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22-7 月夜なのだから、高らかに笑おう

 勇者レオナルドに発見されてしまった事で、暗殺の算段は大きく狂ってしまった。銃を撃ってしまって銃声がひびき、オーリンには完全に俺の存在が知られてしまった事だろう。

 近場からも続々と警備担当のモンスターがやってきている。

 ただ、何と言うか、オーリンに洗脳されたと思しきレオナルドの行動が独りよがりなお陰で、俺はまだ生存している。


「オガガガガ、おーガ、邪魔まま」


 レオナルドは勇者だった頃の記憶が残っているのか、または、単純に仲間意識がないためか、オーガが現れるたびに斬り伏せていた。そのため、俺はオーガの相手をしなくて済んでいる。レオナルド本人の攻撃も一時的にんでくれる。

 ちに堕ちたレオナルドであるが、パラメーターそのものはあまり陰っていないように思われる。アサルトライフルの弾を何度か命中させているのに、衝撃で体勢が崩れるだけで、弾はレオナルドの皮膚を貫通してくれない。

 アサルトライフル以外にもエルフナイフを装備しているが、手持ちの武器ではレオナルドの『守』を完全に上回るのは難しいだろう。


「ままままままマすク、やや野郎うううう」

「壊れたカセットテープみたいな言葉使い、どうにかならないのかッ」


 昨日は毒で死に掛けていたはずなのに、レオナルドの剣技に後遺症は見受けられない。オーリンが直してしまったのだろう。オーリンは人の嫌がる、面倒な事ばかりする。

 レオナルドと遊んでいる暇はない。無視してオーリンを強襲してしまいたいところであるが、逃げられるのなら最初から逃げている。『速』についてもレオナルドの方が大きく勝っているのだ。

 腹をくくるしかなかった。

 レオナルドのような難敵に対して、中途半端な対応は死を意味する。時間がしい状況だからこそ、最速でレオナルドを打倒する。今度こそ息の根を止めてやる。これが最善だ。

 斜面を滑る脚に力を込めて踏み止まる。

 体勢を逃げから攻撃にシフトする。

 戦うと決めたからには出し惜しみはしない。

 アサルトライフルの銃底を肩と首の間に押し当ててから、トリガーを引く。スリー・ショット・バーストなんてみみっちい真似はしない。手元のレバーは“レ”に合わせてあった。

 フルオート射撃で狙ったのは、レオナルドの右脚、弁慶の泣き所だ。

 すねも鎧でおおわれているので直接的なダメージは与えられない。が、足場の悪い斜面で片足をはじかれたレオナルドは、体の軸を左方向へとかたむけていく。

 強引にすきを作り上げた。後は弾切れになったアサルトライフルを放り捨て、代わりにエルフナイフを逆手に構えながらレオナルドへと肉迫にくはくするだけ。

 相対距離が五メートルになった瞬間、闇夜よりも深い闇へとレオナルドをいざなう。


===============

“『暗澹あんたん』、光も希望もない闇を発生させるスキル。


 スキル所持者を中心に半径五メートルの暗い空間を展開できる。

 空間内の光の透過度は限りなく低く、遮音性も高い。

 空間内に入り込んだスキル所持者以外の生物は、『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける。

 スキルの連続展開時間は最長で一分。使用後の待ち時間はスキル所持者の実力による。

 何もない海底の薄気味悪さを現世で再現した暗さ。アサシン以外には好まれない住居空間を提供する”

===============


 エルフナイフの刃先は、レオナルドの首筋を狙える軌道で固定。速度を重視するならば、最良の移動経路で俺は坂を駆け上がる。

 そして、もう一歩でナイフの間合いに、レオナルド……が……。


「すすすす素直オオおお?? オロろろろ愚かか」


 『暗澹』スキルの空間内にとらわれたレオナルドには、俺の姿は見えなかったはずだった。ただ、俺があまりにも一直線に進んでいたから、姿を確認する必要がなかったのだ。

 ナイフよりも大剣の方が、リーチが長いのは当たり前だ。

 ……だから、ナイフがレオナルドの首筋を切り裂くより早く、大剣は俺へと届いてしまう。斜め上から振り下ろされた大剣が、俺の体を左肩から右腰に向かって通り抜けていくのは当然だ。


「――テテテテテテ手ゴタタタ応え、アリアリアリあり」


 スキル所持者の致命的損傷によって、『暗澹』スキルが解除されてしまう。

 暗澹の晴れた、極小の月明かりに照らされる山の斜面に、二つの部位に解体されてしまった、片方にマスクが付随している人間と思しき死体が転がっている。

「ヤッタたた!? た!? 死ンダ? マスク野郎!」

 よほど嬉しかったのか、レオナルドの口調がやや人間性を取り戻せた。


「死んだ! マスク野郎が、死ンだぞッ! 俺ガ、殺したァァア!」


 ただ、代償だいしょうに口元が化物の如く大きくゆがんで、気色悪い笑みをかたどってしまう。べっとりとした感触の返り血と勝利のシャンパンの区別が付かない程にモンスター化が進んでしまっているのか、赤くぬめった液体を気持ち良さそうに浴びている。

