23-2(?) 悪夢の7日目
―― 七日目 ――
悪夢の中でようやく眠れたというのに、月桂花は誰かに肩を揺らされて起床を促される。
「起きろ、ゲッケイカ」
先程まで見ていた、鮮明な悪夢が影響しているからだ。
月桂花は頼れる友人の声に気付いていながら、返事を決意するまでやや時間を有してしまう。
「……どうしました、桔梗さん」
「ここから逃げ出すぞ。やっと、牢屋の鍵の複製に成功した」
桔梗の台詞の一つ一つに、月桂花は嫌な何かを暗示させられる。悪夢のような毎日から脱出させてくれると桔梗は耳元で囁いているのに、まったく気乗りがしない。
少し頭を動かして、地下牢の中央で堂々と眠っている桜の姿を確認する。
他に生存者の姿は見受けられない。
「桜さんを起します」
「……あいつは駄目だ。お前を妖怪の一味だと疑っている。連れて行けない」
桔梗は悪夢と同じ台詞を吐いてから、悪夢と同じように無理やり月桂花を立ち上がらせる。
そして、やはり焼き回しのように、桔梗は地下牢の鉄扉に向かっていく。
「――複製、製造、鉄機工」
鍵を複製する異能を発動して、桔梗は扉に意識を集中している。これも悪夢と同じならば、約一分間は桔梗に隙が生じる事になる。
そして、すべての悪夢が再現するのであれば、月桂花は桔梗と共に出て行く訳にはいかない。
月桂花が決意するまでの猶予としては酷く短かったが、カチリという開錠音が決めてとなった。
「さあ、開い――」
「――沈黙、睡眠、催眠月。桔梗、貴女とは逃げないわ」
月桂花は、無防備だった桔梗の背後に対して、対象者を強制的に眠らせる異能を撃った。
桔梗は驚く暇もなく瞼を閉じていき、深い眠りに落ちていく。
扉が開くまで待って異能を使ったのは、地下牢から逃げ出すためである。月桂花は扉付近から部屋の中央まで戻っていき、眠っていた桜の頬を軽く叩く。
「ゲッケイカ?? いったい、何?」
「一緒に逃げませんか、桜さん。扉の鍵は開いています」
「ッ! 低血圧の起き抜けにしちゃ、上出来な吉報だわ」
目脂を取り払ってからの桜の行動は迅速だった。中腰姿勢まで立ち上がると、音も立てずに扉に近づいていく。
桜を起したはずの月桂花が、慌てて後ろをついていく。
「桔梗が扉を開けた訳? でも、どうしてこの子、眠っちゃっているのか」
「わたくしが眠らせました。桔梗さんは、皆を騙していたから」
「騙すって何を?」
「私達は最初から殺されるために連れてこられたそうです。生き残るのはたった一人だけだから、きっと邪魔なわたくしを殺してしまおうと――」
まだ起きていない事を、実際の出来事だったかのように月桂花は語る。
月桂花を良く思っていない桜が信じてくれるとは思っていなかった。
だというのに、真実味ある告白だったためか、桜は表情を一切変化させずに頷いてしまった。
「分かった。ゲッケイカは愚図だけど、嘘はつかない」
まさか、こんなにも単純に己を信じてくれるとは思っていなかった月桂花は、桜を説得するために考えていた台詞の白紙撤回に忙しく、呆然としてしまう。
「なら、こんな奴は置いていこう。私について来なさい」
結局、月桂花は、今回も他人に腕を引かれて地下牢から脱出してしまった。
「どっちが出口かなんて、分からないわよね」
「……少なくともあちらは行き止まりですわ。二日目に連れて行かれた皆さんが、その、妖怪に暴行されていて」
桜の性格を表現するなら、自尊心の強い成金だ。異能者の中では一人だけ特注した洋服を着込んでおり、同じ異能少女に自慢する悪癖を持っている。
また、月桂花の事を家来のように思っている節があり、ちょっとした失敗をするたびに愚図と罵るいじめっ子でもあったのだ。
そんな桜なら、己を一番に思っているだろうから、他人を置いて逃げるぐらいの薄情は当たり前である。
こう月桂花は思い、つい口を滑らせる。
「ッ! なら助けにいかないと!」
「えっ? 桜、さん?」
「ほら、また固まっていないでさ。まだ生きているのなら、助けられる。一緒に協力して!」
まさかの行動を取る桜に腕を引っ張られて、月桂花は生臭さが立ち込めている曲がり角を目指してしまう。
「桔梗さんは、他人の事を気にした生き方をするなって言っていましたのに」
「そうやって他人の言葉に左右されるゲッケイカは嫌い。だから、目を離せないし、ずっと傍に置いたのよ」
月桂花の鼻が獣臭さに痺れていく。桜も刺激臭を嗅いだ影響で、鼻水を少し垂らししまっている。目的地はかなり近い。
「言っていなかったと思うけど、私が異能生活を続けていた理由は、物語に出てくるような快刀乱麻な主人公に憧れたからよ!」
見えてきた曲がり角の向こう側から、裸の級友が倒れてきた。
悪夢では級友を見捨てしまったが、月桂花の腕を引いているのは依存してしまって問題のない友人だ。このまま突撃してしまって、何も問題はない。
妖怪がたむろしている場所に殴り込みを掛けるというのに、月桂花は笑ってしまった。久しぶりに目撃した友人の笑みに、桜も釣られて笑ってしまう。
「じゃあ、行きましょう! 風の異能者、桜、舞い踊るッ!」
結論から言って、二人の少女は何の成果も上げられなかった。
数体の豚面妖怪を退治したかもしれないが、その後、級友を盾にされてしまい、二人は簡単に捕らえられてしまう。
――数時間後、月桂花は獣臭さを体中から漂わせながら、地面にうつ伏せに倒れていた。
「あはっ!」
地面を向いているのだから、当然、頼れるはずだった桜の姿は見えないが、誰かの甘ったるい声だけは背後から聞こえてきた。
「ああははっ、もっと! ああ、あれ、あは! ゴメンね、ゲッケイカ! 私だけ先に、狂っちゃって、あハっ! もっときてぇ!」
「――後ろの正面、だあれ?」