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吉屋かめ乃
「 わたくし、少しく食べすぎてしまったみたい。
踊れやしないわ。」
「まぁ、それは踊ってくださるお姉様がいらした時にでも悩みなさいな。」
「もう、いじわるねぇ 」
足早に講堂へと戻る生徒たちの中に紛れるようにして、
薫子、あかね、千佳子たちも、桜色のマァガレットを手に手に
隅のほうへ身をおいた。
楽団が音あわせを終え、講堂を壁伝いに少女たちが取り囲む。
名残を惜しんでいたヴァイオリンが一音を引き取ると
講堂は一気に期待をはらみ、
満たされた静寂を、まるで秘密のご馳走かのように
皆、押し黙ったまま分けあう。
舞台裏につながる扉から姿をあらわした
セーラー服のままの安蘭の靴音が響くと、
至る処がひかえめにざわめく。
――――瞳子お姉さまの投票札がなかったのは、このためなのね。
――――嗚呼、残念。来年までおあずけだなんて_。
安蘭のよく通る声が静粛をうながす。
「 これより、二拾五年度葉山フェアウェルパーティー午後の部、
ダンスタイムを開催いたします。
既に皆様から誤投票戴いておりました二、三年生の方々から
七名の方にご準備戴いております。
一名ずつ、御紹介もうしあげます。」
まひるが内側から扉を開き、その傍らに控える。
「 まず、三年生の・・・ 絵麻緒ぶん様。 」
扉の奥の闇から、あざやかなワインレッドが覗くと
講堂の熱をかきまぜるように、しなやかにマントが翻る。
若さからの好奇と姿を見せた期待の主の登場に、
堪えきれず、いくつもの歓声があがる。
襟のフリルが華やかに映える灰銀のブラウスに、
ワインレッドの情熱的なズボン、マント。
マントをうつくしく操る指先、その笑顔に魅了される。
そしてその胸に咲いた白いマァガレットの行く先こそが、
ぶんの想い人、お気に入りのひと、ということで
一曲を踊る相手となるのだ。
すべての視線が、ぶんの足取りに息を飲んで集中する。
「 えっ ・・・・・ 」
ぶんは、わざと生真面目な顔をつくって、
目の前のまひるに一礼した。
「 あなたが生徒会を手伝ってくださるようになって、
勢いがよくって、気分がいいと思っていたのよ。
とても、気が合うと思ったのよ。これは、本当。
来年には学園を離れてしまうなんて、生徒会には痛手だわ。」
まひるは差し出されたマァガレットを感激の泪でつつみ、
如何にも大切なものを扱う所作で、自らの右の耳にさした。
「 _ありがとう、ございます!
でも、ぶんお姉様のいらっしゃらない学園に居たって
仕方ありませんもの! 」
改めて微笑みあい、手を取り合って
ワルツのための定位置へとすすむ。
「ぶんお姉様の一曲目のお相手は紺野さん・・・ 」
「 大丈夫よ、まだ二曲もあるのだから、機会はあるわよ。」
「でも三曲目は、とっても短いメヌエットですもの。嗚呼・・・ 」
「くだらないわ、どうして殿方の格好をなさった女性などと
踊りたがったりするのかしら。 」
「 あなた、それは幼い否定ってことよ。 」
「 そうかしら? そんなことはないわ! 」
「ああ、そう。」
「ぶんお姉様、すてき・・・」
「千佳子さんの陽子お姉様は、どのようなお姿かしらね。」
「や! あかねさんったら、千佳子さんの・・・だなんて!!」
「世の中に、あんなにうつくしい殿方はいらっしゃらないことよ。」
「ええ、ええ。」
ざわめきが一定の時をおいて静かに引いてゆくと、
安蘭は押さえる人のいなくなった扉に椅子をあてて、元の位置に戻った。
「 お二人目は・・・ 夢輝熱子様。 」
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