「葵の紋」(4.葵の紋)

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第6回



 意識が戻ってきた。
 終わったのだ。
……私は………
 体を起こしかけ…記憶の混濁するぼんやりとした瞳に,じわじわと周りの様子が入ってくる。
 凍り付き,シンとした教室の中…歯を食い縛り,小さく嗚咽を漏らす仲間たちの姿があった。
 寧々,千秋,由加…
「…っ」
 血の気が引いた。
 戻ってくる記憶,理性と羞恥心に…唇が震える。
……私は……私は……何て………
 言葉は見つからなかった。
 葵は,視線を落とし……唇を結んで,俯く。
 全身が苛まれた。
 仲間の前で…
 男鹿の前で…
 正気を失ってしまった。
……私は…自分から…求めてしまった……
 犯されているとは思えない,自分の乱れた嬌声が蘇ってくる。
 何ということをしてしまったのだろう。
 自分から,腰を振り男たちを誘った…
 欲情してもらおうと,男のモノを自ら口に咥えた…
 催眠術で操られたのではない。
 強制されたのでもない。
 何か別の思考を,植え付けられたのでもない。
 ただ,心の奥底を引き出されただけ…
 あれは…紛れもなく,自分の意思だった。
 いくら,淫魔の魔力で狂わされたとはいえ,闇を抑えきれなかったのは自分の弱さとしか言いようが
ない。
 それに,あんな淫らなものを求める感情が,自分の心の奥底にあったなど…それだけで,葵の心は打
ちのめされてしまう。
……私は……負けたのね……
 男たちの行為は終わったが,言い訳のしようもない絶望感が,葵の胸を締め付けていた。
「へへへっ,気を取り戻したか,葵? どうだ,初めての男の味は,思いの外よかっただろう? 蕩け
た葵も可愛かったぜぇ。これからも,毎日みんなでよ,たっぷりと楽しもうぜ」
 ニヤニヤと体を抱き寄せてくる男に,ようやく嫌悪を感じながらも,今さら抵抗する気力も起きない。
 もはや,自分を奮い立たせてくれる希望はなかった。
「う…っん…む……っあ……ぁ……ふ」
 為すがままに唇を奪われ,侵入する舌に口の中を蹂躙される。
……もう……いい……
 失ってしまった。
 男たちに犯されたくらいでは,失うなどと思ってもみなかった,あまりにも大きな代償。
……こんな私が…今さら『誇り』だなんて……笑ってしまうわよね……
 望みは,もう何もなかった。
 堕ちてしまえばいい。
 そうして,このまま,すべてのことから逃れてしまいたい。
 自分が,今まで背負ってきたこと。
 仲間も…
 責任も…
 そんなことを考えてしまう,理性も希望もいらない。
 そのすべてを捨てて,逃れることができるのなら…
 堕ちてしまえばいい。
……もう,いいのよ……
 葵は,ゆっくりと目を瞑った。
 そのとき…
「くくくっ…そう,その目だよ。ようやく,アタシが受けた屈辱と絶望を思い知ったかい? じゃあ,
後は徹底的に綺麗にしようかね。さあ,仕上げだよ」
 パチンと指を鳴らす音が響く。
 林檎の合図…
 葵がハッとする間もなく,無防備に床に座り込んでいた仲間がドンと吹き飛んだ。

