「つかさの冬」第2部 5.余計なお世話
◇トップに戻る◇
第10回
『緑地公園でお散歩……お披露目……痴漢募集……』
つかさを辱める男たちが,電車内で何気なく口にした言葉。
聞き留めていた真中が,その場所を探し当てるまでに,そう時間はかからなかった。
緑地公園とはいっても,そのような目的で使えそうな場所といえば自ずと限られてくる。
『メチャメチャ可愛い女の子を見た。それも男数人と一緒に歩いているところ。何か怪しい』
という巷の声も,確信させるのには十分だった。
しかし…
「今日も…いないか」
毎日,放課後を待つのももどかしく,ここへやって来ては張り付いていたのだが……どうやら,
毎日ということではないらしい。
「西野……必ず」
明るくなり始めた月を背に,真中はようやく立ち上がり公園を後にする。
焦らなくても,機会はやってくる…
多分,そう遠くない内に,コトは起きるはず…
「今度こそ……」
冷たく硬く,握りしめた手に力を込め,真中は呟いた。
その暗く低い声は,決意を込めた怨嗟に満ちている。
……西野を傷つけた報いは必ず……
必ず受けさせてやる…
優しい西野を,あんなに悲しくさせた…
絶対に,容赦などしない…
大切なものを傷つけられる痛みを,アイツらは知らないのだ。
……だったら,それがどれほどのことなのか…俺が教えてやる……
考えれば考えるほど,沸々と力がみなぎってくる。
動画を観たあの日…
真中は,悲しむだけの毎日をやめたのだった。
代わりに,心の中に巣くい始めた……自分をも含めた,憎しみの感情。
それは,自分にじっとしていることを許さない。
胸の奥を熱く灼き焦がし…
脳の中に,痺れるほど冷たい思考を吹き込んでくる。
しかし,それは……いろいろなものを見失っていた真中にとっては,心地よいほどの活力だった。
全身に力がみなぎってくる。
悲しみを忘れる。
憎しみの力は,どこまでも自分を強くしてくれるようだった。
……西野……もうすぐだ…もうすぐ解放してやるから……
思い浮かんだつかさの綺麗な顔に,真中は目を細めた。
西野……
その清涼な間だけは,溢れそうになる憎しみがスーッと引いていく。
鎮まっていく気持ちのまま,真中は胸の内に手を差し込んだ。
上着の内側に収まる,冴え冴えと冷たく鋭く光るモノ。
その凶悪な重量感に,憎しみを幾分落ち着かせ,真中は心の中の一点だけを見つめ歩く。
「痛いぇなおいっ! 気をつけろっ!」
「……っ」
突然,集団で歩いていた男たちの一人に,肩がぶつかりざま頬を殴られ真中は転がった。
しかし,何かが麻痺でもしたように,まるで痛みを感じない。
……こんな程度…か……
心の中に,細波さえ立たない。
西野の痛みに比べたら…
すべてが些末なことのように,どうということもなかった。
真中は,のっそりと無表情のまま立ち上がり,男に向き直る。
「それは,悪かったな」
「何だと手前ぇ? 悪かったですむかよっ!」
「そうか。じゃあ,もう一発殴っておくか?」
暗く澱んだ瞳で,声も表情も変えずに近づいてくる真中に,男は思わず一歩後ずさった。
「おい,コイツ何かやべぇんじゃないのか」
「ああ,そうだな……おいお前,うぜぇからもう行っちまえ!」
去って行く男たちをじっと見送り,再び真中は黙ったまま歩き始める。
いつの間にか……雪がちらついていた。
「おおっ,寒ぃっ」
「寒いね。早く行こうよっ」
一陣の風に声を上げるカップルの声も,真中には聞こえてはいない。
身を切るような風も,芯まで冷え切った真中の瞳を揺るがすことはなかった。
金曜日。
「西野……!」
低木の茂みに身を潜め,道の向こうから男たちに囲まれて歩いてくるその姿を目に認めたとき,
その懐かしさに,真中の胸には熱いものが込み上げる。
もう,長い間会っていないような気がしていた。
もう,会うこともできないような気がしていた。
……ずっと…逢いたかった……
今,その懐かしい顔,姿をようやく目にすることができた喜び。
「やっと…やっと……会えた」
感無量だった。
遠くから徐々に近づいてくる,恋しいつかさの顔に胸がいっぱいになる。
このためだけに,自分は生きていたのではないかとも思える。
……絶対に……絶対に,助けるんだ……
これからの決心に握り締めた拳が,昂ぶる気持ちのまま,ぶるぶると震えた。
今から自分がすることは,決して人として認められることではない。
善か悪かでいえば,間違いなく悪に入ってしまうのだろう。
しかし……だから何だというのだ。
たとえ,この結果,つかさに拒絶されてもかまわない。
以前のような,彼,彼女などという,甘い関係に戻れるかどうかなど問題ではなかった。
……西野が,自分らしく生きてくれれば……
そのためだけに,自分はここにいる。
つかさを捕らえて離さない,この地獄のような絶望を断ち切れればそれでよかった。
「西野っ!」
真中は,立ち上がった。
やっと,この日が来た。
もう,決して踏みとどまらない。
「西野っ! 待っていろ! 今,自由にしてやる!」
弾けるように走り出した真中を,つかさと男たちは,驚きの目で見つめる。
しかし……
「はっ,アイツ馬鹿か? わざわざ,のされにやって来たぜ? 返り討ちだ」
嘲笑う男たちが,走ってくる真中を待ち構える。
……よし……うまいこと侮ってくれたな……
真中は,暗く笑った。
だが,まだ…まだだ……
男たちに肉迫し……真中は,ゆっくりと胸の内側に手を差し込む。
そのときのことだった。
カチン!
