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「やはり、あなたは私のものにはならないのね。」





凍りついたようなロビーで、女優の芝居がかった声がする。
日常を忘れたい、気だるい日々を生きる女たち。
日常から足を浮かせるには、うってつけの男なのだろう。
お互いに承知の上のアバンチュール、政治屋の奥方といえども同じ事。




ロビーの片隅を通りかかったゆうひが、サングラスの影で俺を見る。
いいかげんにしとけとでも言うように、苦笑いを投げる。
ああ、放っておいてくれ。
見慣れた茶番劇が、幕を開けるだけだから。






「・・・・・・あなたを、愛してるの。」
「お互い、束縛しないのがルールだろう。」
小さく肩を竦め、目を丸くして。



つかつかとこちらに近づいて、ローサの平手が俺の頬へ。
恐らくはこれも、いつか見た映画の焼き直し。
スクリーンで一番に輝いていたあの頃の、粗悪なコピー。
すっかり芝居がかったその仕草に、口の端が皮肉にあがる。
震えるように怒ってはいても、どこかで観客を意識しながら。
俺たちも、彼女にとっては端役の一人に過ぎないのだろう。
これも、恋愛劇の一幕に過ぎないように。




「りか・・・っ !!」


端役がもう一人。
ロビーのソファに、取り巻きのファンを引き連れたパトリシア。
アイラインのきつい瞳を開き、口を丸くして。
気取ったスーパーモデルが台無しだ。
傍らで俺のつかの間の愛人は、満足そうに腕の猫を撫でている。
唇に薄く微笑みさえ、浮かばせながら。






それぞれがドラマの主人公を夢見て。
上っ面だけで、人生を交錯させようと。








奥方の腰を抱いて、コンシェルジェデスクの前を通る。
毎シーズン見慣れた光景だとしても、
セルジオはわずかに心配そうな顔を作る。
「騒がせて、悪かったな。」
「いえ、リカ様。」
そつのない笑みを返されて。
俺は傍らに、さりげなく目を向ける。
浜辺の寛ぎはなりを顰め、今は仕着せのベルボーイの彼に。
今しがたのソープ・オペラなど気が付かぬふうの、
畏まった微笑み、軽い会釈が返ってくる。


何かを問いかけたい衝動を押し隠し、俺は彼女と退場する。
















「あ・・・・・ 失礼致しました。」
扉を開けると、あのベルボーイがワゴンを片付けていた。
「ああ、いいから。」
サングラスを外しながら、俺はビジネスルームへと足を向ける。
リカがこの青年に興味を引かれたらしいことは、薄々気がついた。
なるほどと思わせる、琥珀の瞳、栗色の髪。
だがそれだけでなく、どこか危ういバランスを感じさせる。
午後の陽射しの差し込む部屋で、すんなりとした仕着せを目の端で捕らえる。
動きの一つ一つですら、目を引くなにかを秘めているようで。
彼の感性を揺るがせて、
もしかしたらそれをいつか具現とするのかもしれない。
俺には永遠に手の届かない、豊かで繊細な感性を。


彼の感性を俗に歪めることで。俺はそれを封じ込めているのかもしれない。










『 第一の通告。
 ドン・ファン伝説の悲劇が、今繰り返される。
 汝の罪に対する天の怒りは雷となり、その身を打ち砕くだろう。
 その命の尽きる日が、近いことを覚悟せよ。 』









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