか大穴で、モデル体形な紫ので?」
「一番食事が細いですよ」
秋と一緒に食事をした機会は多くない。が、天竜から食事を勧められた際に、胸に付く体質だから、と断っていたのが鮮明だ。
「あの四色ではなかったですか。……しかし、ゲッケイがこれほどに食うとは思えないな」
「……どうですかね」
桂は日本食が好みなのは知っている。
「そうなると残りは悪竜となるが、これだと不気味だ。悪竜は生きた肉を好む。血が滴る程に新鮮な肉を丸かじりにする。悲鳴という喉越しが、食欲を引き立てるのだという」
「……俺の従僕は。そんな悪趣味ではありませんよ」
薄気味悪い気配が、目前にいるアルバイト店員から沸き立っていた。
いつから、非人間的な空気がコンビニの屋内に蔓延していただろう。深夜だから俺以外の客がいないのは不自然ではないし、レジに向かうまでは極一般的なコンビニだったはずなのに。
「では、大食らいは君なのかな。アサシンの御影なる人間族?」
アルバイト店員の本性を察知できた最初のタイミングは、皐月の事を赤いと表現した時だ。
早朝の買い込み時、俺は四人の魔法少女と共にこのコンビニを訪れている。だから、皐月の存在そのものは知られていても不思議ではない。
だが、あの時は……魔法で一般人の目を誤魔化していた。そうでもしないと、皐月は紅い袴姿で堂々と来店できなかっただろう。
魔法で誤魔化していたのに、異質なアルバイト店員は皐月を赤いと言った。他の三人も全員、色で識別している。桂と天竜については、当事者でなければ分からない情報しか言っていない。
「まさか、こんな近くにいたのか」
「ここでアルバイトの応募を受けたのは、気まぐれだったな。魔族の『運』は0固定だというのに、面白い偶然だ」
「……人間として、面接して普通に働いていたのかよ。フットワークが軽過ぎる」
コンビニ店員が魔王でしたなんて、運が悪いで済まされる話ではない。どうせこれも俺のスキルによるものだろう。
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“『エンカウント率上昇(強制)』、己が遭いたくない相手と邂逅できるスキル”
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アルバイト店員、改め、主様はバーコードを読み取る作業をしつつ、何気なく言い放った。
「そのマスクの内側、酷く気になる。……顔の皮ごと剥ぎ取ってやろう、か?」