乾いた音が響いた。
耳慣れた音と,今の状況とのあまりのそぐわなさに,真中は一瞬混乱した。
訳も分からないまま足が止まり,呆けた顔を向ける。
「スタート!」
合図の言葉と共に,やはり耳慣れた,そして演技過剰とも言える女の声が朗々と響いた。
「おーっほほほほほっ!」
甲高い声。
すっくと立ち上がった,1人の女。
そして,傍らに控えるもう1人の女。
「我が,アンドニウス王子に狼藉を働くか,不届き者! この慮外者めがっ!」
「ア,アンドニウ……ス王子?……さ,さつき!! それに,東城まで!!」
声の主は,さつきだった。
横で恥ずかしそうに俯いて立っているのは,紛うことなく東城だ。
二人とも,いつか学園祭で着た,恥ずかしいほど露出の高い真っ黒なコスチュームを身にまとっ
ている。
中でも,露出度のひときわ高いさつきの姿,堂に入った態度はイヤでも目立っている。
「お,お前,いったい何を……」
あまりの驚きに,言葉が続かない。
真中は,今の状況も忘れ,呆気にとられてさつきを見つめた。
「はい! さつきちゃん,そこで檄を飛ばして! 綾ちゃん,下を見ないで!」
「さつきちゃん,こっちにも目線を!」
ビデオカメラを構える男が,横から出てくる。
外村だった。
違う角度からは,小宮山が別のカメラを構えて顔をのぞかせている。
「外村! それに,小宮山も?!」
「任せなさい! いくわよ,カメラ準備はいい?」
さつきは真中に目もくれず,燃えるような瞳を2人の男たちに向けて叫ぶ。
「愛し合う二人を引き裂く不埒な者どもよ! 覚悟はよいか! ゆくぞ,王の盾ぇ!!」
「おおぅーっ!!」
突如として,周囲から轟く大音声。
獣の咆吼かと思うほどの雄々しい声が,腹に響く。
続いて,どこから湧いて出たかと思うほどの男たちが,わらわらと飛び出し,地響きをたてる勢
いで真中,そして親衛隊だった2人の男たちに向かって雪崩れ込んでくる。
地面が揺れ,あまりの迫力に圧倒される。
「お,お前ら……!?」
それはラグビー部の連中だった。
「ゆけ! ゆけ! 愛の戦士たちよ!」
さつきは,黒く細い鞭まで振り上げ,男たちを鼓舞する。
真中の周囲は,あっという間に喧噪に包まれた。
男たちの群れは,真中を抜き去り,2人の男たちを取り囲んでいく。
「お前らっ,いったい何なんだ!」
親衛隊の中心であった2人の男たちは,やはり,ならず者たちを従えていたなりの実力があるの
だろう。
驚いた様子を見せながらもすぐに身構え,近づいてくる者たちに蹴りを放ち,体重の乗った拳を
打ち込んでいく。
受け身をとるものの完全には防ぎきれず,堪らず膝をつく数人のラグビー部員たちが,真中の目
に見える。
しかし……
それでも,ラグビー部員たちは手を出さないまま,取り囲んだ壁を崩すことはなかった。
堂々としたさつきと,恥ずかしげにした東城が駆け寄ってくる。
カメラを抱え,外村と小宮山も両横を固めていた。
「お怪我はありませんでしたか! アンドニウス王子!」
「ご安心ください。ここはもう大丈夫です。あとは我らにお任せください!」
「ご無事で何よりでした! さ,お下がりください!」
「お前ら………どうして」
誰もが,温かい目をして,少し誇らしげに真中を見ている。
「そりゃあよ,死んだような目をしていた真中が,急にギラギラし出したんだ。こりゃ,何かやる
なって普通分かるって」
「やっと,その気になったのね。待ち長かったわよ。でも,それでこそダーリンだわ」
「もういいから,早く行け……気にするな」
目を向けると,向こうでも真中に向けた声が飛んでくる。
「おぉーい,真中よぉ! うまく活躍できていたら,今度,お前の映画で俺を使ってくれよな!
