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吉屋かめ乃
こんな時に、改めてつよく感じる。
淳子様を待つわたくしたちのこの、異様なまでの高揚。
もう手にとって温度をたしかめられるかという程はっきりと
それは対流となってわたくしたちをとり巻き、酩酊の淵へと追い遣る。
淳子様にはそんな力があった。
瞳にも色々あるが、たとえば勝気な光を威勢よくみなぎらせたもの、
落ち着きながら、いきいきと如何にも利発そうなもの、
やんわりとゆかしく暖かみを宿したもの、
中でも少女にも解りよく人気な
そことなく翳りと憂愁をたたえたもの、などだ。
しかし淳子の瞳はこのどれにもあてられない。
表層に見えるのは、たえなる自信に裏打ちされたやさしげな色合い。
そこに感ぜられる精神的で高邁なものを
少女らは少女たる本質によって、「特別」と認識する。
そして淳子に並ならぬ思いで慕う者のみがちらと垣間見る
奥底の混沌と、失することなき闇と空虚とは
普通には汲み取れないが、その匂いは不可思議な結びつきで
淳子の「特別」の魅力を、もてあまさんばかりに感じ入らせるのだ。
扉は椅子によって無粋にひらかれたまま、内の暗闇をのぞかせている。
皆が結託して今かと待ちこがれるように
ひそかにその闇の奥を見てとろうと目をみはっている。
薫子は出来るだけそれとなく見えるように立っていることで
もはや精一杯だった。
どんなにか、素敵だろう。
「 では、最後の御一方に御出座し戴きとうございます。
・・・・・・ 紫吹 淳子様。」
わたくしの為に用意したという衣装に袖を通し、
一時的に水差しに切り活けられたマァガレットの、ぬれた花弁に爪をたてる。
わたくしを呼ぶ声に応えることが出来ない。
もう少し、待って頂戴。
掻き乱れたこの理性が、整うまで。
「 ・・・ 淳子さま・・・? 」
「 … 」
「淳子様、皆様が・・・・・・ ま、お顔のお色が・・・!」
ぶんに促されて様子をうかがいに来たらしいまひる。
あなたなら、一言で充分ね。
「 未だ、準備が整わぬと・・・。 」
「大丈夫・・・でしょうか・・・」
「ええ。二曲目にはと、そう 云って。 」
「 ・・・・・・解りました。」
マァガレットのかおりの染みた指先をそっと仰ぎ、
淳子は目をとじて、シュトラウスがかろやかに鳴りだすのを聴いた。
――――淳子お姉様・・・・・・
薫子の想像のとどかない事態を目の前に、
寂しさや驚きよりも、先ず混乱が薫子を支配する。
楽団が「南国のばら」を奏ではじめてしまった。
十二人は戸惑いをあらわしながらも、
盛装に選ばれた生徒はやさしく差し伸べ、其の生徒らに選ばれた少女がそっと重ねる。
それぞれ、音につれて円に舞いだした。
愛らしくたのしい円舞曲は、午後のパーティーのはじまりにぴったりだ。
薫子の瞳は、いつでも羅(うすもの)か、かすみでもかかったようだ。
そうやってその広大な魂を庇護している・・・。
あかるい頬、華やぐ微笑み。
それらに隠れるように、ほんの寸時、鏡のように瞠られる瞳をしっている。
とりとめのない憂愁すら、あの子を捕らえられはしない。
そんな安っぽい瞳ではないのだ。
あれは毒を、悲傷を消化してなお輝きを失わない、つよい瞳。
わたくしは知って居る。
わたくしはどんなにか、この手にと望んでいることでしょう・・・
少女たちは、選ばれた者たちのうるわしいダンスを
もう、うっとりと見送る。
なんてうつくしく、素晴らしい光景!
しかし勿論、次の曲への望みをしっかりと持って虎視眈々と待つ者もある。
薫子は円舞に酔ったような気がしていた。
淳子お姉様、は・・・・・・・・・・・
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