19
西日が緩く部屋を侵食する。
俺はアトリエで来シーズンに向けたデザイン画に目を凝らす。
あの日からもう季節は一巡し、
それでもドンファンブランドは衰えをみせず。
あのスキャンダルすらも餌にして、肥大してゆく。
今年は、レジーナ・ビアンカへは足を向けなかった。
喪失感は、まだ胸で疼くまま。
わからなかった言葉は、まだ突き刺さったまま。
それでも日々は回り続ける。
俺は振り切るように、仕事に没頭する。
あれほどに描けなかった画を描いている。
今まで靄のかかったようなイメージが、
次々と鮮明な形を取り始める。
あの日に飛び散った血が、何かを洗い流したように。
戯れのアバンチュールは相変わらず。
だがその距離が心の中で開くのを
今は、快く受け入れられる。
レジーナ・ビアンカでのあの一夏。
崩れ落ちてしまった足元。
俺は必死で這い上がろうとはしなかった。
人一人いなくなっても、世界は変わらず回っていくと信じていた。
靄と幻想の中でたゆたってしまえば、
忘れて、そしてまた戻るものと思っていた。
だが、いつしか俺の見る世界は違っていた。
傷痕はかさぶたとなり、白い筋となり、それでも消えはしない。
俺に、確実にユウヒとアントワーヌは存在している。
時折の鈍い痛みをともなう傷痕として。
消えることの無い傷痕ではあるけれど、共に生きることはできる。
白い筋を眺めながら。
悪い夢はもう見ない。
ユウヒは俺の過去と心中してくれたのだ。
彼なりの清算のつけ方は、俺には分からない。
いや、分かろうとは思わない。
それが彼の望みならば。
最後まで俺のビジネスパートナーとして、彼は全うした。
彼のデザインを見返すことがある。
トレンドとマーケティングの賜物だと、彼はいつも自嘲気味に笑っていた。
しかし、俺は気がついてしまう。
どれほどに彼が、俺を理解しようとしていたのか。
どれほどに彼が、俺の魂の移ろいまでをも掴もうとしていたのか。
そのデザインに込められた情熱は、
ビジネスライクという言葉だけでは割り切れないことに。
そしてその熱情が、誰にも気付かれぬように注意深く隠されていたことに。
俺の内部はばらばらに崩れ、
ゆっくりと再生する。
それは悪夢ではなく、過去と共存する事。
そして、重い足を一歩一歩踏み出す事。
駆け出すことはまだ出来ない。
そのバランスをとりながら、初めて歩き方を覚えた子供のように、
俺は生きている。
応える為とか贖罪の為とかではなしに、
ただ、俺は息をする。
ユウヒの分まで、というのはおこがましいのだろうが。
トレンドのリサーチもなにも気にもかけず、
俺の感性で展開したコレクションは思った以上に良い反響を呼んだ。
新しいドンファン・ブランドへの期待すら高まっている。
慌しく過ぎてゆく日々は、強引に俺の手を引いて、
歩を早めさせようとする。
そんな日常の中で、忘れられない瞳。
地中海の眩い陽射しの見せたパノラマ。
エレベーターホールでの剥き出しの敵意。
浜辺でのあどけないまでの若さ。
ロビーでのとりすました様子。
そして石像の下での、激しさ。
全てのイメージはそこに結びついていくことに、
この頃やっと気がついた。
現実を全て悪夢にすりかえて生きてきた。
だが、向き合ってでも手に入れたいものがある。
その思いは、根深く確実に俺を侵蝕する。
それは、情熱とすら呼べるものかもしれない。
あの、深い琥珀の瞳。
← Back Next →