水をはらずにコメづくり 新たな稲作のかたち

水をはらずにコメづくり 新たな稲作のかたち
「田んぼに水をはらずに、コメづくりをしている生産者がいる」

そう聞いて、埼玉県の生産者のもとを訪れました。取材を進めると、これまでに比べてより効率的にコメづくりが行え、少ない人数でも大規模に生産できることがわかりました。

将来的に農家の数が減っていくことが予想されるなか、どのようにコメづくりを維持していくのか、そのヒントになる取り組みを取材しました。
(経済部記者 佐野裕美江)

水をはらないコメづくり

埼玉県杉戸町にある従業員5人の農業生産法人で、年間およそ600トンのコメを生産する山崎能央さん(50)。

110ヘクタールの田んぼのうち、およそ10ヘクタールで“水をはらずに”コメをつくっています。
この生産方法は「節水型乾田直播栽培」といいます。

一見、畑のようですが、水をはらない状態の田んぼに種をまいて、芽が出たあとも水をはらずに稲を育てるものです。従来の水田に比べると、大幅に省力化できるのが特徴です。

労働時間を7割削減

通常、水田で稲を育てる場合、土をおこして、水を張ってならし、その作業の一方で苗を育て、苗が育ったら田植えをします。その後、収穫前まで長期にわたって水の管理が欠かせません。

一方「節水型乾田直播栽培」の場合、耕した土に、直接、機械を使って種をまきます。
土が乾いたら水をまきますが、山崎さんの田んぼでは去年、雨水をうまく活用し、収穫までの水やりを多いところでもわずか5回に抑えることができました。農家の繁忙期にあたる4月から7月中旬の労働時間をおよそ7割減らせたほか、設備や機械のコストも6割削減できたといいます。
ヤマザキライス 山崎能央代表
「たとえば苗づくりでは、生育ステージによって適した温度と水の量が変わるなどきめ細かな管理が求められる。乾いた田んぼに種をまくやり方は多少収量が下がるが、そちらに移行することで私もスタッフも体が休まる。余った時間でデジタル化を進めて精度の高い農業ができる。休みも増えていいことばかりだ」

収穫量は?気になる味は?

気になるのはコメの出来栄え。

去年、山崎さんがこの方法で作ったコメの収穫量は、※水をはった田んぼに比べて、10アールあたり30キロから40キロ、率にして7%から8%減ったということですが、多くが1等米の評価を得るなど、品質はよかったということです。
私もこの方法で作ったコメを試食させてもらいました。

一つ一つの粒が大きく、甘みを強く感じました。
山崎能央さん
「正直、あまりおいしくないコメができるのかなと最初は思っていたが、全くの逆でだった。去年は猛暑で高温障害のリスクもあったが、この栽培方法のほうがコメの品質がよかったというのが実感ですごく驚いた」

カギはビール酵母

実はこれまでも乾いた田んぼに直接、種をまいて生産する方法はありました。ただ養分が不足してしまい生育が安定しないのが課題でした。その課題を克服できるようにしたのが「ビール酵母」を活用した液体肥料の存在です。
大手ビールメーカーのグループ会社が独自の技術で開発しました。「ビール酵母細胞壁」というビールを醸造するときの副産物が含まれています。
この液体肥料には植物の病原菌に似た成分が含まれていて、種や葉にふきかけると、植物が病気に感染したと勘違いするそうです。すると植物は養分をたくさん吸収しようと細かい根を張りめぐらせます。これによって液体肥料を使わなかった場合に比べてより多くの養分を吸収し活発に生育するということです。

こちらの写真は去年9月、北海道網走市で育てられた稲です。
液体肥料を葉にふきかけたところ、丈も長く葉の色も濃くなりました。

各地でのこうした取り組みもあって、液体肥料の原料を開発した会社には去年に比べて10倍近くの問い合わせが来ているそうです。
アサヒバイオサイクル 上籔寛士部長
「中山間地など課題を抱えている生産者からの問い合わせが多くなっている。まだまだ新しい栽培技術になるが、これから先の農業を安定的かつ持続可能なものにしていくために実績を積み重ね、生産者にとってより使いやすいものにしていきたい」

