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 5.














栗色の髪。
琥珀の瞳。


天使のように清らかで。
繊細な、
魂。










思い出せない夢から覚める。
テラスの窓は、乱反射して瞳を刺す。
遅い朝、地中海の煌く陽射しは鮮やかに。


「朝メシは、あっちにセッティングさせるか?」
ゆうひがバルコニーを顎で指す。
重い頭を二三度振って、薬の名残を追い出して。
「いや、今日はこっちにする。」


「コンチネンタルでいいか?」
ルームサーヴィスに、ふと悪戯心が忍び込む。
「俺が注文する。」
受話器に手を伸ばし、コンシェルジェのナンバーを押す。





「・・・・ああ・・・・それで頼む。
 鍵を開けて・・・・・・奥の寝室まで、運ばせてくれ。


「・・・・・そうだな、昨日案内してくれた、
 あのベルボーイに。」






受話器をおいて、まだ戻らない頭を抱えながら枕に顔を擦り付ける。
ゆうひが訝しげな目をしながら、今日最初の煙草に火をつける。




「パトリシアは?」
「羽を伸ばしてるだろ、好きにするよう言ってある。」
「いいのか。」
「手一杯だからな。」
「昨日の女か?」
「知った顔は。カトリーヌだけじゃない。」
「そういや、久しぶりに見たな。」
「誰を?」
「ローサ・ヘミング。
 スクリーンより老けてるって、パトリシアが毒づいてたぞ。」
「まあ、あながち外れてもないけどな。」
「より、戻すつもりか?」
「出方次第だ。好きにするさ。」



言葉を絡めながら、目を覚ましていく。
肌を滑るゆうひの手を感じながら、
頭を現実の時間軸にあわせてゆく。












扉にノックが響く。
「失礼します。」
「ああ。」



俯き加減にベルボーイは、ワゴンを押してくる。
すがすがしい朝を象徴するかのような、純白の上衣から長い脚が伸びる。
顔を上げた瞬間に、微かに強張るような笑みが皮膚を走る。


天蓋のダブルベッドの下、陽射しを浴びたリネンの中に男が二人、か。
強張る笑みを皮膚の下に押し込めて、品良く口角を上げる。
「そちらにセットいたします。」


手際よくテーブルが整えられ、香ばしいかおりが鼻腔をくすぐる。







この滑らかな皮膚の下に、時折見せる翳りに俺は興味を引かれ出す。
ウォーマーを外す手は、芝居がかったほどに優雅に。
ヴィスコンティ家の紋章の皿に、品良く並べられたコンチネンタル。
鳥の餌と言えないこともない程度の。
「コーヒーはいかが致しますか?」
「目覚ましだ、注いでくれ。」



そう言いながら、傍らのゆうひの首筋に唇を寄せる。
場所を弁えろとでもいうように、小さく囁く。
「朝っぱらから、やめとけ。」
「一番効果的なんだ、目が覚める。」
首筋に舌を這わせる。



「他にご用がなければ・・・」






絡み合った、舌先。



あげたベルボーイの顔が、歪む。
「キスが、珍しいか?」
その端正な表情に、罅をいれてみたい。
その裏を見せてみろ。
サディスティックなまでの興味に、俺は突き動かされる。



「いいえ・・・・
 大変失礼致しました。」


歪んだ顔に走るのは、嫌悪かと思っていた。
だがその色はどこか違う。
記憶に無理矢理沈め込んだ、悲しみと憐れみを混ぜたような眼差しで、
深く一礼し出ていった。











「何の真似だ?」
コーヒーを流し込んで、ゆうひが尋ねる。
「さあな。」




テラスに広がるのは、一面の地中海。
見渡す限りのプライベ^ト・ビーチ。
海に溶けそうな空を、鴎達が漂う。


「あの、ベルボーイに見せつけたって訳か。」
「何を?」
「ブルー・ブラッド。」
「かもな。」


そう言い残し、テラスへと出て行く。






引きずり込まれそうな記憶の淵から、空を渇望するような瞳をする。
彼はもしかしたら、この混迷の糸巻きからりかを解放するのかもしれない。
それが過去へ向かう破滅に繋がるかもしれない、
解ける糸は諸刃の剣となり、それが良いことなのか俺にはわからない。



ただ、ざらつくような予感だけが、
微かに胸に刺さる音がした。









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