 地獄絵図だった。
 狂ったような笑い声が響く。
 傷ついた仲間たちを襲う,林檎のメンバーたちの容赦のない攻撃。
 大切な仲間たちが…守ったはずの仲間たちが,無抵抗のまま次々となぎ倒され,壁に打ち付けられて
いく。
「あ…あ……どうして…」
 呆然と,何もできない。
「みんな……どうしてじっとしているのっ……寧々っ,みんなっ,お願い,逃げてっ……」
 しかし,ゆっくりと立ち上がった寧々は,苦しげに唇を歪めていた。
「葵姐さん…本当に申し訳ありません…こんなことになるなんて……今までも,何かある度に,自分の
力では何もできずに,姐さんに頼ってばかりで……こんなこと……自分の情けなさに,もう自分で自分
を殺してしまいたいくらいです…アタシらはチームです……アタシらのために傷ついた葵姐さんを置い
てなんて,どこにも行けやしません……こんな程度,葵姐さんの痛みに比べたら…っ……葵姐さんっ…
本っ当に…すみませんでした…っ」
「な……何を言ってるの……はっ,寧々!」
 深々と頭を下げた寧々が,横合いから振り下ろされた一撃に,声もなく崩れ落ちる。
 葵は,キッとした顔を林檎に向けた。
「林檎っ!…どうしてっ!……これでは約束がっ!」
 葵の目の前で,林檎はこれ以上にない愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
 今まさに,復讐が成就することを確信し,狂気とエクスタシーに囚われた笑みだった。
「アタシはね,勝つことが好きなんだ。特にアンタには,徹底的にね。卑怯だろうが何だろうがかまう
もんか。最後に立っていた方が勝ちなんだよ。くくくっ…結局は,私の圧勝だったね。やっと,このと
きが来たんだ……アンタのその心,徹底的に潰してやるよ。何もかも失わせてやる」
「くっ…この…卑怯者」
 だが,動こうにも,男たちに群がれた体は両腕を捕らわれてマットの上から動けなかった。
 身動きのできない葵を目の前に,林檎はせせら笑う。
「ふふふ…それにしちゃあ,さっきは,ずいぶん色っぽい声を嬉しそうに上げてたねぇ。せっかくの,
アタシからのプレゼントだよ。もっと犯ってもらいなよ。本当は,好きなんだろ?」
「そうそう,いいじゃねぇか。葵ちゃんは,俺たちともっと楽しもうぜぇ。さっきみたいによ」
「あ…ぁ…っ…イヤっ,離してっ……」
 後ろから掴まれた乳房が,揉みしだかれる。
「さあ,最後の5レベルがまだ残っているんだ。ちゃんと味わってもらわないとな」
「い,いやっ……やめて…ああ…っ」
 足首が掴まれ,両脚が力尽くで再び広げられる。
 目の前に,硬く張り詰め,そそり立った怒張が向けられた。
 傍目にも分かる。
 先ほどよりも,一層濃い,黒紫色の魔力に包まれた男根…
「あ…ぁ……イ…イヤ……そんなもの…入れないで…っ……」
 葵は喘いだ。
 紛れもなく,5レベルの強力な淫らな魔力。
 あれを入れられたら,自分は人間としての思考を失ってしまう…
「4レベルであれだけ乱れたんだ。5レベルは,どうなっちゃうんだろうなあ? 葵だったら,壊れな
いまま存分に楽しめるようだからな。うへへへっ,何も考えられなくしてやるよ」
「いやああぁぁぁーっ」
 体が組み敷かれ,男が膝を割って覆い被さってきた。
 濡れた秘部に,男根の先端が宛がわれる。
 もう,どうしようもなかった。
 絶望的だった。
……私は……私は……愚かだ……
 林檎などという,こんな女を信じてすがってしまったこと。
 自分を犠牲にして,仲間を助けられると思ったこと。
 何より……自分を信じなかったこと。
 仲間たちの心を折ってしまったのは……こんな自分のふがいなさだった。
 目の奥が熱くなる。
「男鹿ああぁぁぁーーーっ」
 無意識のうちに,葵は叫んでいた。

「くちゅん…」
 間の抜けた,くしゃみの音。
 林檎の,呆れた声が聞こえた。
「自分の女が犯られているってぇのに,何とも緊張感のない……」
 しかし,その声は,後半の上擦りとともに途切れる。
 その理由を,葵が考える間もなく…
「うご…っ」
 大きく鈍い音が,室内に響き渡った。
 続いて,葵の体に被さっていた男たちが一瞬にして吹き飛び,教室の壁に叩きつけられる。
「……っ!?」
「らしくねぇーな,葵」
 険しい声が,しかし静かに降ってきた。
 特攻服が,ふわっと体にかけられる。
「あ…あぁ……」
 泣きたいほどの懐かしさ。
 声にならない嬉しさが,胸一杯に満ちる。
 その声の主……葵には,もう分かっていた。
 男鹿……
……やっぱり…男鹿……あなたは……
 葵は,自分の守りたいものが守られたことを知る。
 この上もない,力強さで…
「よぅ,もう迷っているヒマ,ねーぞ」
 葵は,万感の思いを込めて見上げる。
 腕を取り,抱え上げられた先に……恋しい顔があった。

「きっちりカタをつけて来い。お前は,クィーンなんだぜ」
 ポンと叩かれた肩から,じわっと温かなものが広がっていく。
 ただそれだけで,十分だった。
「うん…分かってる…」
 男鹿に言われると,そうだという気がする。
 強がりではない。
 心の底からの満足感,何でもやれそうな自信が全身に溢れてくる。
 信じる喜び。
 それ以外のことはどうでもよくなるほど,心の中は温かなものでいっぱいだった。

 ふと見ると,胸に何かの模様が浮き出ている。
……何だろう…?……
 いぶかしげに見つめながら……何となく,男鹿との絆の証のような気がしていた。
 力が漲ってくる。
 その溢れる力は,全身に行き渡っていくかのようだった。
 それとともに,体を冒していた淫魔の魔力が浄化されていくのが分かる。
 子宮の奥に注ぎ込まれたはずの,男たちの精液まで排除され,綺麗に消え去っていくかのような…
……心地いい……
 葵は,目を瞑った。
 すべての嫌なものが,体から心から,綺麗さっぱり消え去っていくのを感じる。
 スーッ……と一陣の爽やかな風が,頬を,全身を撫でていく気がした。
……ありがとう……男鹿……
 ゆっくりと,葵は目を開いた。
 正面にあるものを,しっかりと見据える。
……もう大丈夫……
 理屈ではなく,本能が答えを見つけたかのような安心感を葵は覚えた。
 もう……まるで,負ける気がしない。
 先ほど,あんなに完膚無きまでに打ち倒されたというのに。
 なぜだろう。
 けれど……
 分かる。
 体の中で,その存在を力強く感じる。
……男鹿……ありがとう……
 葵は,大きく息を吸った。
 痛みは,もう消えていた。
「私は,もう迷わない」
 心の中が,静かに研ぎ澄まされていく。
「もう……絶対に,私は負けない」
 強い目を見開き,剣を構え,ゆっくりと葵は歩く。
 惚けたように,ただじっと自分を見つめている者たちに向かって。

