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  15













メールボックスを開く。
味気ないビジネスメール。
機械的に処理しながら、一つのメールに目が止まる。
差出人は、Nemesis。



復讐の女神。
















夜更けの地中海を渡る風が、頬を舐めてゆく。
グラスの酒を、又含む。
星も夜と海が混ざり合い、どろりとした闇は引きずり込むように俺を誘う。
それは、まるで復讐の女神のように魅惑的に。





「リカじゃない。」


薄物を纏い、嘗ての大女優が滑るような足取りでやってくる。
「ローサ。
 どうした、俺を殺しに来たか?」
突き刺さりそうに尖った顎を上げ、彼女は俺を一瞥する。
「そうね、あなたを殺してやりたいわ。」
よろける足で、バルコニーに寄りかかる。
「ブラヴォー、こんな美女に殺されるなら本望だ。」
俺はグラスを上げる。
「と言いたいところだが、俺はもう直ぐ殺される運命のようだ。
 手間が省けたな。」
ローサの睫が顰められる。
「なあに?それ。」
「今日、最後の通告が来た。」
訳がわからない、という顔が何故か無性に面白くて、
俺は仰け反り笑い出す。
「『最後の晩餐にご招待したく、何卒一人でお越し下さいますように。』
 時間と場所は、内緒だ。俺だけしか知らない。」
「子供だましの悪戯ね。」
俺は口の端を上げたまま、酒を舐める。
「さもなければ、
 あなたに恋焦がれる誰かからのアバンチュールのお誘いかしら?」
「さあね。」
「そんなものに乗せられて、本当に行くつもり?」
「ああ、もしかしたら俺の息の根を、
 本当に止めてくれるかもしれないお誘いだ。」
ローサの顔に笑みが浮かぶ。
いつものあの高慢な陰ではなく、
どこか倦み疲れた翳りを帯びているのは、この闇のせいか。
「いっそこのまま、二人でこの海に飛び込みましょうか?」
そして俺たちはバルコニーに肘をかける。
俺たちの視線は、決して交差することはない。
「それも・・・・悪くない。」
後れ毛がローサの、いまだに滑らかな額を滑る。
「だが、君にはまだ・・・・生きる場所がある。」


「え・・・・?」
戸惑ったような顔で振り向く女。
銀幕が彼女を包む。
「俺が知る最高の女は、銀幕のローサ・ヘミングだ。」
昔のように頬に唇を寄せる。
あの滑らかな頬が、一時蘇る。
「ブォナノッテ ベッラ。」




よろめく脚を無理やり運び、俺はバルコニーを後にする。
闇は柔らかく、肌に纏わりつき。
タナトスの誘いにも似た昂揚感に酔い痴れながら。








潮気を含む海からの風。
昼間の熱が尾を引くようで、
じんわりと汗が伝う。
寄せて返す波の音は間断無く。
過去の断片が、切れ切れに押し寄せる。



戯れの女たち。
行き交う男たち。
シルエットに浮かぶその姿は、
俺の周りを足早に通り過ぎ。
振り返ることも無く、その人生を歩んでゆく。
顔の無い影だけが、ざわめき歩み去る。



回る幻影の中で、立ち尽くす影は、
ブルー・ブラッドを渇望する俺。




そして琥珀の瞳が、俺を覆い尽くす。







アントワーヌの色だ。
そして、彼の。







波の音は、まだ消えない。















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