 憎い敵を両断できた喜びにひたすら酔って、愛用の大剣を手からすべり落とさないのは、体に染み付いた戦場経験の賜物たまものだ。

 ただし、握り込みは随分と甘い。

 親指を断たれただけでつかから手を放してしまったのは、レオナルドが隙を見せすぎたからだ。


「――斬られるって、クソ痛てぇッ」


 レオナルドは一瞬だけ目尻にシワを寄せて状況を考察しようとした。が、俺を殺せた幸せがあまりにもとうとく、捨てがたい感激だったため、状況の理解をこばんでしまう。

 両断されていた死体が独りでにつながっていき、立ち上がってナイフで攻撃してきたぐらいで、喜びを邪魔されたくなかったのだろう。


「お前を倒せる武器がないから、その剣を借りるぞ!」


 俺が即死状況から蘇られたのは、楠桂くすのきかつらが残してくれた規格外の回復アイテム、『奇跡の葉』が発動したからである。

 意識が失われる瞬間に、腹にテーピングしていた『奇跡の葉』の一枚が、粒子となって消えた感覚があった。

 まさか、レオナルドも肉どころから骨も断たせて大剣を奪いにくるとは想像できなかったのだろう。

 単純な軌道で俺がせまってきたのは、レオナルドに心理的な隙を作るためだった。狩猟しゅりょうは獲物を狩った瞬間を一番警戒するべきと聞くが、殺したはずの獲物が蘇生するなど予期できるはずがない。

 エルフナイフでレオナルドの親指を深く傷付けて、大剣を強奪する。

 次に柄を両手で握って、振り上げ……重過ぎて振り上げられなかったので、『暗器』で収納した。エアー大剣を腰溜こしために構えて、レオナルドの胸の中心目掛けて切っ先を突き出す。

 レオナルドを倒せる武器があるとすれば、それはレオナルドが持っている武器だけだ。俺はそう、賭けたのだ。

 『暗器』を解放して、出現させたレオナルドの大剣で鎧をひしゃげさせる。それだけで満足せず、火事場の馬鹿力で更に押し込む。


「こ、コノッ! マスククククッ!」


 心臓を潰されかけたためか、レオナルドは顔から喜色を捨て去って反撃してくる。

 親指が無事な左手を腰の後ろに回したかと思うと、投擲用の投げナイフを取り出していた。


「マスクのッ、くたばり、ぞこナイガァッ!」

「――ガぁッ! レオナルドこそ、さっさと絶命しろよッ!」


 レオナルドは俺の背中に腕を回して、後ろから心臓をえぐり込む。ナイフの先で心筋をズタズタに切り裂かれ、重要な動脈が破損し、俺は再び死に直面する。

 瞬間、二枚目の『奇跡の葉』が発動して、どうにか命を取りめる。

 奇跡的な回復力が押し込まれていたナイフを体外へと追いやり、痛んだ血管をつむいでいく。

 無謀な戦い方に吐気をもよおして、口内は胃酸の味しかしない。


「貫けえええぇえええッ!」


 オーガに負けない形相で、レオナルドは次のナイフをつかんでいた。また俺を殺すつもりだ。

 俺に、次の蘇生はない。

 桂から譲渡された『奇跡の葉』は三枚あったが、一枚は別件で消費済みだ。レオナルドの凶刃が届くよりも先に、レオナルドの心臓を潰さねばすべてが終る。



「マスク野郎がガガガガガガガ、カ、は――――ぁ」



 頼れるスキルは所持していなかった。

 パラメーターは圧倒的に不足していた。

 レオナルドが死んでくれたのは、ナイフが背中に刺さるほんの一瞬だけ前だった。


「――――ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。俺の勝ちだ、レオナルド」


 俺を抱きしめた格好のまま、レオナルドは事切れていた。今度こそもう、完璧に殺害した。

 人を殺したという感覚はない。

 モンスターを倒すのと何一つ変わらない。今はそれで良い。


「まだ、終わりじゃない。早く……オーリンを探さないと」


 死後硬直が始まっている訳ではないだろうに、レオナルドは死んでいるのに俺を離そうとはしなかった。背中側にはナイフがあるので、抜け出すのには苦労しそうだ。



「まったく、本当につらいな。今回のボスせ――」





 ドスリ、という音を御影は聞く事はなかった。

 御影のマスクの中央に矢が刺さったのだ。即死した本人が、死因を特定できるはずがない。


「マスクのアサシンッ! お前の所為で、私はッ! 森の種族なのに!」


 レオナルドの死体に掴まれていた御影を狙撃するのは、酷く楽な作業だった。

 森の中で息を潜めて、戦況を見極みきわめず、本来の敵であるモンスター共をすべて無視し、アサシンに対する恨みを晴らすためだけに行動していたエルフ族の精霊戦士、リリームにとっては造作ぞうさもなかったのだ。


「死ねッ! もっと死ねッ!」


 レオナルドとの戦闘中、何度も蘇生する場面を目撃していたリリームに抜かりはない。

 二本目の矢も、マスクの中心を貫く。御影の後頭部から飛び出た矢先には、灰色の脳漿のうしょうしたたっている。

 三本目、四本目も御影の頭部を貫通してしまい、結局、リリームは手持ちの矢をすべて御影だったモノに対して命中させてしまった。


「あはっ! アハハハハハッ!」


 美女の歪んだ笑い声は、狂っていた。

 満月に近い月は、おぼろげな雲に陰っていく。


「あははっ!」


 オーリンに洗脳されて化物と化していたレオナルドのソレと似てはいたが、レオナルドの笑い方は人工的だった。

 魔的な何かで汚染された訳ではないリリームの嘲笑ちょうしょうの方が、純度は高い。

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