書類から目を上げる。
三杯目のグラスを干す。
暖炉のはぜる音が耳につき、今夜はなぜか仕事が進まない。
久しぶりに大和組の霧矢が来ていた。
たには霧矢の部屋に行ったきりだ。
溜まった仕事もあることだし。
積もる話しがあるだろうと分かった風に送り出した。
もう今日も終わる時刻、まあ飲むならばこれからが本番というところなのだろう。





部屋が不思議と広く感じる。





無理やり紙を繰り、目頭を揉む。
なんとか書類が片付いた頃そっと扉が軋む。
「あ、りかさんまだ起きてたの。」
扉から顔だけ出して、ばつの悪い子供のように呟く。
「仕事が、溜まってたんだ。」
書類から目も上げず、我ながらぞんざいな言葉が口をつく。

「ごめん、遅くなって。」
更にばつの悪そうな返事に、なぜか苛つく自分。
「積る話もあるんだろう、奴も。」
妙に苛つく自分に、なぜかしら腹が立つ。
「ん、ていうか、
 ・・・・・なんか、俺ばっかり話してたカンジかも。」



言葉が途切れ、白けた空気が部屋に漂う。
たには少し考えるようにして、言葉を探している。
「眠いから・・・・・・先に風呂入るね.」
行きかけるたにの腕をつい、掴んでしまった。
「何?」
黒い瞳がこちらを見上げる。
いつの頃からだろう、俺を信じきった眼差しが日常となっている。
なのに、あの頃の事が不意に甦る。
蛹が孵り飛び立っていく不安に、重ねた夜を。
たにの眉が僅かに顰められる。





「疲れてるの?」










言葉の意味など、どうでもよかった。
なにかが心からせりあがる。
力任せに引き寄せ、顎を捻り上げる。
噛みつくように口付けると、それでも舌を返そうとする。
愛おしさが込み上げる。
そんな自分に又苛つく。
思わず歯を立てると、錆びた血の味がした。


・・・・なにをしているんだろう、俺は。




「っつ、ひでえよ、何、急に。」
たには口を尖らせて、目を見開く。
俺に答えが見つかろう筈もなく、
ただ、もやついた不安に引きずられ、そのままベッドに引き倒す。
「何とか、言えよ、やだよ、こんなの。」
たにの必死に叫ぶ声が聞こえる。
うっすらと浮かぶ涙さえも、認識する。
なのに、なぜ俺は手をとめない?


ひきずられる不安感。
それは、俺が今まで感じた類のものではなかった。
心のどこかであったはずなものだろうけれど。
あの夜に、あの月の下で。
顕在化するほどに、ひきずりだすのは、
たに、という存在なのか。
混乱しながらも、彼へのどうしようもないまでの衝動に駆られている。
まるで、動物だな・・・・と苦く笑いながら。






愛おしさと苛立ちに、言葉が消えて行く。
ボタンを外すのももどかしく、手の中で服が破れる。
「りかさん?」
たにの声は、もう落ち着きを取り戻している。
俺よりも、遥かに。
困ったように抗う手を、掴み上げ身体中唇を這わせる。
「りかさん?」
皮膚にうっすらと、ゆるやかな不安が漂っているだけだ。
立てた爪が赤い筋となり、身体中を彩る。
粘つくように、ベッドが軋む。
俺はその、しなやかな肩甲骨に口付け
縋るように抱きしめる。




「・・・・りかさん?」

「・・・・りかさん?」


あの声が心臓を舐める。



疼く苦痛が快感に変わり、喘ぎ声が洩れて。
あの頃と確かに違う声に、どうしようもなく溺れる。
あたる背が反り返り、喘ぎが嗚咽に変わる。


そしてやっと俺の行き所のない不安が和らいでゆく。


わずかに。
ゆるやかに。



いつか逃れられる日は来るのだろうか?










「俺と、沈むか。」
耳元を舐め上げる。



「天国は、諦めろ。」



俺の下で、ちいさく頷く首。
抱き締め、縺れ。








そして、二人沈んでしまえるならば。


























← Back    Next →










1
SEO