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                        吉屋かめ乃 








「 淳子さ ま … 」


講堂が息をのむ


「淳子お姉さま ・・・! 」



穏当をとりつくろって、苦し紛れにほんのすこし口角を上げる。
あの子を見つける。
わたくしとあの子をつなぐ直線を歩む。
わたくしが何を求めているか 知らしめ、突き通すように
着実に。
美しい、薫子。

わたくしの畏れが、あなたに伝わるかしら・・・?



凡ての視線はゆらゆらと歪んで、マーブルに溶けて淳子をとりまく。
淳子は左手に花を、右手に白いエナメルの靴をさげて、
温水のなかを進む。

ラインの流麗な、黒燕尾。

ひときわ映えるしなやかな物腰は、どうしても特別だった。
端厳な美しさは
ゆるやかに、講堂を切り裂いてゆく。



それは儀式のように象られたものなどではなく、
もっと、熱情的でありながら、厳かに潔癖な
まるで立ち入ることを許さない気風が瀰漫しているようだった。





「 ――――――!! 」

陽子は思わず、一歩ふみ出す。
円舞の輪から抜け出して淳子様を阻むには
此処は遠すぎる!

薫子は、――――





薫子は身体中の血液が抜けてしまったような、不安定にただよう心地で、
けれど、律するようにおのずから涌き出た、
少女から一歩ふみ出た完全な真剣さに縛られて
薫子は淳子を受けるために正面を向いていた。
理由や、因縁を考える余裕はなかったし、
それは淳子をみれば、取るに足らない、過ぎたことのようにも思えた。


隣にいる筈の千佳子が感じられない。
ほかの、凡てが






篤実な眼差しを掲げ、薫子はマァガレットの茎を震える手でゆるく支え、
淳子と対峙する。





微笑まない淳子が、白い靴を薫子の足もとにそろえる

薫子が、一瞬のゆらぎののち、確かな動作で靴をはきかえる

淳子の白魚の指が、薫子の髪をすくって耳元を白いマァガレットで飾る


底からひび割れるような痛ましい動作の交換は
淳子と薫子を、今まででもっとも近付ける。



公然と、魂を触れ合わせること。







「 すてき・・・」
「淳子お姉様は、・・・・」
「 ・・・薫子さん・・・」




なんということをなさるの。

もし、もし貴女と薫子の噂が手のつけようもなくひろまったら、
貴女方は厭でも離れなければならなくなる。
そんな覚悟がおありだと云うの?!
それとも、それすら望んでいると・・・

「陽子おねえさま・・・素敵、ですわね、淳子お姉様と、薫子さん!」
「 ・・・ね 」
「まるで西洋の王子様と、お姫様のようでございますね!」




淳子が気を緩めるように目を伏せて、薫子に手を差し伸べようとしたとき
薫子の腕がつとのばされる。
胸に飾られた薄桃のマァガレット。
不意の行動が薫子らしいと、圧し込めるようなひそやかな感動が咲く。




「 いいえ、 まるで・・・御姉妹のようだわ・・・」




華奢な手が重ねられる。
魂がふるえる。





「 ・・・よろしいでしょうか。では、お願い致します。 」



皇帝円舞曲。
ワルツ王シュトラウスの、ウィンナ・ワルツが続く。
仕方のないことかもしれないが今は、大日本帝國を謳う盲いた男たちの趣味が香る。




陽子お姉さまに教えて戴いていてよかった・・・!

どうにか淳子お姉様についていく。
淳子お姉様は手馴れたふうに、わたくしをリードしてくださる。
熱病で今にも倒れてしまいそう・・・
お姉様の手が背中をささえてくだすって、
わたしの手がお姉様の肩にかかって、
組み合わせた片手はふかく絡んで、そこから溶け出してしまいそうだった。





シュトラウスの運んだ夢が終りをむかえる。



すこし呼吸をはやめ、淳子お姉様はわたしに微笑む。
わたくし、だけに
そして、潔く離れたかと思うと、そのまま講堂を出て行ってしまう。





「 淳子様が・・・ !」
「三曲目は踊られないということ?!」
「そんな~っ! 」
「あ、大和さんが」



このままこの場にいることなんて出来ない。
淳子お姉様を追うわけではない
落ち着かなくては、しっかりとしなくちゃぁ・・・





淳子に続いて講堂を出て行く薫子の姿に、
たまらなくなって陽子は出口に足を向けた。
わたくしは何をしたいの。
わたくしは薫子を、淳子様を、 傷つけたいの・・・?

いいえ、それどころではない。
二人を通じ合わせてはいけない。
わたくしが誰にどう思われようと、
今は、それだけを・・・


「 陽子お姉様!! 」


やめて、わたくしは理性を振り切りたい


「あの・・・白羽となみと、申します。
 わたくしと、踊って戴きたいのです・・・・お願い、致します! 」



「・・・・・・・・・ええ、解りました・・。」







モーツァルトのメヌエットが鳴り出す。
陽子は講堂の外へと思いを飛ばしながら、となみの手をとった。










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