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  2.










レジーナ・ビアンカ。
ヴェネチアンスタッコに、照り返す陽射し。
鮮やかな白壁、紺碧の地中海。




「うわあ!サイコー!」


こいつの語彙は、片手で数えられるな。
サングラスの中で瞳だけ動かして、俺は窓の外へ目を向ける。
緩いカーブを描き、車寄せに滑り込む。
ホテルのスタッフが、ずらりと玄関に居並ぶ。


「ねえ、ねえ、あのヒトたちどうしたの?」


いいかげんにしろとでもいうように、助手席のゆうひが舌打ちする。
「ここの大株主なんだよ、ヴィスコンティ一族は。」
「ふうん。」


分かったのか分からないのか、まあそんなことどうでもいい。
愛玩犬と同じだと思えば、腹も立たない。
媚びて素直で、連れて歩くのに相応しい。
ならば、拒む理由など無い。


車のドアを、支配人が恭しく開く。
降り立ち傍らに手を伸ばす。
「さあ、お姫さま。到着だ。」


ドンファンよろしく、貴族らしい上っ面の微笑を纏う。













腕に女を纏わりつかせて、この上もなく優雅にフロントに足を踏み入れる。
馴染んだ大理石、毛足の長い絨毯、いかにも上流という客どもが影のように。
最上階のフロアは、実質なオーナーのヴィスコンティ家の為に、
常にリザーブしてある。



「リカ様、ようこそ。」



コンシェルジェが挨拶に飛んでくる。
そつのない人好きのする笑みを浮かべ、
たしか、セルジオとかいったはず。
このホテルの格式に相応しい、優雅なホテルマン達。
最上のホスピタリティを心得た、選りすぐりの容姿のものばかり。



「お荷物はお部屋の方へ。」
「ああ、ありがとう。」
「ご案内いたしますか?」
「いや、キーを。」








「ねえ、ねえ、すっご――い!」
纏わりついていた女の声がする。
時代物の調度品があしらわれたロビーで、すっかり舞い上がっているらしい。
「いいのか。」
「放っとけ。」


彼女の血が、貴族に混ざるわけじゃない。
今、心地よく過ごせる、それだけの関係だ。
帰るまで、もてばいい。



「痛ったあい、っ!」



ロビーに声が反響する。
セルジオが駆け寄る。
「従業員が、失礼致しました。」
「ちょっと!ちゃんと前見てよ。」
やれやれ、よそ見していたのはパトリシア、お前だろう。
白い仕着せのベルボーイが、セルジオと何度も頭を下げる。
居丈高に膨れっつらは、このホテルには似合わない。
仕方なく俺は足を向ける。



「パトリシア。」
「だって・・」
「さあ、機嫌を直して。」
軽く頬に唇を触れる。


「失礼致しました。」
ベルボーイは栗色の頭を下げたままだ。
「いや、こちらも悪かった。慣れていないものでね。」
強張ったような顔が上がる。






「申し訳ございませんでした。」



額に一房の、栗色の巻き毛。
その下の、煌くような琥珀の瞳。



被る面差し。






「すみません、夏は人手が足りないもので。
 後で厳しく叱っておきます。」
セルジオの傍らで、恐縮するような顔をしながら、
探るように俺を見つめる。
それは、なにかを問いかけるような、
なにかを責めるような。



「いや、その代わり。」
キーを差し出す。
「君に・・・
 部屋に案内してもらおうか?」







探る瞳は驚いたように見開かれ、
長い指の間に、キーが落ちる。





「かしこまりました。」
もうお仕着せの笑みで、顔を覆う。
整った輪郭、形のよい鼻梁、品よく弧を描く口元、
モデルを見なれた目にも、その面差しの上等さは余りある。









「名前は?」



「タニ、です。」












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