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3.
意匠を凝らした専用のエレベーターが、重々しく開く。
ホールから続くのは、ヴィスコンティ一族を迎える観音開きの扉。
彼はベルボーイらしく、扉を開き部屋の灯りをつけて回る。
「きゃあ!すっごい!」
腕からパトリシアが飛び出してゆく。
灯りに浮き上がる部屋に、ローマの邸宅から運ばせたインテリアが並ぶ。
ユウヒはいつもの様に、カウンターバーに向かう。
「では、何かございましたら、フロントにお申しつけ下さいませ。」
決まり文句をにこやかに呟いて、一礼する。
少し癖のあるフランス語。
記憶の何処かが軋む。
「ああ、ありがとう。」
何の気無しに、チップを差し出す。
微笑はそのままに、薄い皮膚の下を緊張が走る。
長い指が握り締められ、顔がこちらに真っ直ぐに向けられる。
「いえ、失礼ながら頂けません。」
そういって、きびすを返して出ていった。
微かな不協和音が、響く。
「ねえ、ねえ、どおしてあたしだけ部屋が別なのお?」
「君は特別室だ。
昔のこの館の、女主人の間。」
「でもぉ、折角一緒に来たんだし。」
パトリシアはソファで足をばたつかせる。
これも一種のゲームなのだろう。
時と場合によっては、可愛いと言えないことも無いんだが。
俺はどうも上の空で、まともに相手する気にもなれず。
「おい、ユウヒ、なんとか言ってくれ。」
カウンターで酒を見繕っていたユウヒが、やれやれという顔を上げる。
「じゃあ、ユウヒが行けばいいじゃない。」
「俺は仕事があるから、こっちのスイートが都合いいんだ。」
顎でビジネスルームを指す。
「ええっ、仕事するのお?」
「当たり前だろう、ドンファンブランドは今日も動いてる。」
「さあ、パトリシア、納得したら部屋へいって。」
「じゃあ、リカ。後でカジノへ連れてってくれる?」
甘えたように、小首を傾げる女。
潤んだ目で、媚びたように見上げて。
「ああ、ディナーの後で。
うんと美しくしておいで、君は注目の的だ。」
そして気の入らない、情熱的なキスをひとつ。
追い出そうという気など、微塵もないかの様に。
「俺達は、しばらく打ち合わせだ。」
「来て早々、何を打ち合わせるんだ?」
琥珀の液体を小さく舐めながら、笑いを押し殺したユウヒが呟く。
「さあな。」
俺はカウチに沈むように寝そべって。
「圧迫感のある絵だな。」
壁にかかる大きな額を、ユウヒはうんざりとしたように眺める。
「なんか、悪いか?」
「いや、まあ、のしかかる女か。」
「ドンファンとしては、悪くない。」
「女にのしかかられるのがか?」
「手間が省ける。」
「まあ、そうだな。」
下らない言葉遊びで、苛立った神経をほぐす。
「俺にも作ってくれ。」
「昼間から、珍しいな。」
「車が長くて、疲れた。」
組んでいた長い脚を降ろし、ユウヒは又カウンターへ。
俺はカウチにだらしなく寝そべったまま、高い天井を見上げる。
眼差しに篭められたものは、一体何だったのか。
マスコミで見なれたトップデザイナーへの興味。
ホテルのオーナー一族への敬意。
いや、そんなものではなくて、
あえて言うならば、敵意に近い色合いを潜ませた。
「グラスは、どれにする。」
アイスボックスから氷を取り出しながら、ユウヒが声をかける。
「適当に。」
気にかけるようなことじゃない。
たかが、ベルボーイだ。
「見た顔がうようよしてたぜ、フロント。」
「そうだったか?」
「来るたびに女遍歴を重ねてりゃ、そのうちロビーには昔の女しかいなくなる。」
別に誘ってるわけじゃない。
来るものは拒まず、去るものは追わず。
こちらから執着するのを避けるには、それが一番だ。
「シュールな光景だな。」
笑いながら、グラスに口をつける。
「だけど寝室には、招かない。」
「ここで、充分広い。」
壁の絵を眺めて、カウチで身体を伸ばす。
「女の横では眠れない、ドンファンか。」
「ああ、どうとでも。」
アルコールでなんとか覚醒させて、身体を起こす。
バスルームで時間を潰して、そしてホテルの夜に紛れよう。
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