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                           會津ニ十




仄暗い扉の奥から、靴音が響く。



黒光りする革の軍服姿の夢輝に、ざわめきが静まりかえる。
いつもの穏やかな微笑は影をひそめ、鋭い眼光で講堂を一瞥する。


「あ・・れ、 熱子お姉さまなの ・・・?」
「なんだか、いつもと雰囲気がちがっていらして・・・ 」
「でも、とっても  ・・・・・・素敵!!」





講堂の壁を伝ってゆくざわめきを耳に、ぶんが嬉しそうに微笑んだ。

「ぶんお姉さま、お考えになりましたこと。」

悪戯っぽそうにまひるが囁く。

「熱子さまですもの。
 みなさま、どんなに甘いメルヒェンの王子さまでいらっしゃることか、と
 お思いになっておりましたでしょうに。」
「ふふ、そうね。でも、折角見立てるのですもの、
 彼女の魅力はそれだけでは、なくてよ。」
「まあ、随分とモダンな軍服ですのね?」
「ええ、今度、前衛のお芝居をなさるそうで、かなり思いきったものを作られたのよ。
 でも、よく、お似合 いでしょう?」



なるほど、ドイツ軍をモチーフにした、黒い革のその衣装に夢輝の長身は映え、
引き締めたその口唇は、怜悧な雰囲気さえ漂わせる。
彫りの深い顔立ちと相俟って、異国の香りを際立たせる。




「熱子お姉さまは、どなたに申し込まれるのかしら。」

 いつでも穏やかに優しく、満遍なく生徒たちと交流していながらも、
これといった想い人の噂のない彼女に、期待というよりも好奇の視線が集まる。


桜色のマァガレットを手にした、一年生の前を靴音は通り過ぎ、
同級生達の前を、微笑を浮かべすり抜ける。
そして、最上級生の一群の前に立ち止まる。
胸元から白い花を抜く。




「さえ子さま、お相手をお願いしてよろしゅうございますか?」




さえ子と呼ばれた少女が、驚きで見開いた目でマァガレットを見つめる。

「で ・・・・でも熱子さん、わたし、三年生ですのよ。
 ほら、あちらに、あなたのお声をお待ちになっていらっしゃる方々が
 ・・・ あんなに。」

言葉が段々とか細くなり、遂には消え入ってしまいそうにうつむいた。
その華やかな美貌で、『白薔薇の君』、とまで囁かれながら、
ひっそりと奥ゆかしく、いつも静かに微笑んでいた。
滑らかな頬が、思いもかけない顛末に、薄く染まる。
黒々とした睫が、戸惑いを隠せずにふるえている。

「入学したときから、あなたの美しさに憧れておりました。」
「わたしなんか・・・・ そんな・・・・・ 」
「 ・・・・・・ でも、どうしても、お声をかけさせていただくことが、
 出来ませんでした。」

伸ばした腕の先で白い花が、小さくふるえる。


「わたしの、唯一つの思いの証しです・・・・・・
 この花を、お受けとりいただけませんか?」


  熱子の瞳は、いつもの包み込むような優しさをたたえていた。
 おずおずと、さえ子は顔を上げる。
 そして、大輪の白薔薇がひらくような笑みを浮かべた。

 
 「 では、つけて下さいませ。 」

 
 
 か細い声で、其れでもきっぱりと、さえ子が言った。
 
 
 
 
 
 
 「 ・・・・・ 熱子お姉さまは、さえ子お姉さまとっ ・・!!」
 
 一瞬の息をのむ沈黙が、包み込むような歓声に変わる。
 その歓声の中、二人は誇らしげに手を取りあい、
 ワルツの定位置に進んだ。
 
 
 
 
 
 
  興奮が渦を巻く講堂を鎮めるように、瞳子が口を開く。
 
 
  「お三人目は・・・  増田夏希様。」












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