25-1 セーフハウスのペット事情
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
オーリンとの戦いが終わった。
そんな朝に最も優先して行うべき戦後処理とは……ペットの世話である。
「えー、この度は皆様のご協力により、一人の欠落もなくボス戦を生き延びる事ができました。また、ラベンダー、本名は上杉秋さんのご回復もお喜び申し上げます」
ここはセーフハウス。ペットも飼える優良物件。
飯はまだかー、我に供物を捧げよー、と従僕が上座で唸ったので巻きでいく。
「天竜様のご協力があってこその勝利でした。感謝の意を表する宴を開催したいと思います。では、乾ぱ――」
「もう待てぬ! 口を動かすのであれば、飯であろう。食うぞ!」
俺の忠実なる従僕である天竜は、テーブルに並ぶジャンクフードの数々が醸す匂いに勝てなかった。手を伸ばせる範囲にあるすべての料理を掴み取りして、大口を開けて食べ始める。
オールナイトの直後に食事を用意しろと乞われても、用意できるのはコンビニ飯ぐらいだ。現在時刻は、まだ出前も始まっていない午前六時だぞ。
従僕の癖に主人の言う事を聞かないのはいただけない。が、元来、ペットとは言う事を聞かない生物である。天竜がボス戦を勝利に導いた功労者、MVPであるのは疑いようのない事実。一戦の報酬がコンビニの棚八つ分なら安いものだろう。
大根サラダ一九八円も冷凍ピザ三九八円も幕の内弁当五〇〇円も、等しく美味しそうに丸飲みしていく天竜。食事の邪魔となるトレードマークのオレンジ色のマフラーは外しているが、天竜が擬態している人間体の骨格には限界があるはずだ。
だというのに、外見だけなら霞を主食としているような少女の小口が、漫画チックに裂けて、牙を見せながら掴んだ物をすべて体内に収めていた。
浅子よりも少しだけロリータではない天竜の健啖ぶりに、俺の胃はすっかり竦み上がっている。死闘直後で胃壁が荒れている所為もあって、俺は野菜ジュースで食事を済ませていた。
「旦那様よ。もっと食え食え」
「天竜がチャーミングで、食事が喉を通らないのさ」
「旦那様は従僕を愛でる良い主だ。感銘を打たれた我が、旦那様の代わりに食べてやろう」
見ているだけで満腹感に溺れてしまいそうだ。自力で食事をしてくれるので、天竜を視界から外した。
俺の右隣は皐月、左隣は浅子。正面は来夏。これが定位置である。
今朝からは、来夏の隣にラベンダーこと上杉秋が増えている。セーフハウスの人口密度は随分と増した。余裕ある物件を購入したつもりでいたのに、狭く感じる。
俺とは違って、それなりに朝食を取っていた皐月が手を止める。
「あのさ、御影。天竜様は別枠で考えてあげても良いけど……リビングの隅で体育座りしているアレはどうにかできない訳?」
皐月が目線をリビングの隅っこに滑らせる。
リビングの隅っこでは、精霊戦士が体育座りをしていた。細い背中を壁に密着させている。
「野生に一度返したのに、妙に懐かれてな」
「……どう見ても、御影を恐れているように見えるけど」
俺も目線を隅っこに向けてみたところ、リリームは反射でビクリと肩を震わせてしまう。
皐月にどうにかしろと目で促された。俺としても、ワンピースで体育座りされると、スカートの奥が見えてしまうので止めさせたい。
サンドウィッチを片手に、席を立つ。信頼関係を築く第一歩は、餌付けだろう。
「リリーム、食うか?」
「ひぃッ」
体育座りを解いて、リリームは壁に後頭部を付けてしまった。そんなに玉子サンドは苦手なのか。
「そんなに怖いのなら、異世界に帰れって。もう危害は加えないと約束するぞ」
「もう森で生きていく自信がありません。ここに……ご主人様のお傍にいさせてください」
皐月だけでなく、来夏からもジットリとした目線で非難されてしまった。
心に深い傷を負ったリリームを放り出してしまう俺が間違っているか。翼が傷付いている鳥がいたなら、きちんと空を飛べるようになってから野生に返すべき。人間のエゴのような気もするが、人間も自然物なので問題はない。
「評判の良い精神科医か、精神操作が得意な魔法使いを紹介できる。一緒にトラウマを克服しよう、リリーム」
「捨てないでください。お願いです。捨てないでください」
リリームは重症だ。
俺のマスクの裏側に怯えているのに、俺に捨てられる事にはより強い恐怖を感じているらしい。三国志でありそうな事だが、戦場で生き残った兵士が、敵軍の将に恐怖しながらも惚れ込んでしまった。リリームの心境はそんな風にしか想像できない。
マスクを矢で射るような憎き敵だった。が、今のリリームは違う。
異国から帰れなくなった少女をこれ以上、いたぶる趣味はない。魔法少女でもある事だし、不憫なリリームには優しくしてやろう。
「皐月、リリームを風呂に連れて行ってくれないか。傷を洗って、体を温めてやって欲しい」
最初にリリームを気遣った皐月に不満はない。朝食を中断して、リリームを連れて風呂場へと向かう。
「私も手伝う。本物のエルフは貴重」
自発的に浅子も皐月に続いた。金色の髪や白い肌、何より長いロバ耳に心惹かれていたようである。
「あー、悪い、天竜。解散気味だから、俺も席を外す」
「我はまだ食い終わっておらぬ。従僕の機嫌ばかり伺っておらんで、勝手にするが良い」
本当は秋の復帰祝いでもあったのだが。来夏と秋の二人にも早退を謝ってから、リビングから出ていった。リビングどころか、靴をはいて玄関から出て行き、セーフハウスを後にする。
俺の目的地は、大学入学時から借りている賃貸マンションの二階だ。
魔法少女の内、桂だけはたった一人でそこにいた。
「――秋、御影が出ていったです。プラン発動です」
「来夏……あんまり自信がない。私だけ、まともに会話した事もないから」
「後発組である私達は、大胆なだけでも足りないぐらいです。大丈夫。御影は最近忙しかった所為で、女に餓えているですから。二人で襲えばもうメロメロ間違いなしです!」