「心月流,抜刀術六式……妖星剣舞」
 ただそれだけで,すべては終わりを告げた。
 林檎は吹き飛び,大半が宙を舞ったグループのメンバーは,圧倒的な葵の力にただただ恐れおののく
ようにひれ伏している。
「よかった……」
 葵は,呟いた。
 守ることができた。
 大切なものを,失わなくてよかった…
「おらっ,葵姐さんの力を思い知ったか!」
「このっ,このっ! 烈怒帝瑠をなめんじゃないよっ!」
「こいつら,どうしてやるっすか? 額に『肉』とでも書いてやるっすか?」
「くくくっ,それもいいね。おい,マジック持って来な」
 仲間たちの明るい声が響く。
……ごめんね…私,もう迷わないわ……
 無事を確かめ喜び合う仲間たちの顔を見つめながら,葵は満足の微笑を浮かべた。
 チームの頂点として,仲間を守ることができた喜び。
 手遅れにならなくてよかった。
 そのためなら,私は何だってできる。
 それだけを考えながら…
 余計なことを見つめないようにして,葵は少しずつ距離を取り始める。
……仲間たちが無事なこと。それが,何よりもの私の願いなんだから……
 悲しみは,後のために取っておけばいい。
 自分だけのものとして…
 少しずつ,誰にも気づかれないように少しずつ,葵は後ずさる。
 扉へと。
……じゃあね……あとは…独りにさせてもらうわ……
 葵は,そっと外に出た。
 そんな葵に気づかない振りで明るい声を出し,背中で必死に唇を噛んでいる仲間たちを後にして。

 校舎の外を独りで歩く。
 外気が,頬を撫でる。
 こんなことは慣れっこだ。
 昔からそうだった。
……私は,烈怒帝瑠のリーダーなんだ…から……
 何かを守るために,自分が何かを捨てるコトなんて,当然だし別に厭わない。
 何ともない。
「ふ…っ……」
 笑おうとして失敗した。
 唇が歪む。
 視界が滲み始めた。
 もう笑わなくていいんだという気の緩みが,加速度的に大きくなって心に押し寄せてくる。
……まだ……まだよ……
 必死に,そう奥歯を噛み締めた。
 喉の奥にある熱い塊。
 それが,今にも口から飛び出ようとしている。
……どこか…独りに……
 いつの間にか,辿り着いた神社の奥。
 林のシンとした静かな雰囲気は,今の自分にちょうどいい。
 空はどこまでも青く澄み渡っている。
 それは,せめてもの慰めだった。
……空って……こんなに青かったんだ……
 眩しかった。
 葵は,近くの大木に背を預ける。
 ひんやりとした木陰が心地いい。
 やっと,独りに……
 もう我慢しなくていい…
……ここなら…誰にも見られない……
 葵は,目を瞑り大きく息を吸った。
 ゆっくりと。

 一筋の涙が流れ,頬を濡らしていく。
……私……処女じゃなくなっちゃった……
 あんなに,何度も何度も体を汚されてしまった。
 本当は…
 恥ずかしくて誰にも話したことのない,乙女チックな思いだけど…
 初めては,やはり恋しい男と結ばれたかった。
 処女を失うときは,優しく愛されて抱かれたかった。
……そんな夢……笑っちゃうけど……
 でも,女として大切にしたかった…
 それなのに…
……男鹿の前で…あんなにイヤらしいことされて……
 それを,自ら望んで求めるなんて…
……私は……何て…最低な女なの……
 膨らみゆく悲しみが,張り裂けんばかりに胸に込み上げる。
「あぁ…っ…ぅ…」
 悲しくてならない。
 涙で,見上げた空が熱く滲んだ。
……私って…こんなに弱い……『女』だったんだ……
 先ほどと同じ言葉を,葵はもう一度呟く。
「うぅっ……ふ…っ…くっ…」
 堪えきれず,嗚咽が零れた。
 喉の奥から,熱い塊が迫り上がってくる。
 静寂な神社の林の中…途切れ途切れの声が,小さく響いた。

 今まで,一心に剣の腕を磨いてきたけど……それが,何になると言うんだろう。
 今日だって,自分の力だけでは何も守れなかった。
……男鹿……いつか……いつか私……なりたかったわ……
 強大な敵を相手にしても怯まず…
 男鹿の背を守って戦い,頼りにされる自分…
 いつかは,そんな存在になりたいと願っていた。
……本当よ……私……本当に……
 それほどまでに,男鹿の側にいたかった。
 けれど,卑劣な悪魔との闘いに,正々堂々としたものなんてあり得ない。
 剣の技術だけでなく,精神の強さを備えなければまともになど戦えない。
……こんなに,心が弱いんじゃ……足手まといにしかならない……
 涙は,次から次へと溢れてきた。
 悪魔は狡猾だ。
 きっとまた…今回見つけた,私という弱点を衝いてくる。
 これ以上,仲間たちを危険にさらす可能性があるのなら…決別しなければならない。
 だから…
 悲しいけれど…
 葵は,両手を握り締めた。
……ごめんね……男鹿……私,いい仲間になれなかったわ……
 烈怒帝瑠からは身を引こう…
 そして,どこか遠いところに行こう…
 男鹿にも,もう会えないけれど。
 葵は目を瞑った。
 目の奥に,恋しい顔が見える。
……こんなことなら……もっと,しっかり見ておけばよかった…な……
 もう少し,話をしておけばよかった…
 葵の口元に,寂しい微笑が浮かぶ。
 そのとき…
「よう,何こんなトコロに逃げてきてんだ?」
 突然,横合いから出てきた顔。
 葵は,息が止まるほどの衝撃を受けた。