何でもいけるぜ! 主役でラブシーンなんか最高だけどな!」
「あはははっ! そりゃ,お前には無理だ。お前の役どころは違うだろうが」
「分かってねぇな! 肉体派ヒーローには,ラブシーンが最高に似合うんだよ! それい! うお
おっ! 何度でも打ってみやがれ!」
「負けるか! 次の主役は俺だ! さあ,もっと蹴ってこい! どりゃあぁぁ!」
薙ぎ倒されながらも,筋肉の力を誇るかのようなラグビー部員たちに,2人の男たちは目に見え
て消耗していく。
「何なんだ,お前らはっ! どけっ,そこをどけっ!」
「わははははっ,何だ,その程度か! もっと打ってこい! 俺は無敵だ!」
倒しても倒しても,喜々として立ち上がってくる姿は,不気味としか言いようがない。
周囲を取り囲まれ,もはや逃走することさえ難しい相談だった。
「よいか! 奴等を決して逃すでないぞ! 引っ捕らえよ! 王の盾たちよ!」
絶叫するさつきは,真中の横を二,三歩通り過ぎて振り返る。
「格好良かったよ,真中。流石,あたしが惚れた男だけのことはあるわ。ほら,つかさちゃんをしっ
かり守ってやんなさいよ。泣かせたら,あたしが許さないからね。あ,それから…」
さつきは,真中の上着の内側に手を滑り込ませて,鋭く光るモノを抜き去っていく。
「真中に,これは似合わないよ。らしくないから,あたしが預かっておくわ」
「さつき………」
適わないな……真中は思う。
「大好き……愛してるわっ,ダーリン! 2号でもいいわよ!」
微笑みにバチッとウインクして,さつきは嬉しそうに駆けていった。
「真中くん………」
見ると,東城がニコッとした笑みを浮かべて立っている。
「東城………君までどうして……」
「真っ先に気づいたのは,外村君だったの。真中くんが,何だか変だって………」
「外村が……」
それは,思いもしなかった事実だった。
「絶対何かあるって。力が必要かもしれないって。そしたら………北大路さんがラグビー部の人た
ちに呼びかけて………ほら,北大路さんってラグビー部の人たちに慕われてるし」
「でも………だからって……それだけで人が……」
「うぅん…そんなの当然だよ。大切な友達が,苦しんでいるんだもの。みんな,真中くんを心配し
ていたの……真中くんのために,力になれるのならって……みんな進んで参加してくれたんだよ。
でね……うふふっ。コレ,映画の撮影に使うことにしてあるの。それにね……大活躍した人には,
北大路さんがキスして上げるって言って」
「キ,キスっ!?」
「うん。うふふふっ,だからみんな,殴られても嬉しそうでしょ? 北大路さんらしいわよね…」
東城は,何かを思い浮かべるような目をして,さつきの後を追っていく。
「一段落ついたら,早く映研に戻ってこい」
「お礼は,菓子折1つでOKだぜ。友達割引というやつだ」
ニヤッと笑った外村と小宮山が,走り去っていく。
「さつき……東城………外村……小宮山…みんな………」
なんと言えばいいのか,分からなかった。
いろいろな思いが,ただただ熱いものとなって満ち溢れてくる。
俺は………救われた。
さつきが,抜き去っていったモノ……本当は,あれを使って,つかさを助け出すつもりだった。
その結末は,決して明るいものにならないことは覚悟していた。
それでも,目的さえ果たすことができれば,後悔などないと思っていた。
けれど……どうだ。
コイツらが関わってくれたことで………結末は,大きく変わる様相を見せている。
思いもよらぬ,期待さえしなかった方向へと。
それをしてくれたのは,コイツらだ。
「俺…相談だってしてないじゃないか……そんなヤツのためにさ…何て……何て『余計なお世話』
が好きなヤツらなんだよ……」
頼んでもいないことに,こんなに一生懸命やってくれて…
嬉しそうに,やってくれて…
それを『友達だから』という一言で…
……ありがとう……ありがとう…………俺は……お前たちに……救われたんだな……
真中の胸には,忘れかけていた熱いものが灯り始めていた。
意を決した真中が,つかさの手を引いて喧噪から連れ出していくのが見える。
……真中くん……
東城は,胸一杯の嬉しさと,少しの寂しさをこめて胸にその名を呼んだ。
多分,と東城は思う。
真中が最初から身も心も強い人間だったら,こんなにも惹かれることはなかったかもしれない。
しかし,未熟で弱いことをしっかり見据え,悩み,苦しみ,何とか強くあろうとする姿にこの上
ない共感を感じていた。
