22-3 天竜川上流の死闘3
「各自点呼!」
「皐月、無事だけどバズーカ一本落とした」
「浅子、当然無事」
「来夏です。服が焦げただけです!」
一撃目は乗り切ったようだ。全速力で駆け抜けた荒い息に、安堵の溜息が紛れ込む。全員、スライム液で溶かされていない。
ジライムのボディープレス――大崩落と名付けよう――の直撃を受けた川辺は、地面が削り取られて沈んでしまった。周辺の植生も強酸によって大打撃を受けている。
ジライムの存在は知っていたため、出現した際の対応は万全のつもりだった。だから回避が間に合ったのだと思うし、酸性の体液にも注意できた。
「スライムの弱点は確か、核がどこかにあるはずだったか」
「一般的な奴なら、核を無視して全部燃やすだけで済むけどね!」
「一応聞いておくけど、ジライムの核はどこにあると思う?」
「広過ぎて分かんないわよッ!」
皐月でなくても音を上げたくなる。事前打ち合わせでは遠距離から核を狙い打って、ジライムを撃破するつもりでいた。
前回の戦闘では、浅子と来夏、二人の四節魔法の直撃を受けたはずのジライムが容易に復活していたので、弱点を突くしかないだろうと皆で結論に至ったのだ。
川沿いの道路を伝って移動して、戦場を少し下流ににある川岸まで後退させる。最初の川辺と比べて雑草が多く足場は悪いが、贅沢は言っていられない。魔法少女が十全に戦うためには敵との間に距離が必要なのだ。
俺達を追って巨大な気配が近づいている。『魔』を感じられない俺でも、ジライムが流れてくる振動が感じられる。
弱点が見当たらないジライムをどう対処するか。走りながら考えつくしかない。
「兄さん。『魔』を全部使えば、私なら勝てる」
「頼もしいが、最後の手段にしてくれ。オーリンはまだ余力を残しているはずだ」
ジライムに対して近接戦闘は無謀だ。酸性の体液に守られているスライムに触れてしまえば、服だけでなく、肉と骨もジュージュー音を立てながら溶けていくだろう。
だが、俺ならばあるいは――。
「……俺がジライムの核を発見する。発炎筒で場所を指示するから、炎が見えたらそこを攻撃してくれ!」
難敵を膨大な火力で打倒するのが魔法少女。そして、こそこそと難敵の弱点を突くのがアサシン。単純な役割分担である。
無謀だと非難する魔法少女達と別れて、道路から川辺へと身を投げ出す。単独行動はお手の物だ。
即座に『暗躍』スキルを発動して己の気配を遮断。捨てられていたダンボール箱に隠れてジライムの到着を待った。
濁流が迫る地響きが体を揺らす。本当は、無謀に挑戦しようとしている状況に怯えてガタガタと震えているだけなのかもしれない。
一分程黙って監視を続けていると、蛇行している川を伝い、黒い壁のようなものが出現した。洪水のように見えるが、ジライムの先端部分で間違いない。決壊したダムから溢れる水と比べれば速度は遅いが、遅いだけとも言える。
大丈夫だとは思う。アサシンの『速』と比較すれば圧倒的にジライムの行軍はは鈍い。巻き込まれる直前に乗り移るのはそう難しくない。
「――今ッ!」
ダンボールの屋根を破って、イメージ通りのタイミングでジライムの体へと跳び乗る。
無事を祝う暇はない。強酸の大地に降り立った途端、靴底は溶け始めたのだ。
慌てて靴を脱いで、靴紐を腰ベルトに巻く。靴を守るために足を犠牲にした……訳ではない。
「酸も毒の一種なら、『耐毒』スキルの範囲内のはず」
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“『耐毒』、毒物に対する耐性スキル。
あらゆる毒物に耐え、解毒剤なしに復帰可能”
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ブヨブヨした感触のある足裏は溶け出さない。スキルは正常に発動している。
スキルで守られていない靴下はボロ布となってしまったが、三足千円の黒ソックスなど些細な犠牲だろう。
やはり、ジライムの核を捜索するなら『耐毒』スキルを持つ俺が最も適任だった。ここまでは問題ないだろう。
問題は、広大なゲルの平原のどこかに埋まっている核を探し出せるかである。そもそも考えたくはないが、ジライムに核があるかどうかも信憑性はないのだ。
ジライムに乗り移ってから疑っても仕方がない。泥沼のように、一定時間ごとに動かないと足が沈んでしまうので、さっさと行動を開始し――。
「ん、硬い感触?」
幸先の悪い事に、踏み出した足先が何かに触れる。川底に沈むゴミをジライムが吸収してしまったのだろう。
円筒形のゴミなので竹だろうかと思ったが、視線を下げて凝視してみると金属の加工品だった。最近、誰かがぶっ放していた発射装置に良く似ていなくもない。
「……ああ、さっき皐月が一本落としたと言っていたっけ」
俺が今踏んでいるのは無反動砲で間違いない。
確か、皐月は二本使用していたはずだ。そして落としたのは一本のみ。確率的には三分の一。俺の無駄に高い『運』をもってすれば、当たりを引き当てる可能性は低い。慌てる必要はどこにもない。
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“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。
極限状態になればなるほど『運』が倍化していく”
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“ステータス詳細
●力:18 守:6 速:36
●魔:0/0
●運:10 + 100”
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「ちょっと待てッ! どうして『一発逆転』が発動している!?」
カチリ、という擬音が足元から響く。筒の後方からバックファイアが発生し、圧力がゲル内に溜まりゴム風船のごとく膨らむ。
三分の一を引き当ててしまった事。
独りでに発射が開始されてしまった事。
どちらの文句を叫ぶべきか悩むよりも早く、足場の悪いゲル平原を走り始めた。
だが、もう間に合わない。砲弾は炸裂を開始している。
「そんなのありかーーーッ!!」
衝撃波と飛び散るジライムの体が俺の背中を押し出していく。