第7回


「…っ!!」
 ビクンと,大きく体が跳ね上がった。
 何でっ…
 どうしてっ…
 そう叫ぼうとしても,狼狽える声しか出てこない。
「え…あ,あぁ……あぅ……お………男鹿…っ!」
 一瞬で,涙が引く。
 男鹿はベルちゃんを連れておらず,珍しく独りだった。
「おう…ここいらじゃねーかとは思ったが,まーったく探したぜ。お前よ,俺に断りもなしに,勝手に
独りでどっかに行こうとするんじゃねーよ」
「は,はあっ…? あなた何言ってるのよ。どうして私が,あなたにいちいち断って…」
 まったく,もう訳が分からない。
 この男ばっかりは,本当に突拍子もない。
 ようやく独りで,自分の心に浸っているトコロに,勝手に入り込んできて邪魔して…
……まったく,何を言い出すんだか……
 しかし,出てきた言葉は,更に突拍子もなかった。
「どうしてって,そりゃ決まってるじゃねーか。お前は,もう俺のもんになったんだからよ」
「え…っ」
 男鹿の伸ばされた手が,木の幹に背を預けた葵の顔の横に突かれる。
 至近距離にまで迫った男鹿の顔……ドキリと息が止まった。
 こんなに近くまで,顔の接近を許したのは男鹿以外にない。
 あるわけがない。
 突拍子もない馬鹿馬鹿しさに笑おうとして,引きつってしまう。
「どうしてそんなコト……だいたいね,あなた,顔…近い…近いわよ」
「どうしてどうしてと,ゴチャゴチャうるせーな。だから,お前は迷いが多いんだ」
「そ,そんな勝手なコト…っ!」
 抗議しようとして,ドキッとする。
 ときどき,コイツは……核心をつくことがある。
「ちょ…っ……ちょっと…え,何…?」
 男鹿の目が………見えなくなるほど近い。
「ん…っ」
 葵は目を大きくした。
 何,コレ……
 ふわっと唇に押しつけられる温かなモノ……
……こ,これは…っ!?………
 男鹿の唇……キスだった。
……嘘っ…!!…
 そう自覚したとたん,カーッと顔が火照る。
……信じられない……あの男鹿が…?……
 どうして…
 頭の中が混乱しそうになりながらも,今までの秘かな願望の成就に,まったく抵抗できない葵は,
ただただ身を固くして男鹿の唇を受け入れる。
「ん……んっ…」
「よし,これでツバつけた…ぜと。俺のもんになったんだってコト,これでもうお前も文句はねーだろ?
 あんな程度のヤツらに,好き放題にされやがって。まったく,お前らしくもねぇ」
 顔を離した男鹿が,至近距離のまま険しい目で葵の顔を見つめる。
 これは何…?
 まさか,もしかして,男鹿が私のことを……
 うぅん,そんなことは…
 じゃあ,どうして…?
 どうして,何で…?
「わ…悪かったわね……私,あなたみたいに強くないもの。ああする以外,仕方なかったのよ。それに,
ツバつけた…ってね,あなた,子どもじゃないんだから…そんな……こんなコトくらいで,俺のもんだ
なんて…どういうつもりで……」
 不意をつかれた衝撃……最後の方は,しどろもどろだった。
 もちろんキスがこんなコト,といえる程度では全然ない。
 けれど,平静を装おうとしても,混乱する頭が整理できない。
 顔が火を噴き,至近距離の男鹿の目をまともに見ていられず,ついつい目を横に逸らしてしまう。
……落ち着いて…落ち着くのよ……
 いくら男鹿にキスされたからって,そんな都合よく短絡的に考えては駄目…
 男鹿に,そんな男女の恋愛感情なんか,期待できるわけがないんだから…
 でも…
 でも,これは…
 間違いなく,キスよね…?
……男鹿にキスされた……俺のもん?……私が…俺のもん……俺のもんって何?……
 頭の中で,ぐるぐるとリフレインする言葉に,くらくらと目眩がする。
 このキスは,何なの…
 俺のもんって,何なの…
 あんなに汚された私に…?
 男鹿は,いったいどういうつもりで…
「だいたいね,俺のもん,俺のもんって,何なのよ? キス? キス一つされたぐらいで,私が喜ぶと
でも思っているの? 私,あんなに汚されたのよ? それも自分からよ? 汚いのよ?」
 言葉が止まらない。
 緊張が過ぎると,それを知られまいとして,考えつくことを手当たり次第に口にしてしまう。
 自分が,いったい何を喋っているのか…訳が分からない。
「そんなに,自分のもんにしたいんだったらねっ……私が言い訳できないくらいもっとキスして,キス
だけじゃなく他にもいろいろして,それでちゃんと自分のモノにして,私からあの男たちの感触を消し
てみせなさいよねっ」
 思わず口走ってしまった言葉……言い終わってから,葵は気づいた。
……え……
 自分の言葉に,葵は再び固まった。

