22-4 天竜川上流の死闘4
気を失っていたのは一瞬だった、と思う。
ジライムの表面に倒れていたのに、服は穴が開く程に溶けてはいない。スライムだけあって倒れた場所は柔らかく、外傷は皆無だ。無反動砲はジライムの体内で暴発したため、爆発エネルギーの大部分をゲル物質が受け止めてくれたのだろう。
無意味に命の危機に直面してしまったが、ただ運が悪かっただけでは終らない。
背後に見える大穴から、ゲル物質とは思えない青白い宝石が露出しているからである。
「あれが核か!」
ボーリング大の不透明な球体だ。本物のボーリング球が川に不法投棄されていたのでなければ、あれがジライムの核で間違いないだろう。
『運』が向いてきたのであれば、逃しはしない。
落とさないようにしっかりとベルトに固定していた発炎筒を取り出し、火蓋を切る。陸上部隊がレーザーで目標を指定して航空支援を受けるように、俺は発炎筒で魔法少女に魔法支援を要請する。
発炎筒を核がある大穴に投げ入れて、ゲルの大地からの退避を開始する。
天空から雷光が襲い掛かったのは、やや合間を置いた十秒後。歩きにくいジライムの表面から、俺が逃げてくれると信じられるギリギリの時間だったのだろう。
図太い稲妻に貫かれて炸裂するジライムを見送り、俺は川辺へと降り立った。
末端は液化しながら、核があったはずの落雷地点は霞となってジライムの屍骸は消えていく。
巨大モンスターの撃破を、誰よりも喜ぶ少女が一人。
「よっしゃァァアーーーッ! 上がったァッァァァアッ!!」
ワールドカップ決勝で逆転シュートを決めたサッカー選手顔負けのガッツポーズで、炎の魔法少女は震えていた。
「レベル71キタァァァッ!!」
「まず、俺の生存を確かめてから喜んでくれよ」
「独断専行しておいて、優しく出迎えてもらえると思っているです?」
ジライムが水をすべて吸い上げてしまったからだろう。水の引いた川底を歩いて俺は少女達と合流する。
黒の一張羅を穴だらけにしながら働いたというのに、魔法少女達の出迎えは素っ気ない。
モンスターの共同撃破によってレベルアップし、ようやく耐魔アイテムに悩まされなくなった皐月は、鬱屈から解放された喜びに満たされていて俺に気付いていない。
ジライムを葬ってくれた来夏からは、単独行動に釘を刺されてしまった。
「兄さん、怪我はない?」
俺を労ってくれるのは義理の妹だけだ。
「どんな局面でも態度の変わらない浅子は最高だ」
「妹としては当然」
ちなみに、俺も経験値を取得して久しぶりにレベルアップしている。
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“レベルアップ詳細
●スライムを一体討伐しました。経験値を四○○入手し、レベルが1あがりました
レベルが1あがりました
レベルが1あがりました”
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“●レベル:25”
“ステータス詳細
●力:20(New) 守:6(New) 速:41(New)
●魔:0/0
●運:11(New)”
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各パラメーターが微上昇している。この程度の僅差に救われるような危機は、訪れて欲しくない。
高レベルモンスター、ジライムの撃破によってオーリンの陣営は薄くなったはずだ。そして、皐月のレベルアップで俺達の戦力は五割増し。
逆撃を仕掛けるには丁度良いタイミングだと――。
「――何よッ、この『魔』の群はッ!?」
あんなに浮かれていたはずの皐月が、一度言葉を失った。川の上流方向、元々俺達がオーリンと対峙していた付近に目を向けて状況を把握して、改めて皐月は事態急変を叫ぶ。
俺も皐月の目線に釣られて上流を見てみるが、まだ半分以上残っているジライムが川を塞いでいるため何も確認できない。
皐月に続いて、浅子と来夏も同じ方角を細めた目で睨んでいる。『魔』を感知できない俺だけが危機から取り残されている。
「敵の増援が来るのか?」
「……百……百五十……二百。兄さん、数えてみたけど、もっと多い」
「ちょっと待てッ!? 単位が百からなのか!」
遅まきながら、俺も近づく軍勢の気配を地肌に感じた。
隊列を組んだ獰猛なる化物の群が、陣太鼓の音に制御されながら迫っている。
錬度を有しながらも野蛮を失っていない猛獣の群が、強敵との邂逅を期待して大地を踏み均している。
先遣隊が巨大スライムを迂回して、牙をむき出し開戦を叫び上げる。
「武装したオーガの軍勢か!」
オークよりも屈強で、サイクロプスよりも身軽な鬼のモンスターが、俺達の次なる相手だ。
一体ごとの脅威度は決して高くない。剣と鎧を装備しているが、遠距離から魔法で攻撃可能な魔法少女の敵ではないからだ。姿を見せた五体の少部隊も、皐月の魔法で簡単に排除できた。
……ただ、数が多い。
ジライムが水分を吸い上げ、干上がせてしまった川をオーガの軍勢が下っているのだ。
一体倒すのに『魔』を5消費するとする。百体倒すために必要な『魔』を単純に百倍と考えた場合、百体で500も『魔』が必要だ。魔法少女三人でギリギリ足りるが、逆に言えば、百体が俺達の限界だった。
「浅子は氷で防衛線を構築ッ! 皐月は敵本隊が見え次第砲撃開始ッ! 来夏はジライム撃破で消費した『魔』を回復するまでブローニングで支援攻撃だ!」
『暗器』で隠し持っていた愛銃を浅子が氷で作成した銃座に配置する。スキュラ戦でも活躍した、12.7×99mmNATO弾をばら撒くブローニングM2重機関銃を、来夏に譲渡した。
重機関銃を街中に捨てる訳にもいかず、これまでお蔵入りになっていた。が、オーリンとの決戦でまた頼る事にしたのだ。
皐月が無反動砲を背負っていたように、来夏は工具箱のような見かけの弾薬帯が入った箱を運んでもらっていた。弾の供給場所も某駐屯地である。
頼もしいと言えば頼もしいが、たった一門で軍勢に対抗できるかは分からない。
「ジライムが完全に消え去った瞬間を狙って……攻撃開始ッ!」