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                       會津ニ十








「 ・・・・あら、ゆう子さんは?」
「あら、  あかねさん、ご存知?」
「ええっと  多分、音楽室に楽譜をお返しに、いらしたのではないかしら。
 合唱の責任者でいらっしゃるから。」
「ま、残念ね。」






一年生の片隅で交わされる囁きをよそに、夏の煌きを集めたような光を纏い、
凛々しいエジプトの戦士に扮した佳代子が歩み出る。



「佳代子さまの涼しげな眼差しに良くお似合いで、素敵ですわね。」
「折角の扮装ですもの、少しエキゾチックなものも、ね。」
「まるで、童話の世界に迷い込んだようで、
 ぶんお姉さまの演出で、みなさますっかり夢うつつでいらっしゃるわ。」

 

随分と重たい、お衣装ですこと。
選んで頂いたのは、とても光栄なことだけれど。
わたしも、どなたかを、選ばなくてはいけないとか・・・・・・。

下級生達の溜め息を誘う、そのしとやかな所作で、佳代子は、
金色のマントを摘みつつ、戸惑ったように首を回した。



「ええ、と・・・ あなた。」




.
目の前に立つ、優美な姿が幻でもあるかのように、
少女はあっけに取られたような表情になっている。
「倶楽部の月釜には、いつも美味しいお菓子を届けてくだすった方ね。
 ・・・・お名前は?」
「し・・白風、星代・・・・・・でございます、佳代子様。」
「では、あなたに一曲目のお相手を、お願いしてもよろしいかしら。」
佳代子のはんなりとした笑顔に、うっとりと酔うように星代は頷いた。
「では、失礼させていただきますわ。」
胸に咲いた白い花を、細い指で摘み、少女の耳に持ってゆく。
髪を優しくかき上げられ、耳に柔らかい指を感じる。

「まあ、とてもよくお似合いよ。」

そして、胸元にさし出される手に、触れるか触れないほどにそっと手を重ね、
星代は佳代子に輪の中へと、導かれていった。





ほほえましく眺めていた安蘭が、再び声を上げる。


「お次でございます。
 ・・・・・大空陽子様。」



千佳子がいきなり、腕にしがみつく。
「ああ、どうしましょう、薫子さん、
 わたくし、心の臓がどうかなってしまいそうよ。」
「千佳子さん、わたしの後ろに隠れては、いけないわ。」
「だって、だって ・・・・・・ 
 絶対、わたしのことなんか、お姉さまご存知ないのに。」
わたしだけじゃない、みんな其々のお姉さまを、
切なく思いこがれているのだわ。
少し嬉しくなって、肩に手をかけ、千佳子の柔らかい身体を前におしやった。






「・・・・・佳代子さま、 佳代子さまはもうご紹介されて?」
「まぁ、たったいま。
 ほら白風さんとご一緒に、あちらに。」
まわりが振りかえるほどの、大きな溜め息をついてゆう子は肩を落とす。
蒼ざめた顔で、口唇を噛みしめながらマァガレットを握りしめる。
「まだね、ほら、二曲もあるんですもの。」
囁くあかねの慰めも耳を素通りしたまま、食い入るようにゆう子の瞳は、
佳代子に向けられつづけていた。






確かにぶん様のお見立ては、流石でいらっしゃるわ。
漆黒のマントを手にとって、陽子は笑った。
夏希とは対照的な、濃紺に黒の縁取りの軍服。
すらりと長いブーツで、足早に講堂を回る。
緩やかに垂らした前髪が、秀でた額に影を作り
端正な美貌を際立たせる。

口の端だけで笑みを作り、薫子の姿を探す。
一年生の片隅の、更にその奥に、パノラマにでも迷い込んだような顔で、
瞳をきらきらさせているのが、いかにもあの子らしい。



ここでわたくしが、申し込んだならば、あなたはどうなさるかしら?
そして、今まさに舞台裏に控えていらっしゃるはずの淳子様は。



気持ちを決めかねながら、その一群の前に立つ。
思いがけず、薫子の口が開いた。
「あの、陽子お姉さま・・・・、わたしのとても大切なお友達の、
 千佳子さんで、ございますの。」
紹介された愛らしい少女は、紅潮した頬に目を潤ませて、
こちらを見つめている。



おそらく、物好きさんのお一人ね。
そして、薫子はわたくしにこの子と踊って欲しがっている。
それだけで十分かもしれないわね。
あなたが望むことならば、叶えてさしあげたいなどと、
いつのまにわたくしは、考えるようになってしまったのかしら。

わたくしは淳子さまに、そしてあなたに、近づきたいとすら
思いはじめている。



淳子ならばこうするであろうという、笑みを浮かべる。
「ちかこ ・・・さん。
 わたくしのこと、ご存知かしら。」
「はいっ、二年生の、大空さまのことを存じ上げない一年生など、
 この学園にはおりませんもの。」
潤む瞳に、大真面目な力をこめて、怒ったような口唇が膨らむ。
こういう、いかにも気の強そうな顔は嫌いではない。

「では、こちらのお花を
 ・・・・・・・・あなたに。」


陽子に弾むように導かれ、満面に喜びをみなぎらせた千佳子。
なんとはなしに、ほっとした気分で小さく手を振った。
ああ、もう、陽子様のお顔をご覧になるのが、せいいっぱいのようね。


わたしも、あんな顔をしているのかしら。
全てをあずけるような、あんな笑顔を。






そして輪が六組まで、繋がる。
あと、一組。

講堂中が、確信をもって息をひそめる。






マァガレットが、小刻みに震えだす。
胸にあつい波のよせる、音がする。



―――――――――― 淳子お姉さま。












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