「あっ……え……え,と…ね……ち,違うのっ」
 思わず飛び出した言葉。
 葵は,自分が発した言葉で,今さらのように思い出す。
 そうだった…
 男鹿の言葉を聞きながら,簡単に浮かれられないと感じていた切ない感情の正体…
 自分は,ここからいなくなろうとしていたんだった。
 男鹿といると,つい忘れそうになってしまうけれど…
 男たちに寄ってたかって汚された感触が,まだこの体に残っている。
 はっきりと。
 そして,それを気持ちいいと感じてしまった,女としての感覚も反応も消すことが出来ない。
 狂おしく犯されながら,自分を抱くこの男が男鹿だったらと,秘かに重ねてしまった欲望。
 自分が恥ずかしくてならない…
 男鹿の前から消えて無くなりたい…
 そう思っていたのに,決心したはずなのに…
……でも……
 男鹿のキスを受けた唇に感じる,まったく別の感覚。
 さっきまで,嫌悪感しかなかった男たちに奪われた唇が,たった1回のキスで別な物に変わっていく。
 胸の奥がくすぐられるような,甘く切なくなるような…
……もっと…したい……して欲しい……
 この気持ち……もっと味わいたいと思ってしまう。
 もっとここに留まり,顔を見て,声を聞きたいと願ってしまう。
……そんなの…駄目よ……
 そうすればするほど,後が辛くなる。
 男鹿といると,すぐそんなことまで忘れそうになってしまう。
 多分,こうしている間にも……求めたくなる気持ちは,どんどん強くなっていくのだろう。
 もっと声を聞かせて…
 もっとキスして欲しい…
 そして,私の考えている通りの意味で,本当に『俺のもん』にして欲しい…
……私……ほんと,欲張り……今さら何を考えているの……呆れちゃうわよね……
 葵は,自嘲の笑みを浮かべて俯いた。
 そんなことを思えば思うほど,悲しくなってくる。
 早く,ここから去らなければ……
 葵は,溢れてくる気持ちに無理やり蓋をかぶせようとした。
 
