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  18
















仄暗い部屋に、浮きあがるシルエット。
なぜお前がここにいる。

石に弾ける雨音は、俺たちを包み込み、
激しい破裂音が、石造りの部屋に充満する。
石像の下、俺たちは立ち尽くし、
息遣いだけが、部屋を満たす。
重く澱んだ空気が、練るように渦を巻く。








俺は言葉を失い。
タニは唇を噛み締め。
そしてユウヒの口の端が、上がる。
サングラスを外しながら、彼はゆっくりと呟いた。
「ホテルの部屋に、手紙を届けられる人間は限られる。」
タニの目が伏せられる。
ユウヒが肩を竦める。
「だから話を聞いた。
 お前にどうしても聞きたいことがあるっていうじゃないか。
 だから俺がお膳立てした、そういうことだ。」
そして俺に目が据えられる。
「じゃあ、最後に送信されてきたメールは・・・・・」
思わず知らず言葉が洩れる。
ユウヒは歩を進め、
含み笑いすら浮かべた顔で、俺の肩に手をかけた。
「そう、俺からのラブレター。」
ゆっくりと俺の手から銃を取り、眺める。
そして、銃を玩びながら。
「タニ、代わりに教えてやるよ。」
タニが顔を上げる。
「こいつがアントワーヌを捨てた理由。」
含み笑いは、自虐をこめた笑いへと形を変え、口元に顕れる。




「原因は一通のブラックメール、
 『アントワーヌと別れろ、さもないとお前の秘密をばらす』」



弾かれたように、過去が蘇る。
脚元から力が抜けてゆく。
ブルー・ブラッドに絡めとられた、俺。
囚われたのは、届かぬその血脈。
幾重の幻想に擁かれながら、
どれほどに俺は求めたことだろう。




「なぜ、それを・・・・」
「10年前あれを書いたのは、俺だからさ。」
吐き捨てるように、彼は言う。
「ミラノの名門貴族の血筋、並外れた才能、
 俺が手に出来ないものを、お前は何でも持っていた。
 卑しい俺は、それを羨むしかなかった。」
感情を押し潰したような口調。
そして、目を伏せる。
笑みははりついたまま。
俺はやっとのことで舌を動かす。
「馬鹿な。」

彼の瞳は、紗がかかったようで。
その底に沈む何かが、揺らぐ。
「ルームメイトのをいいことに、お前とお袋さんの話を盗み聞きした。
 それがお前の出生の秘密だった、それだけのことだ。
 分かるだろう、よくある嫉妬だ。」
「嘘だ !」
堪えきれず、俺は叫ぶ。
「書いた本人が言うんだ、
 間違いない。」


「嘘だ・・・・・」
ユウヒの顔が上がる。
あの笑みは消える。
「なぜ嘘をつく。」
渦巻く思考に、ただ一つ信じられるものがある。
俺の声は上ずるように。
「お前は、そんな奴じゃない!」
彼は一つ大きく息を吸う。
言葉が吐き出すように投げつけられる。
「そんな奴なんだよ。」
ユウヒの顔色が、心持ち蒼醒める。
「お前が、俺の。
 何を・・・・、知っているっていうんだ。」
そう、俺は何を知っている。
だけど、本能が叫んでいる。
「お前は、そんな奴じゃない!」

「黙れ  !」



彼は大きく腕を開き、足を踏み出す。
まるで俺を抱きしめるかのように。
「何も知らなければ、俺は俺のままでいられるんだ。」
「・・・・・何故、そんなことを。」
ユウヒの声が震える。
「お前が憎いからだ。
 地位も、才能も、全てを持て余すほどにもつお前が。」
俺は言葉を無くし、絞るように呟く。
「馬鹿な・・」
「そうさ!その程度の卑小な人間なんだよ、俺は。」




引きずり戻される、あの過去の残像へ。
全てが砕け散り、そして組み直された姿はどこかいびつで。
なにか大きく、似て非なるもの。
俺。
ユウヒ、。
アントワーヌ。
其々が其々に、互いにすれ違い、交差しあう。
それは薄い幻影の幕に翻弄されているような。
不安定に、危うく、回りだす。





「違うよ・・・・」
夢から醒めたように、タニが呟く。
「違う。
 ・・・・あんた、本当に言いたいことは、」
何故か、とても必死な目をして。
彼には何が見えているというのか。
「本当は・・・・本当は・・・
 もしかしたら・・・・・」

「黙れ !」


声は、部屋中に木霊する。
それは、雨音さえも消してしまうほど。
ユウヒは振り向き、銃をタニに向ける。
「頼む、黙ってくれ。」
膝が、静かに崩折れる。
「だから・・・
 だから、お前は俺をそんな人間だと思えばいい。」
彼の鼻梁に、伝うものが見える。
何故、そんな声で言う。
「そして、それに片をつけただけだと。」




雨の音、風の音、
叩きつけるのは、断罪の鐘の音。



額にかかる髪から、瞳がのぞく。
それは穏やかとすら言えるような瞳。
意味するものが、俺にはわからない。



幻影の幕はその触手を伸ばし、
俺たちは翻弄されるように捻れてゆく。




ユウヒは確かに、こちらを向いて微笑んだ。
それは、初めて出会った頃の、
不思議に無垢な、微笑み。
俺には隠しつづけてきた、切ないまでのそれ。
潤んだ眼差しの奥に浮かんだものは、あの懐かしい日々なのか。


彼は銃を持ちかえる。
ゆっくりとそれは上がる。
俺の目を真っ直ぐに見据え。




断罪の鐘が鳴り響く。
それはいつしか、あの不協和音となり石の壁に渦を巻く。
石像は、風化した眼差しで愚かな人間たちを見下ろす。
空気は、不協和音で満たされ。。
鐘は、狂ったように鳴り響く。





   
彼は引き金を引いた。


銃声は、神の雷のように。
石像は、悔恨の色に染まる。










過去と現在が、悪夢の中で絡みあう。
俺は足を踏み外す。













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