22-5 天竜川上流の死闘5
口から牙が覗く大柄モンスター、オーガの軍勢は五体並んだ横一列を一つの層として、それを何層も縦に長く連ねた陣形を組んでいる。最後尾がどこにあるのかは分からない。数百メートル以上の長さである事は確かだが、それ以上は山の陰に隠れて見えないのだ。
野獣のような顔をしたモンスターの大群の癖して妙に行儀が良い。
プロレスラーよりも肩幅のあるオーガの群が、山に囲まれた狭い地形で行軍するための最適解なのだろう。先頭部隊は二メートル強のタワーシールドに身を隠しながら接近を試みている。
「――粉砕、砲撃、火山弾ッ!」
俺達の防衛の基本は、皐月が敵前衛を爆殺して足止めしている間に、来夏が重機関銃か魔法で討ち漏らしを掃討する。
「ああっ、もう! 道路から別働隊が来てるッ。浅子、お願い!」
「――串刺、速射、氷柱群ッ」
浅子は別ルートから進撃してくる小集団の迎撃だ。
本当は織田家を見習って、三人の魔法少女を使って三段撃ちを行い、可能な限り『魔』の自然回復時間を稼ぎたい。が、持てる戦力をすべて投入しなければ敵を押し止められないのだから、仕方がない。
近接戦専門のアサシンの俺でさえ、陣地を迂回して背後を突こうとするオーガと戦っている。
俺の主兵装は89式5.56mm小銃、アサルトライフルである――これも某所からの徴収品だ。
オーガは鎧を着ているが、中世時代レベルの装甲ではNATO弾は防がれない。
ただ、よほど撃ち所が良くない限り、オーガは二、三発弾を命中させたところで倒れなかった。流石はモンスターと言うべきか。弾倉を何個も浪費し、苦労しながらオーガを倒す。
倒せなかったオーガには剣で挑まれてしまったが、『暗澹』スキルで暗い空間に招待してからナイフで止めを刺した――このナイフは某耳長族から徴収したままになっていたナイフだ。ナイフというよりは、地球で言うところのククリナイフに酷似している。
実はアサルトライフルよりもエルフナイフの方が撃破率は良い。勇者パーティーに入っていただけあって、良い品物を使っていたのだろう。魔法少女に盾突いた耳長族の癖に生意気な。
「このッ、このッ、です!」
「来夏、ブローニングは少し間隔を空けてから撃つようにしろ。銃身が焼け付く」
「そうなったら、浅子が冷ませば良いんです」
「『魔』が勿体無い。そろそろ100を切る」
「えっ? 浅子、まだ100も残っているの??」
防衛戦が始まって何分経過しただろう。時計を確認して、今が午前零時半だと初めて気が付く。オーリンと戦い始めて、まだ三十分しか経過していない。
オーガの進撃は続いている。ダース単位でオーガを撃破しているのに全然止まってくれない。
撃破した分の死体が醜悪なバリゲートとなってくれたなら良かったが、異世界出身者は心臓停止と共に霞みとなって消えてしまう。
仲間を多く倒されていると知っているのに足を止めないオーガに対して、心理的な方面から遅滞を促す事も難しい。
「オーリンめ。これまでのボス戦と全然違っていて、やり辛い。先の見えない戦いがこうもしんどいとはな」
「たぶんこれは、縦深攻撃の戦闘教義だと思う。戦闘教義って意味、兄さん分かる?」
「頭の良い奴が考える事って意味だろう。予想はしていたのに、物量には抗えないか」
オーリンとの戦いとは、オーリンの手勢の数に対抗できるかどうか、という意味に直結する。
魔王が実在するのであれば、魔王軍が存在してもおかしくない。そんなヘビーな予想があったのだが、目前から雪崩れ込んでくるオーガを見る限り、的中してしまったようだ。
方法は計り知れないが、異世界から魔王軍を連続召喚しているのだろう。これだけのモンスターが最初から地球上にいたのなら、それだけ餌が必要となる。新聞一面では収まりきれない事件が発生したはずだ。
「魔法使いとしての見地からアドバイスが欲しいのだが、モンスターを異世界から召喚するのに必要になるモノって何だ?」