「えっと……嘘…嘘よ…っ……私ね…こんなに汚れちゃったし……アイツらの感触が,まだ体中に残っ
てて…ちょっとそれが気持ち悪くてね…ただ,それだけなの…っ……だから,今の冗談……ただの冗談
だから…っ…」
 あたふたと取り繕おうとして…
「……っ」
 いきなり抱きすくめられた。
 頭の中が真っ白になる。
 強く抱かれ,動けない。
 緊張に固まった体で,葵は必死に笑いかけた。
「男鹿…っ……な…何?…ちょっと…どうしたの?…今の私の話,ちゃんと聞いて…」
「分かってる。お前には…独りだけで辛い思いさせちまったな……何て言うか…………すまねぇ」
 ボソッと聞こえた小さな声。
 その瞬間…
 痛みとともに,懸命に眠らせようとしていたものが掘り起こされる。
……っ……
 ああ,そうだったのか……
 分かってしまった。
 多分,男鹿は,このことを言うために,私を探してここに来てくれたんだ。
 いつもは,飄々として人の気持ちなんか分からない素振りのくせに…
……こういうときだけは,なぜか聡いヤツなんだから……
 ぶわっと目の前が滲んだ。
「な…何言ってるのよ……何でもないわよ…みんなを守れて,私は嬉しいんだから……っ」
 大きく息を吸う。
 震えそうになる唇を,声を…懸命になって抑える。
 駄目よ…
 それ以上,言わないで…
 じゃないと,ようやく自分で立とうとしていたのに,男鹿にすがってしまいそうになる。
 離れられなくなる。
 けれど,男鹿からかけられた言葉が……冷たく鎮めたはずの胸の中に,熱く響いてくる。
「仲間を守るのは当然でしょ……覚悟の上…だったんだから……こうなることぐらい…知っていたわ…
こんなの大したことないわ…だから…変な気を遣わないで……」
「ああ,わーってる。お前なら,そう言うと思ってたよ。しかしな,相手には悪魔がついていた。人間
が独りで戦える相手じゃねぇ。本当なら,お前1人に相手をさせるべきじゃなかった。それを…独りで,
俺を庇うことまでさせちまった…」
「そう,そうよっ…私,あなたまで助けられたのよねっ…仲間たち全員と,あなた…それも私自身の力
でよ…どんなもん?…凄いでしょ?…私だってね本気を出せばあれくらい簡単に…」
「……ああ,お前はまったく凄いヤツだ。おかげで,みんな助かった」
 葵は目を見開き,思わず男鹿を見上げた。
 矢継ぎ早に言葉をつなごうとする葵を見つめる,男鹿の静かな目。
「俺が迂闊だったせいで……悪ぃ……お前が守ってくれなきゃ,あれは危なかった」
「何言ってるの。だって…そんなの……当然じゃない……っぁ…うぅ…ぁ…」
 押さえた口の端から,声が漏れた。
 男鹿が認めてくれた…
 無駄じゃないって,言ってくれた…
 男鹿の言葉一つで,こんなに心が揺らいでしまう。
 堪えきれず,背中が小刻みに震えた。
 けれど,違う…
 違うの…男鹿のせいじゃない…
 だって…
 あれは,私が…
「男鹿…やめてよ……本当は分かってるの…私が…私が弱かったせいで…みんなを余計な…しなくても
いい争いに巻き込んでしまったのよ…男鹿だって……ごめんなさい…私なんて…私は…あなたの助けが
なければ,自分の力だけじゃ仲間も守れない…あんなヤツらには,好きに犯される……こんな弱くて汚
れた私なんか……」
「そうじゃねぇ。お前の敵は俺の敵だ。巻き込まれたなんて思ってねぇよ。それにな,俺もお前がいな
きゃヤバかった。だいたい俺は,お前が自由にできない重しを取り除いただけだ。お前なら,本当はあ
んなヤツら何ともねぇのによ,身動きが取れねぇまま耐えさせちまった」
「でも…そんな…悪魔相手にそれくらいのこと,はねのける力がなければ…」
「違うだろ。『誰も,独りで戦っているわけじゃない。誰かが誰かを助けて,大きな力でみんなで戦う。
自分たちは,そういうチームだ』……葵,俺が教えられたお前の言葉だぜ」
 葵は,まばたきもせずに男鹿を見つめた。
 声が出なかった。
 そうだ…
 確かに,それは自分が言った言葉だった。
……覚えていてくれたの…男鹿……
 かつて,戦いに誰も巻き込むまいとする男鹿に,半ば怒りをぶつけながらかけた言葉。
 それを,男鹿がこうやって心に留めておいてくれたなんて…
「あいつらは,守られるだけの存在か? お前のような,大きい力だけで成り立っているチームか? 
違うだろ? みんなで,足りないところを補って戦うから,強ぇ力になるんだろが。今回は,俺の欠点を,
お前の頑張りで帳消しにしてくれた。卑怯で狡猾な悪魔相手に,お前一人で戦わせちまった……あれは,
お前じゃなきゃ切り抜けられねぇところだった。すまねぇ…けど,助かったぜ。こんなこと,人に言った
ことねぇけどよ……お前が頼りだった。感謝してるんだ」
 真剣で静かな眼で,男鹿が自分を見つめていた。
「それでも,自分がまだ弱い…ってんならよ,もっと強くなりゃいいだけの話だろ。俺もつきあうぜ。
ちょうど,俺もなまっちまったなと思ってたところだ。早乙女のヤツにしごかれたときみたいによ,
一緒にみっちりとやろうぜ」
 男鹿の言葉が,心の中に染み渡ってくる。
 男鹿は,哀れみや同情の言葉を,上手く言えるようなヤツじゃない。
 けれど,本当に大切なことを,前に進むための道を力強く口にしてくれる。
 力づけてくれる。
 だから…嬉しい。
 男鹿に言われると,そうだという気がしてくる。
 そう思える。
「流石,お前はクイーンだよ。あれだけの目に遭いながら,きっちりとみんなを守り切った。よくやっ
たと思うぜ……お前は,本当に凄ぇヤツだ」
 抱き締められた頭から,静かに温かな声が降ってくる。
 葵の目から,ぽろぽろと珠のような涙が零れ落ちた。
「あ…ぁぁ…う,ぅっ……こんなの…反則よ」
 泣かない…
 男鹿の前で,涙を見せたくない…
 そう思っているのに,体の中からいろいろなものが溢れ出るのを自制できない。
 胸から喉にかけて,熱くつかえていたものが漏れてくる。
 凍てつき,張り裂けんばかりの痛みに耐えかねていた胸が,温かく溶けていく。
……男鹿……
 葵は,男鹿の体にぎゅっと手を回し,顔を胸に押しつけた。
「……ありがと…」
 やっと言えた。
 そんな葵の背に,いたわるように優しく,大きな手が置かれる。
 込み上げるものの大きさに,息が止まった。
「男鹿……私…私っ…悔しいな…ふっ…うぅ……あぁぁっ…本当は…本当はね……」
「分かってる…」
 葵は,男鹿の目を見上げる。
 熱い涙が,堰を切ったように溢れ出した。
 唇が戦慄き,みっともない声が勝手に零れてくる。
 ずっと言いたかったこと…
 言ってもらいたかったこと…
 それを得られた喜びが,胸の中いっぱいに満ちてくる。
「やだ……私…っ……声が…」
「今まで,よく頑張ったじゃねーか。たまには,こんなときくれぇ解放してやれ。俺たちゃ仲間で……
キングとクイーンだろ? どっちかが欠けたってダメなんだぜ?」
「そう…そうよ……あなたはキングで,私がクイーン……互いの欠点を埋め合うのが役割…」
 感情が,爆発するようだった。
 悔しくて…
 けれど,それを覆い隠してしまうほど嬉しくて…
……男鹿が,こんな私を必要としてくれる……互いの欠点を埋め合う…また私…一緒に戦えるんだ……
 葵は,男鹿の胸に顔を埋める。
「ありがとう………男鹿……私,あなたが……大好きよ……」
 熱いものが頬に流れていくのを感じながら,澄み切った木々の空気を震わせ,葵は押し寄せる感情の
ままに声を上げた。


