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吉屋かめ乃
本当は照りつける日差しよりもずっと激しく、非常な熱をもっているというのに
わたくしは装い続けねばならない。
計算された冷血では太刀打ちできない相手、薫子に。
薫子は根津・・・か。
.
どこかへ、と口から出してしまった誘いの言葉を
律儀に実行せねばという気分になっていた。
間もなくお誕生日をむかえる薫子に、洋風のカアドでも贈ろうか。
そういえば、大川の花火も近いわね。
午後過ぎには到着するであろう客のために
応接間と客間を整えさせ、
淳子は品のいいレース模様を刷ったカアドに
祝福の言葉をならべ、その先を思案して万年筆を弄んでいた。
卒業を控えたこのとしになると
周囲は婚姻話ばかりになっている。
あの月湖すら、そのような御用事でおうちに引き戻されているというのだから
ひかるが投げやりな気持ちになるのも、無理はない。
薫子にも、そんなお話がいつ舞い込んだとして不思議はないのだ。
そうわたくしにも、ね。
くだらない、世の中だこと。
「お嬢さま、お客様がお見えですよ 」
陽子はつばの広い帽子を斜めに被り、
大きな革鞄を携えているというのに、汗もかかないで現れた。
「 よくいらしたわね、お暑かったでしょう。
氷菓子を準備しておきましたから、 どうぞ」
「恐縮でございます。
人力の風が気持ちようございましたわ。」
口元には、にこりと笑みさえ浮かべて。
あの日から陽子は、迷いのふっきれたような空気を滲ませた。
正しくは ふっきった、のでしょう。故意に。
そんな貴女がこの邸へ参じたいと示したりするのは、
わたくしにとっては、きっと貴女が思っているよりも良きことなのよ。
掻き混ぜるような素振りが、
わたくしの熱を一時なりとも冷ましてくれる。
いいえ・・・もしかすると、そこが着火点になる場合も、
あるかもしれないけれど。
帽子をとった陽子は、清しいくらいの印象だった。
わたくしは貴女と顔を突き合わせて、氷菓子を口に入れる。
猛暑に瞬間、ひやりと漂った冷気は すぐに絨毯へ落ちて消え失せた。
淳子お姉様から、お祝いのカアド !
門の引き戸を慌てて閉め、急いで部屋への階段を駆け上る。
とてもきれいなレースのプリント。
嗚呼、どうしよう 指が固くなってしまってわたし。
震えをおさえて鋏をすべらせ、細く封をといてゆく。
いい香り。
『 Happy birthday KAORUKO
お誕生日御目出とう御座ゐます。是れよりの十五歳の一年も、
貴女にとつて素晴らしくありますやう、願はずに居れません。
ご帰省ののち如何お過ごしでせう。此方には大空さんが、
ちかぢかいらっしゃるの予定。貴女がいらっしゃらないことが、残念。
妾が今夏どちらかへ、と申しましたのを覚へてゐますか。
葉月壱拾日に大川の花火大会が催されます。ご都合宜しいやうでしたら
是非、薫子さん大空さんと愉しみたく存じます。
だうぞお考へくださいね。暑さにお気をつけになつて。
じゅん 』
美しく流れる筆跡は、まだ青々とインクをのせたばかりであるように
わたしの眸をうるませる。
わたしなどの誕生日を覚えていただいて、こんなに素敵なカアドまで。
お姉様は、おやさしい。
陽子お姉様はもういらしてるのかしら。
ふと心が空になると、そればかりを思っていた。
淳子お姉様はたしかに、わたくしのこころを揺さぶる大きな存在。
けれどわたしは、
もっと雑多な、もっと普遍的な様々の事柄にも相変わらず目を奪われていたし、
はじめは淳子お姉様も、そのようなもののひとつに過ぎなかったのです。
でも、こころが空になった時に現れるものだけは
他の何物とも違うことを、わたしは知って――――
「 足らないものはなくて? 」
「えぇ・・嗚呼、そう 淳子様 」
邸をひととおり歩き、客間を開ける。
「花火大会ですって?」
「 そう、大川の。おかしいかしら 」
「…いいえ。」
「お気に入りの浴衣はお持ちになっている?
貴女は洋装が多いから。」
「ええ、御座います。 ・・・薫子も、誘われたのですね。」
雨戸を閉じて振り向くと、陽子が思いのほか近い。
「 そうよ」
頬をなでた手は、躊躇いは見えないのに小刻みに震えている。
そのまま接吻ける。
どちらも、目を閉じたりしない。
そのまま離れる。
「・・・なぁに?」
思わず、小さく笑いがこぼれてしまう。
「貴女がそうしたいのは、わたくしではないでしょう 」
頭に血が上る。
・・・知っている。
だからといって、薫子にわたくしを近づけるようなことをなさっていいの?
花火に御一緒に、ですって?
「お休みなさい。」
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