効果的な利用のために

ただこうした液体肥料の活用はまだ始まったばかりです。原料を開発した会社では、山崎さんたち生産者と頻繁に打ち合わせを行い、どのくらいの濃度で液体肥料を使用するのが効果的か検証しています。

また田んぼに生える雑草にどう対処するかや同じ場所で同じ作物を栽培し続けることで生育が悪くなる「連作障害」が起きないかなどが課題としてあります。山崎さんたちは今後、数年単位で検証することにしています。

若者が参入しやすい農業に

山崎さんはことし、この方法での栽培面積を去年の3倍のおよそ30ヘクタールに拡大しました。また生産方法やコストなどを公開し各地の農家に普及させることで、コメづくりの担い手の確保にも貢献できたらと考えています。
山崎能央さん
「コストを下げて利益体質の農業をやっていくことで、若者が参入するような農業にして、世代のバトンタッチができるようにしていかなければならない。これからコメづくりの担い手を増やしていくには、コストなどがボトルネックになってしまう。水をはらない作り方と既存の水をはった作り方を併用して、両方を使い分けながら適地適作でどんどん生産を拡大していきたい」

持続可能なコメづくりに向けて

農林水産省の試算によりますと、コメなどを生産する農業経営体の数は、2020年の60万から2030年には27万と半分以下に減る見通しです。新しい技術を取り入れながら、いかに少ない人数でコメづくりを続けるかが課題になっています。

足もとではコメの価格高騰が消費者の生活に大きな変化をもたらしていますが、産地ではどう安定的に供給を続けていこうとしているのか。消費者である私たちも将来的なコメづくりのあり方を考えていく必要があると感じました。
(5月8日「おはBiz」で放送)
経済部記者
佐野 裕美江
2016年入局
青森局やむつ支局を経て現所属
外食、食品業界などを取材
水をはらずにコメづくり 新たな稲作のかたち

ビジネス
特集
水をはらずにコメづくり 新たな稲作のかたち

「田んぼに水をはらずに、コメづくりをしている生産者がいる」

そう聞いて、埼玉県の生産者のもとを訪れました。取材を進めると、これまでに比べてより効率的にコメづくりが行え、少ない人数でも大規模に生産できることがわかりました。

将来的に農家の数が減っていくことが予想されるなか、どのようにコメづくりを維持していくのか、そのヒントになる取り組みを取材しました。
(経済部記者 佐野裕美江)

水をはらないコメづくり

水をはらないコメづくり
埼玉県杉戸町にある従業員5人の農業生産法人で、年間およそ600トンのコメを生産する山崎能央さん(50)。

110ヘクタールの田んぼのうち、およそ10ヘクタールで“水をはらずに”コメをつくっています。
この生産方法は「節水型乾田直播栽培」といいます。

一見、畑のようですが、水をはらない状態の田んぼに種をまいて、芽が出たあとも水をはらずに稲を育てるものです。従来の水田に比べると、大幅に省力化できるのが特徴です。

労働時間を7割削減

労働時間を7割削減
通常、水田で稲を育てる場合、土をおこして、水を張ってならし、その作業の一方で苗を育て、苗が育ったら田植えをします。その後、収穫前まで長期にわたって水の管理が欠かせません。

一方「節水型乾田直播栽培」の場合、耕した土に、直接、機械を使って種をまきます。
土が乾いたら水をまきますが、山崎さんの田んぼでは去年、雨水をうまく活用し、収穫までの水やりを多いところでもわずか5回に抑えることができました。農家の繁忙期にあたる4月から7月中旬の労働時間をおよそ7割減らせたほか、設備や機械のコストも6割削減できたといいます。
ヤマザキライス 山崎能央代表
「たとえば苗づくりでは、生育ステージによって適した温度と水の量が変わるなどきめ細かな管理が求められる。乾いた田んぼに種をまくやり方は多少収量が下がるが、そちらに移行することで私もスタッフも体が休まる。余った時間でデジタル化を進めて精度の高い農業ができる。休みも増えていいことばかりだ」

収穫量は?気になる味は?