 教室に差し込む日は,まだ高い。
 今日は,またいっそう暑くなりそうだ…
 無理やりに引き留めたベルちゃんをあやしながら,寧々はようやく体を起こした。
「男鹿っち……行っちまいやしたね」
「ああ…こればっかりは,アタシらにはどうしようもないよ。男鹿のヤツにしか,姐さんを救えやしな
いことなのさ」
 それにしても,と安堵の声が続く。
「葵姐さんが,アイツらの言う通りに従順になっちまったときには,もうどうなることかと思いやした
けど…ホント,よかったっす」
「あんたには,分かんないよ。あの人は潔癖すぎるのさ。自分にね。純粋で潔癖で,自分を責めすぎる。
そして,アタシら仲間のためには,自分が泥にまみれるのも厭わない…」
 遠くを見る目をした寧々は,不意に言葉を切った。
「まだ立てないのかい? あんたも相当,手ひどくやられたようだね」
 けれど,聞かれた方は嬉しそうだった。
「へへへへっ…いやあ…でもこれで,姐さんが幸せになれるんなら何ともねぇっす」
「なれるさ。あの人は,もう…独りじゃないんだ」
 寧々も,嬉しそうに微笑を浮かべた。



第8回(最終回)


「こんなところに…泉があるなんて……」
 葵は,感嘆の声を漏らした。
 神社の山を更に奥へと進み,頂上から今度は谷へと降りていく途中にそれはあった。
 目の前に,小さく湧き出る清麗な泉。
 木々の隙間を縫って,幾筋もの太陽の光が差し込み,濡れた岩場でキラキラと反射している。
 周囲は深緑の木々に囲まれ,近くに人のいる気配はまるでない。
「何て静か……別世界みたいね…」
「神社よか更に登って,反対側に降りて行かなきゃならねぇからな。険しくて道もねぇし。俺もよく,
早乙女のヤツにしごかれた後,の~んびりと使わせてもらってたぜ」
 男鹿は,こんなところで鍛えてたのね…
 こういう場所が,道も整備されず険しいままになっているのも,早乙女先生が特訓に使っていたのな
ら,霊力の回復とか何か理由があるのかもしれない。
「人なんてまるでこねぇから,水浴びでも何でも,安心して使っていいぜ。んじゃ…と,その間に俺は,
近くをちょっくら…」
「ずるいわよ。そうやって,私の知らないところで,また何かをしようとするつもりなんでしょ?」
 背を向けようとした男鹿の袖を掴み,葵は引き留めた。
 今から自分が言おうとすることに,頬が熱くなる。
「お願い……一緒にいて…私を見てて……私を…あなたのものにして欲しいの……さっき,あなたが私
に言ったのよ」
 今にも消え入りそうな雰囲気を纏い,どこか切実な色を瞳に浮かべながらも,葵は男鹿を真っ直ぐ見
つめた。


「んっ……う…ん…」
 服を脱ぎ,体を清める裸身を,男鹿の腕が背中から抱き寄せる。
 心地いい…
 ひんやりとした水を浴びる体に,後ろから男鹿の体温が密着した。
 男鹿の唇が,首筋に触れる。
……男鹿…っ……
 葵は目を瞑った。
 目を瞑って,男鹿の唇を強く感じようとする。
 自分を求める……男鹿の気持ちを感じようとする。
……あ…ぁ…っ……
 唇や体を抱く手の動きとともに,胸の奥が疼く。
 温かな歓喜に,全身が打ち震えていた。
 はっきりと分かる。
 男鹿の息遣い…
 男鹿の,私を求める気持ち…
 それでいながら,私の扱いに迷うような…
「もう知らねぇぞ……人が,せっかく頭を冷やそうと思っていたのに……これ以上お前の側にいると,
我慢できなくなりそうだったから,一度離れて頭を冷やそうと思ってたのによ…」
「あなたは,いつも思ったままに行動して…全然そういうの考えないんだと思ってた」
「本音を隠して生きてるヤツは,何もお前だけじゃねぇよ」
「ふふ」
 葵は,微笑を浮かべる。
……そうか……
 男鹿も,そうだったんだ。
 いや,この人の場合は,私なんかよりももっと……そうだったのかもしれない。
 確かに,何かと誤解を受けやすい男鹿。
 今までの過去は,容易に想像がつきそうだった。
 仲間もなく,孤独で…
 辛いことを,いちいち考えていたらキリがない。
 だから,考えないようにしていただけなんだ…
 平気な顔をして…
 葵は,改めて男鹿の顔を見上げる。
「ん? あんだよ?」
 やっぱり……何も考えていないような顔。
 だけど…
 普段はそんな顔をしていながら,一番大切なところではまったく迷わない。
……だから…私は,あなたに……惹かれたんだ……
 男鹿のようになりたかったんだ。
 葵は,悪戯っぽく微笑を浮かべた。
「男鹿……ねぇ…もしかして…私のこと,気になってた?」
「あ? ああ……ま,まあな」
 葵の目を,まじまじと見つめながら,しかし男鹿は曖昧に答えながら目を逸らす。
 今の自分に嘘は駄目だと思いつつも,やっぱり素直には肯定もできない…
 男鹿の,そんな思考までが分かってしまう。
 葵は苦笑した。
「知らなかったな。全然,そういうこと考えない男だと思ってたから……ねぇ,私のどんなところ見て
いたの? どんなこと考えてたの?」
「だから,言ってるだろ。そのぅ…まあ,何だ。俺だって,いろいろあんだよ」
 目を逸らし,頬を少し赤らめた顔が愛おしい。
 この人も,私と同じ器用には生きられない人間らしい。
 失うのが怖くて,本音をなかなか出せない人…
 温かなモノが胸を満たすのを,葵は感じた。
……男鹿辰巳……私…あなたが好き……
 人は不思議なものだ。
 長所・短所と人は言うけれど,その短所が好ましく思えることだってある。
……男鹿…あなたは,あなたのままでいい……そのままのあなたが…私は好きなの……
 男鹿の言葉の一つ一つ,抱かれ伝わってくる体温,触ってくる手の動きのすべてが愛しくて堪らない。
「男鹿…きて……私のことを…何もかも全部,見て…知って……そして,私にあなたのことも,全部教
えて…」
 愛しそうに首に腕を巻き付け,引き寄せる。
 ゆっくりと静かに,二つの体が重なった。