「――炎上、炭化、火炎撃ッ! 魔法に限った事じゃないけど、目的地を知らずに移動なんてできないわよね。カーナビにだって最初は住所を打ち込むし」
皐月の答えは的確だろう。異世界からオーガを呼び寄せるためには、目的地を誰かが指定しなければならないはずだ。
「――稲妻、炭化、電圧撃ッ! どんな魔法か分からないから断言できないけど、誰か制御する者は必要です」
戦局は流動的に推移するものだ。天竜川上流で戦うと決めていたにしても、本当に俺達が現れるという保証はなかった。援軍を異世界から呼び寄せたのは、俺達が現れてからのはずだ。
当然、召喚を決定したのはオーリンだろう。
「――串刺、速射、氷柱群ッ! 兄さん、オーリンを倒したからと言って、止まるとは限らない」
浅子の言う事も最もだが、敵の大将を狙うのは基本とも言える。
そして暗殺を生業とするのはアサシン。ジライムの時と同じだ。
「もうッ! また一人で行くつもりなの、御影」
「今回は皆の同意を取ってからいくさ。このまま雑魚を駆逐し続けてもジリ貧のままで勝機はない。だから、俺がオーリンを討つ。皆は敵の本隊をひきつける陽動として暴れてくれるだけで良い」
魔法を放つ合間を縫って、俺と魔法少女達は向かい合う。
「いざとなったら逃げてくれよな。死ぬまで戦う必要はない」
「……御影は逃げない癖に。――ん!」
皐月は顔を突き出して、何かをせびるように目を閉じた。
気付かないフリをするのは野暮なので、俺は素直に皐月の唇を奪う。久しぶりに味合う少女の唾液は、甘い。
「皐月だけはズルい。妹にもしておくべき」
皐月だけでは終らない。連鎖的と言っては不誠実だが、浅子との口付けも決定事項だった。身長の低い浅子は必死に背伸びを行い、俺は少しだけ頭を下げる。
俺の中で、一つのスキルが発動条件を取り戻した。結局、不仲となった原因についてはあやふやなまま放置されてしまっているのに、無責任な己に嫌悪感が沸く。
だが、予想外の第三者の口撃に思考は凍結してしまい、桂案件はあやふやなままになってしまう。
「――はっ? なんで?? 来夏、何しちゃっている訳??」
「――キスぐらい別に。兄さんは私のものだから」
俺と体液交換できるぐらいの零距離にいたのは、黄色い少女だった。
まったく予期していない相手とのキス行為に、明確な意味を見出せる程に達観していない。少女二人に手を出しているとはいえ、それはここ一ヶ月の間の話である。俺はまだまだ恋愛に疎いのだ。
「――です。ファースト、キスです」
ただし、来夏が状況に流されて俺の唇を奪った訳ではないのは明白だった。それはスキルが証明してくれている。
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“●レベル:26 + 30”
“ステータス詳細
●力:42 守:16 速:84
●魔:0/0
●運:11”
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“『ハーレむ』、野望(色)を達成した者を称えるスキル。
相思相愛の関係にいる者が視認可能範囲にいる場合、一時的に「対象の人数 × 10」分レベルが上乗せ補正される。
また、スキル所持者と対象者との間で寛大さが高まる。
ただし、対象者と対象者の間に対しては一切補正が行われないため、刃傷沙汰を回避したいのであれば相応の努力が必要”
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スキルは嘘を付かない。来夏が俺に惚れているのは間違いない。俺については魔法少女なのだから当然として。
「帰ったら、続きです」
「楽しみにしておく」
『ハーレむ』は魔法少女達が傍にいなければ意味を成さない。ここでパラメーターが上昇しても意味がないが、来夏の加護は俺の士気を上昇させてくれた。
「じゃあ、行ってくる」
オーリンがいると目される山奥へと、俺は一人で出撃する。