24-3 我は土地神である、名前は……
要塞土精の形状に変化が起きる。変化というのは細やかな表現で、実際のところは変形だ。
首が伸びる事で、指令所があった頭部の標高が高くなる。首だけキリンのように長くなっても不恰好なだけなので、胴体も長くなり、腕と脚もスリムになっていく。
重厚だが、その分重量のあった城壁は細分化し、肌と一体化していく。まるで爬虫類が備えている鱗のようだ。
ゴーレム特有の鉄兜のような顔は、より動物的に、より凶暴色を増した。肉食動物的に頭部は長くなり、四対の長い角が生え、出来立ての口からは牙が伺える。鼻の下側にある長いひげはチャームポイントだ。
そして、ゴーレムだった頃にはあり得なかった部位が背中から展開される。
翼竜のごとき巨大な翼が、初期動作チェックで大気を一撫でしてみせる。たったそれだけの仕草で、下半身に纏わり付いていたジライムが風圧に負けて、剥がれていった。
「――我はこの川を拠り所とする人間族を守護する、土地神であるぞ! 小娘が馴れ馴れしくも、首巻と呼ぶでない!」
変形がすべて完了した時、全長四十メートル、翼全開で横幅七十メートルに達するドラゴンが大地を踏み鳴らしていた。
「我は天竜川の神、天竜なるぞ!!」
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“●レベル:102”
“ステータス詳細
●力:775 守:505 速:51
●魔:1042/1042
●運:0”
“スキル詳細
●ゴーレム固有スキル『耐物理』
●フォート・ゴーレム固有スキル『城郭防御』
●フォート・ゴーレム固有スキル『自己修復(大地)』
●悪竜固有スキル『暴虐』(無効化)
●悪竜固有スキル『暴食』(無効化)
●悪竜固有スキル『暴君』(無効化)
●悪竜固有スキル『暴走』(無効化)
●土地神固有スキル『信仰』
●土地神固有スキル『文化熟知』
●土地神固有スキル『土地繁栄』
●土地神固有スキル『天災無効化』
●実績達成ボーナススキル『勘違い(被害者)』
●実績達成ボーナススキル『気苦労』
●実績達成ボーナススキル『肉食嫌悪』
●実績達成ボーナススキル『弱人間族(極)』
●実績達成ボーナススキル『神格化』
●実績達成ボーナススキル『弱勇者(大)』
●実績達成ボーナススキル『悪霊化』(中断)
●実績達成ボーナススキル『従属化(主:御影)』”
“職業詳細
●土地神(Aランク)(休職中)
●従僕(Dランク)”
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ドラゴンの頭部から飛び出る角に抱き付き、振り落とされないようにしている皐月達。
秋を除いた少女達は、は?、と口の形状を疑問符に変形させる。突如正体を現した強力助っ人の真の名を聞いて驚いている。
「不信仰な民を救う義理はない。が、今の我は主、御影の寵愛を受けし従僕なれば! 不敬にも、社を粉砕して長き眠りから叩き起こした小娘に使役される不平不満を嚥下して、溜まったストレスを雑魔族で解消してくれるわッ」
しかし、秋を除いた少女達は、角を掴む握力を必要以上に高めつつ、ハ? と強い口調で額にシワを寄せる事の方が忙しい。ドラゴン登場に対する純粋な驚愕は、長く続かなかった。
秋が魔法で作製した要塞土精を素体にして、天竜は現役時代の体を再現していた。理由は当然、ジライムを撃破するためだ。
「……ラベンダー、一応確認するけど、こいつメス?」
「皐月、神様だからもう少し崇めて。……メスだけど」
「ふっははははっはッ! スライムのクラスチェンジ体か! おりゃおりゃッ」
戦国時代よりももっと過去。昔話にしか残されていない時代、天竜は異世界からやってきた。近代になって現れた主様と同じく、悪竜としての己をもっと高めるため、人間を暴食するのが目的だった。
「寵愛って……あの馬鹿マスク。とうとう、爬虫類に欲情したか。へぇー」
「皐月、落ち着くです。寂しい男が、ペットを可愛がるのは良くある事です」
しかし、天竜は……どこで道を誤ったのか、人間に祀られる土地神となる。
日照りで干からびそうな人間の子供を一人救ったのが間違いだった。
一人救ったら、二人目が現れて、ずうずうしく三人、四人と続いた。結局、村人全員の命を救ってしまったのが間違いだった。
「だ、大丈夫さ。皐月。マフラ……天竜様は人間の姿にも成れるから、マスク男さんは変態さんじゃないさ」
「人間の姿をしたペットを飼う男を、どうしてラベンダーは庇うのかな? ん、言ってみ?」
ただ、悪竜が土地神と化す間違いなど、そう長く続くものではない。ドラゴン族の寿命から言って短い三百年後、異世界から現れた勇者に首を斬られて体を失う。
ようやく魔族に返り咲けると思った天竜だったが、村人が勇者に即刻復讐してしまったため、怒りの矛先を失う。
体、復讐先と失い続けた天竜のその後は寂しい。依代たる角の欠片のまま社に祀られ、時代の推移と共に、緩やかに信仰を失った。
「酸がピリピリして気持ちが良いのう! ほら、二つまとめてッ」
「ジライムがもう残り二体。このクイーンギドラ、首が一つしかないのに強い。兄さんに後で借りて遊んでみよう」
「ラベンダー、どうしてそんな露出度の高い服装な訳? 確か、それを着たくないから、男装で戦っていたんじゃなかった?」
「それは私も気になるです、秋!」
「…………ぽ」
そして、今年三月終盤まで眠り続けていた天竜は、秋と勇者パーティーの戦闘時、社が要塞土精の材料にされてしまった事で乱暴に覚醒させられた。
その後、地球上では希少な魔法生成物である要塞土精を材料に、時代の変わった己の土地を巡る。術者である秋が昏睡したため、ゴーレムの体を掌握できていたのも理由としては大きい。
天竜は、要塞土精の蓄積『魔』が消えるまでの僅かな日数を、少しだけ人間族をからかって遊ぶだけのつもりだった。本当に人間を食べて、悪竜としての復活を望んでいた訳ではない。
だというのに、天竜の運命はいつも目まぐるしい。
天竜本人も不思議な事に、マスクの怪人の従僕として竜生をリスタートさせて、雑多な魔族と異世界で戦っている。
「……ラベンダー、お前もかッ! 何なのよ、皆! 私の真似するなーッ」
「ええぃ! 我が久しぶりの戦闘を楽しんでおるのに、頭の上で喧しい! 最後の一匹も仕留め終えたぞ」
天竜とジライムの戦闘は、描写する暇さえない程に圧勝だった。
腕を振るう。翼で薙ぎ払う。たったそれだけで勝負が付いてしまったからだ。
レベル差、ステータス差が段違いだったのも要因としては強い。が、魔族としての位がドラゴンとスライムとでは別格だったのだ。スライムの弱点である核をちまちまと狙う必要性すらない程に、天竜は圧倒的だった。
ジライム五体で肩を慣らした天竜は、敵陣本陣に向き直す。広い翼に『魔』を込めて、浮遊を開始する。
「異世界の扉が開いておるのう。ふむふむ、サイクロプスとワーム、海でもないのにクラーケンまでおるぞ。愉快な事に、クラスチェンジ済みが数十体。狩りがいがあるわ!」
続々と世界を渡って登場する敵増援を強襲するため、天竜は夜空を飛ぶ。
意気揚々としている天竜とは異なって、天竜頭上の少女達は陰鬱に、少しだけ修羅場っていた。