気になるのはコメの出来栄え。

去年、山崎さんがこの方法で作ったコメの収穫量は、※水をはった田んぼに比べて、10アールあたり30キロから40キロ、率にして7%から8%減ったということですが、多くが1等米の評価を得るなど、品質はよかったということです。
私もこの方法で作ったコメを試食させてもらいました。

一つ一つの粒が大きく、甘みを強く感じました。
山崎能央さん
「正直、あまりおいしくないコメができるのかなと最初は思っていたが、全くの逆でだった。去年は猛暑で高温障害のリスクもあったが、この栽培方法のほうがコメの品質がよかったというのが実感ですごく驚いた」

カギはビール酵母

実はこれまでも乾いた田んぼに直接、種をまいて生産する方法はありました。ただ養分が不足してしまい生育が安定しないのが課題でした。その課題を克服できるようにしたのが「ビール酵母」を活用した液体肥料の存在です。
大手ビールメーカーのグループ会社が独自の技術で開発しました。「ビール酵母細胞壁」というビールを醸造するときの副産物が含まれています。
この液体肥料には植物の病原菌に似た成分が含まれていて、種や葉にふきかけると、植物が病気に感染したと勘違いするそうです。すると植物は養分をたくさん吸収しようと細かい根を張りめぐらせます。これによって液体肥料を使わなかった場合に比べてより多くの養分を吸収し活発に生育するということです。

こちらの写真は去年9月、北海道網走市で育てられた稲です。
液体肥料を葉にふきかけたところ、丈も長く葉の色も濃くなりました。

各地でのこうした取り組みもあって、液体肥料の原料を開発した会社には去年に比べて10倍近くの問い合わせが来ているそうです。
アサヒバイオサイクル 上籔寛士部長
「中山間地など課題を抱えている生産者からの問い合わせが多くなっている。まだまだ新しい栽培技術になるが、これから先の農業を安定的かつ持続可能なものにしていくために実績を積み重ね、生産者にとってより使いやすいものにしていきたい」

効果的な利用のために

効果的な利用のために
ただこうした液体肥料の活用はまだ始まったばかりです。原料を開発した会社では、山崎さんたち生産者と頻繁に打ち合わせを行い、どのくらいの濃度で液体肥料を使用するのが効果的か検証しています。

また田んぼに生える雑草にどう対処するかや同じ場所で同じ作物を栽培し続けることで生育が悪くなる「連作障害」が起きないかなどが課題としてあります。山崎さんたちは今後、数年単位で検証することにしています。

若者が参入しやすい農業に

若者が参入しやすい農業に
山崎さんはことし、この方法での栽培面積を去年の3倍のおよそ30ヘクタールに拡大しました。また生産方法やコストなどを公開し各地の農家に普及させることで、コメづくりの担い手の確保にも貢献できたらと考えています。
山崎能央さん
「コストを下げて利益体質の農業をやっていくことで、若者が参入するような農業にして、世代のバトンタッチができるようにしていかなければならない。これからコメづくりの担い手を増やしていくには、コストなどがボトルネックになってしまう。水をはらない作り方と既存の水をはった作り方を併用して、両方を使い分けながら適地適作でどんどん生産を拡大していきたい」

持続可能なコメづくりに向けて

農林水産省の試算によりますと、コメなどを生産する農業経営体の数は、2020年の60万から2030年には27万と半分以下に減る見通しです。新しい技術を取り入れながら、いかに少ない人数でコメづくりを続けるかが課題になっています。

足もとではコメの価格高騰が消費者の生活に大きな変化をもたらしていますが、産地ではどう安定的に供給を続けていこうとしているのか。消費者である私たちも将来的なコメづくりのあり方を考えていく必要があると感じました。
(5月8日「おはBiz」で放送)
経済部記者
佐野 裕美江
2016年入局
青森局やむつ支局を経て現所属
外食、食品業界などを取材

あわせて読みたい

スペシャルコンテンツ