一緒に頑張ることを……同じ立場で頑張っていける喜びと幸せを感じていた。
……きっと………西野さんも,同じだと思うから………
だから,救って上げて……
東城は,祈るような気持ちで,走り去って行く真中の後ろ姿をじっと見つめていた。
「さあて,コイツらどうしようかしら?」
大勢の男たちに囲まれ,ついに疲れ果て座り込んだ2人の親衛隊を見つめ,さつきは冷たく呟く。
親衛隊は,もっといたはずだったけど……
しかし,この,やけに体つきも顔つきもいい2人の男は,何か根本的に他のメンバーだった奴ら
とは違う気がする。
結局のところ,他のメンバーはこの2人にいいように踊らされ,退場させられたということなん
だろう。
……とすれば…この2人……
さつきは,不穏なものを感じざるを得ない。
一発も打ち返されないまま敗北したにもかかわらず,男たちはなお不敵な顔を周囲に向けている。
……危険だわ……
女の本能が,告げている。
このままでは………とても,済ませられない。
ここで終わりにしたら,間違いなく真中たちは無事でいられなくなる。
かといって,再起不能になるまでの暴力を与えることはできない。
だいたい,そんなものでは,もともとそういう世界に慣れていたようなこの男たちが,気持ちを
変えるとも思えなかった。
まして,連れてきたラグビー部員たちには,あくまで手を出さすに友達を守ったという面子をも
たせてやる必要がある。
……何か……もう一つ,何かしなければ……
考えあぐねるさつきの横に,外村がずいと歩み出た。
そして……
その後ろから続いてきた,数人の男たち…
「え……っ!?」
さつきは,あんぐりと口を開けたまま,閉じることができなかった。
「あらあら,本当にずいぶんとイケメンな子だわね。それに……ふふふっ,性格がクズそうなのが
更にステキだわ」
「だってね,性格がいいコだったら,これからのことが可愛そうになっちゃうじゃない? いくら,
それが私たちの趣向とは言っても,それはちょっとねぇ?」
「でも,これなら安心だわね。なかなか楽しめそうで嬉しいわぁ。遠慮もしないでよさそうだし?
外村ちゃんの言ったことは,期待以上だったわね」
おネエ言葉を話す,筋肉隆々とした数人の男たちが,舌なめずりをして近づいていく。
お目当ては,今まさに真っ青な顔色でこちらを見上げている2人だった。
「お,おいっ! 何のつもりだ!」
「や,やめろっ,来るなっ!」
先ほどまでの不敵さは一瞬にしてかき消え,慌てふためいて男たちから離れようとする。
「あら,そういうウブなところもあるのね。ますます,楽しみだわ」
「さ,外村ちゃんたちは早く行きなさいな。あなたたちは,友達を守ってそのまま去って行ったと。
その後のことは,知らないのだから,ね? あとは任せてちょうだいな?」
「あなたたちにも,もちろんあの素敵な2人にも,もう二度と手を出そうなんて思わなくなるまで,
ちゃーんとあたしたちが愛を注いで可愛がってあげるから」
「この子たち,ちょっと偏った性癖になっちゃっているみたいじゃない? ここは,あたしたちの
愛の世界を教えて,矯正して上げなきゃよね? ふふふっ……イイと言うまでね」
「ふふふっ,さあ,もう行くのよ。ここからは……大人の,めくるめく官能の世界よ。あなたたち
には,まだ早いわ」
バチンと片目を瞑ってみせた男に,一同はぞくっとしたものが背に奔るのを覚えた。
こくこくと,何度も頷く。
いつの間にか,周囲はシーンと静まり……誰も口を開かない。
誰からともなくゆっくりと後ずさり,くるりと背中を向けて歩き始める。
「あら? この子,いいとこの別荘もっているみたいだわよ。ほら,このカード! いいわね,そ
こに行きましょ!」
「まあ,素敵! 私たちが満足した後は,みんなも呼んであげましょう!」
背中からの楽しげな声に,一同は心臓が鷲づかみにされるような恐怖が奔る。
振り返りたくない…
絶対,振り返るものか…
もし振り返って,目が合ったりしたら……何かの気まぐれで,連れて行かれるかもしれない。
それだけは,勘弁だ。
あの2人が,別の意味で再起不能となるのは,避けようのない確実なことだと思える。
それで十分だ。もう何も心残りはない。
だったら,もうこの場に用はない。早くこの場を去ってしまうに限る。
それにしても……
……外村……コイツを怒らすことだけはやめとこう……
一同は,共通の言葉を抱きながらも,互いに言葉を交わすこともなく……帰路についた。
終わり
動画 アダルト動画 ライブチャット