TOP
43
會津ニ十
南国のばらが、華やかな余韻を残して終わる。
あと二曲 ・・・・・・みなさまどうなさるのかしら。
講堂のただならぬ雰囲気に気圧されそうになりながら、佳代子は優雅に礼を返す。
静謐な空気に慣れている身には、女生徒達の熱気はいささかこたえる。
又、どなたかを探すのも大儀なことなのだけれど。
その戸惑った空気を察したのか、星代が不思議そうにこちらを見つめる。
「あ、あの、佳代子お姉さま。
本当によい思い出になりました、どうも有難う御座いました。」
生来の控えめな性質から、回りの少女達の雰囲気にいたたまれなくなったのか、
星代が感謝を込めて、それでも名残惜しげに微笑んだ。
「佳代子さまは、お相手をお代えになられるようよ。」
期待を込めた囁きとまなざしが、講堂中で交わされる。
でも、どなたかを見繕うような失礼な真似はとてもできそうもないわ。
そんなことを考えて、ぼんやりと立ち尽くす。
ぶんやかしげらは、次々とパートナーの手を取ってゆく。
「佳代子さま。」
ざわめく空気を裂くように、いきなりマァガレットが差しだされる。
きつい光を湛えた黒目がちの少女が、折れそうに握り締めた花を震わせている。
緊張の余り、怒っているかのような蒼白の表情で唇を噛み締めている。
「はい。」
育ちの良さをうかがわせる物腰で、佳代子はにこやかに少女を見る。
「わたし、一年の真飛ゆう子と申します。」
「はい。」
「あの、大変図々しいのではございますが。
わたしを、お相手にご指名頂けませんか?」
もし、お断りしたのならば、その場で倒れてしまいそうなお顔の色だわ。
いささか驚きながら、そんなことを考えて微笑が浮かぶ。
「あの、わたし真剣なのです。
ずうっと、優雅な佳代子さまのお姿に憧れておりました。
わたしでは役不足だとは存じてはおりますけれど・・・・ 」
自分の強引なもの言いに初めて気が付いたように、語尾が消えてゆく。
なんということでしょう、この子は泣きそうだわ。
そんな激しい気持ちなど、思いもつかない佳代子はなんとはなしに嬉しかった。
「いいえ、そんなことはございませんわ。
わたしなどでよろしいのでしたら、ゆう子さん、お相手をお願いできまして?」
「まあ、ご覧になって。」
「ゆう子さん・・・佳代子さまを・・」
「でも、ほら、あの方のあんな嬉しそうなお顔って。」
「初めてでは御座いませんこと?」
いつもてきぱきと皆さんを引っ張ってゆく、ゆう子さん。
自信に溢れ、声高に主張することを恐れない。
人の背にいる方が気が楽なわたしとは、大違いの性質かとばかり思っていた。
そんな彼女が、思いつめたように佳代子に申し込む姿はとてもかわいらしかった。
いつも大人びて落ち着いていたあかねは、肩を落としていた。
そしてかしげにいざなわれ、救われたように微笑が戻ってきたようだ。
少女の愛らしさが凝縮したかのような千佳子は、瞳が潤むほどに陽子さまに憧れる。
漆喰の壁、高い天井、夏の日差しを映したような幾つもの瞳が瞬いている。
さまざまな少女たちの、吐息が甘く苦くさざめきあう。
わたしの手には、まだ行き先を知らぬマァガレット。
只お一人を待ちながら、扉はいつ開かれるのか。
こうやって、幾つもの思いが開いたり萎んだりしながら、
わたしたちの夏は過ぎてゆくのだろう。
思いはいつの日か、一夏の記憶に風化してしまうのだろうか。
淳子お姉さまが、遠い思い出の無彩色のレリーフとなってしまう、
そんな時が来るのだろうか。
あれ程の方と関りを持てたという、そのことだけでもどれほどの偶然の織りなす産物であったことだろう。
そして運命の戯れが、此れほどに近しく寄せて頂くことを許してくれたのだ。
わたしは、この僥倖に感謝しなければ。
淳子お姉さまが、どなたと踊られるとしても。
それでも、いつか、あの方に求められるほどの高みへ昇ってゆけたらと、
ひたすらに思いたい。
それは未だ、どれほどに傲慢な思いであることか。
わたしは、負けず嫌いなのかもしれない。
何よりも、わたし自身に負けたくない、おかしな負けず嫌い。
だから、愚かなまでにあの方を追いつづける、わたしの瞳。
空気が静かに沈んでゆく。
講堂は、また輪を整えはじめた。
← Back Next →