「ねぇ,男鹿? 一つ教えてくれる?」
 満ち足りた気分で横たわった男鹿の胸に顔を埋め,葵は聞いた。
 どうしても気になることがあった。
「さっきの……神社で『お前は,もう俺のもんになったんだ』って…」
「ああ? あれか」
 男鹿は,何ともない声で答える。
「お前の胸にできた模様な,それ王臣紋って言うんだとよ」
「あ……」
 忘れていた…
 改めて,胸に浮かんだ紋様を見る。
「王臣紋は,俺の仲間として,覚悟を決めた者に力を分け与えられるものらしい」
「ふぅーん……これが……」
 そうか…
 それで分かった。
 自分の中で,心を決めた瞬間に力が漲るようだったあの感覚…
 あれは,男鹿の……
……そうか……私は,本当に男鹿のモノになったんだ……
 何だか,こそばゆい。
 心だけではない,はっきりと目に見える証をもらったような喜びに笑顔になりかけ……
「ちょっと,待って…」
 真顔になった。
「私の王臣紋……『2』って書いてあるように見えるんだけど…」
「ああ,それな。『1』がついたのは……」
 言いかけて,男鹿はゾクッとする。
 流石の男鹿も,気づかないわけにはいかない……鋭い怒気。
 どす黒いオーラが,もやもやと葵の周りからたちこめているような気がする。
「そう,他にいるわけね。でも…どうして…私が『1』じゃないわけ? それって…どういうこと?」
「い,いや…邦枝っ……だいたい『1』がついたのは男だからよ……別に」
「別に,ってどういうこと? 私の言っていること分かっている? そういう問題じゃあないのよ!?
どうして,私が『2』なのよぉっ!!」
 女って,怖い……
 男鹿は,口をぱくぱくさせて,姉以外の怖さを思い知ることになった。 



「ふぅ…まあ,いいわ。分かった……でも1つだけ条件があるの」
「お,おぅ…」
 なぜか理不尽にも小一時間説教された後,不意に真剣な目をする葵に,男鹿は姿勢を正した。
「これからは,決して,独りで戦いに行かないこと。私を置き去りにしないこと」
「しかしよ……細けぇの面倒くせーし,いろいろと独りの方がよ…」
「呆れた。キングとクィーンは,互いの欠点を埋め合うのが役割なはずじゃない? それに,何のため
の王臣紋なの? 仲間なんでしょ? あなたの背中を守るのは私よ。約束して」
 言葉を遮って,訴えてくる葵の眼差し。
 それが真っ直ぐに自分を見つめていることを,男鹿は認めないわけにはいかなかった。
「わーったよ。お前の言う通りだ」
「どんなに,危険だと思ってもよ」
「おう」
「約束よ」
「ああ,約束だ。まったく…クイーンには勝てねぇな」
 その言葉を待っていたかのように,葵は破顔した。
「じゃあ,その証拠をちょうだい」
「証拠?」
「うん。抱きしめてキスして…」
 ふ,と笑って男鹿は応える。
「やっぱ,お前はクイーンだよ。誰も敵わねぇ」
「そう,あなたが王で,私が女王……まあ2人とも王なんだけど,この組み合わせ,最強だと思わない?
きっと,メチャメチャ強いわよ」
 くすっと,葵は幸せそうに笑った。
「だからね,もう独りにならないでね」
「ああ…そうだな」

 この後,男鹿の悪魔との闘いは,いっそうの激しさを増していく。
 けれど,その傍らに葵を筆頭とした仲間を置いたときの……その凄まじいまでの強さは,魔界でも知
らぬ者はないほどの伝説を積み上げていくこととなるのだった。




  終わり



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