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パリの晩秋、人生の僅かな擦れ違い。



それは奇跡にも似て。
抱えている諦観を享楽の影で包んだ、美学専攻の留学生。
留学生仲間だった。
専攻もテリトリーも異なる学生同士が、
いつの間に言葉を交わすようになったのか。



気が付くと、俺は彼に夢中になっていた。
全てにおいて、彼は魅力的だった。
真摯で真っ直ぐな瞳。
斜に構える俺とは違い、素直に気真面目に。
会話をはぐらかす術に、長けていた俺にこの上もなく新鮮で。
やわらかな物腰、なのにその素直さは切り込むような鋭さに。
繊細で純粋な、それはえもいわれぬ美しい魂だった。





緩やかな光りの中で、膝に本を乗せる彼。
戯れに俺はクロッキー帖を開く。
セピアの陽射し、窓にはマロニエの揺れる影。
「面白い?」
顔を上げて、不思議そうに唇を尖らせる。
「何が?」
「俺なんか描いてて。」
「まあな。嫌か?」
「別に。」
琥珀の瞳が、光りを弾く。
「あなたは・・・、デザイナー志望だっけ?」
「まあな、まだ分からない。」
柔らかな鉛筆を走らせながら、俺は笑って答える。
「どんなだろうね、形而上のイメージを形にしてゆく作業ってのは?」
「悪くはない。」
「俺にはよくは、分からないけど・・・」
お前は実学、俺は虚学、お互いのベクトルは全く違っていたけれど。
「だけど、楽しそうだよ。」
くすくすと笑いながら、栗色の髪をかきあげる。
窓辺にセピアの飛沫が散った、ような気がした。


彼は俺のイマジネーションを豊かに刺激して、
そして溢れるように、デザインが沸き上がった。
秋の陽は徐々に細くなりセピアは色を濃く変えて、
だが俺の日々は鮮やかになってゆく。
俺は初めての恋に浮かれるガキみたいに、夢中になっていた。


風に冬の香りが混ざり始めた午後だった。
当たり前のように彼を描く。
「アントワーヌ。」
「ん?」
当たり前のように彼に聞いた。
「俺が、好きか?」
答えなど聞く気もなく。
彼は当たり前のように、俺に答えた。
「うん。」
悪びれることもなく、琥珀の瞳は切り込むように。
「俺もだ。」













石畳を噴き上げる、木枯らしさえ温かかった。
とっておきのシャンパンを抱え、彼のアパルトマンへ。
「六階なのに、エレベーター位ないのかよ。」
へとへとになりながら、俺は彼の扉を叩く。
マロン色のセーターで彼は、扉を開けた。
少しだけ強張った、なんでもないふうな笑顔で。


言葉が空気を揺るがす前に、
俺達はどちらともなく指を絡める。
何故かお互いにお互いの瞳ではなく、指を見詰め合いながら。
古いヒーターの震える音だけが、俺達を包み込む。
「寒くない?」
「お前は?」




そして俺は琥珀の瞳を、やっと見つめる。
琥珀の俺の影が映る。
笑うようにお互いの唇が、静かに揺れて。
お互いにお互いの瞳を宿したまま、唇を触れあわす。
どんな女にもしたことがない程に、静かにいとおしく。



抱きしめあって、触れあって。
この純粋で清らかな魂の入れものは、
無邪気なまでの微笑と、残酷なまでの艶めきを併せ持つ。





ざっくりとしたセーターの下のしなやかな身体。
全てが無垢で包まれている目には見えない皮膚。





俺はひとつひとつ、唇で剥がしてゆく。










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