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                          會津ニ十







そして一人芝居は、幕を下した。


滑稽なまでに昂まった鼓動は、静かに、亦平生にもどってゆく。
ライトの落ちた客席の、あなたの頬に伝うものが見えたような、気がした。
いいえ、きっとわたくしのつのる思いが見せた、幻。
わたくしの言葉の一欠片でも、あなたの胸に届くのならば、
わたくしは、この声すら失っても構わないのよ。





「淳子さま、もうみなさま、集まっていらっしゃいますわ。
 お早く、会議室のほうに、いらして下さいませ.。」

近頃、何かとぶんの手伝いに駆けまわっている瞳子が、呼びに来た。
食堂のざわめきを遠くに、会議室へ足を向ける。















「ああ、やっといらしたわね。  これで全員かしら?」


上座でなにやら書類を振りまわしつつ、ぶんが此方を向く。



「ええっと・・それでは生徒会の方から、ご説明させていただきますわ.。
 淳子さん、よろしくて?」
喋るのは、もうたくさん。
一番奥に腰を下ろし、笑ってぶんに頷いてやる。
「まず、こちらにお集まりいただきましたみなさま。
 ご存知かとは思いますけれど、一年生の投票でご希望の多かった方々ですわね。」
昼食を食べはぐれた面々の為、テーブルの上には食堂からお裾分けの
サンドイッチなどが所在無さげに並んでいる。



「もうご存知かとおもいますけれど。みなさまには、
 今回の葉山を締めくくりますダンスで、殿方の役割を演じていただきますのよ。
 ええと、ご紹介だけ、あ、瞳子さん。」
瞳子に軽く目配せして、後は任せたとばかりに椅子に座る。
「みなさま、お食事抜きでいらっしゃるの?
 ダンスがもちませんことよ・・・じゃあ、わたくしは失礼させていただくわ。」
そういって、悪戯っぽくサンドイッチを手に取った。


ぶんの茶目っ気のおかげで、一気に空気が和む中、
瞳子が次々に選ばれた生徒を紹介する。


「ええと、では、ご紹介させていただきますわ。
 ・・・まず二年の、朝澄佳代子さま。」
折れそうに細い中に凛としたしなやかさを感じさせる物腰で、佳代子が立ち上がる。
「茶道部で、いらっしゃるのよね。」
口数少なく、いつも柔らかく笑みを湛えている。
しとやかに一礼すると、そのまわりに清浄な香りがたちこめる。


「次に、二年の増田夏希さま。」
社交ダンス倶楽部の花形は、すらりと腰を上げ優雅に一礼する。
きりりとしたその眼差しを受けたいばかりに、入部希望者が殺到したというのも、
なるほど、頷ける。
立ち姿だけでも、華麗な舞姿が想像できてしまう華やかさがうかがえる。


「そして、二年の夢輝熱子さま。」
あまり目立つことはしないけれど、その暖かさで下級生の間に確かな人望を築く。
いつも誰かしらに囲まれている中で、ゆったりと微笑む姿が印象的だ。
少し緊張しているのか、はにかみながら一礼する姿がそれらしい。


「まだ、二年生ですわね。貴城かしげさま。」
淳子を追いかけていたとは言え、自らも庭球部でかなりの人気を誇っている。
その美しさと、庭球の腕前のみならず生粋のご令嬢としての傲慢ささえ
ある種の魅力にしてしまう。
華やかな笑顔を部屋中に振りまきながら、嬉しそうに席につく。



「二年生の・・・最後は、大空陽子さまね。」



先ほどの衝撃が、未だ尾をひいたまま、軽く一礼する。
わたくしが選ばれるなんて、物好きもいたものだわ。
・・・・・淳子様、あなたはやはり、あの子に手をさしのべられるのですか。
いつもと変わらぬ、涼しげな横顔をそっと眼の端に止める。



「ええと、次は三年生の、絵麻緒ぶんお姉さま。」
サンドイッチを急いで置いてぶんが立ち上がる。
「みなさま、恒例の盛装ですけれど今回はうちのお知り合いから、
 色々とお衣装をお借りして参りましたのよ」。
ああ、そう言えば、彼女のお父様は築地の小劇場のご後援もなさっている
趣味人でいらっしゃったわね。
お身内が小山内先生の元で、女優としてのお勉強もなさっているとか。
「わたくしの見立てですから、お気に召さない方もいらっしゃるかと
 存じますけれど、どうか、ご容赦下さいませね」
やれやれ、わたくしには一体どんなお衣装を頂けるのかしら。








「それから、三年生の紫吹淳子お姉さま。」
立ち上がり、軽く目礼して陽子と目があった。
物問いたげな瞳が何気ない風を装い、そらされる。
「皆様、今回は残念ながら会長の月湖が私用で伺えませんでしたので、
 彼女の分まで、よろしくお願い致しますわ。」
挨拶にもならない挨拶をして、ぶんに後を任せる。



「ええと、今回の進行は、二年生の安蘭さんにお願い致しましたの。
 ですから何かございましたら、取りあえず彼女のほうに仰ってくださいます?」




「お姉さまっ、遅くなりまして。」
幾つもの箱に埋もれそうな少女が、扉を開けて部屋を覗く。 
「ああ、まひるちゃん、ありがとう。
 お名前の通りに、みなさまにお配りしてくださる?」


まひると呼ばれた少女が、少し顔を紅潮させながらぶんの言葉に頷く。


あらあら、悠子先生と踊れなくてどうなさるかと思っていたけれど、
一体いつのまに、あなたらしいわねと、苦笑が漏れる。


「ええと、此方は一年のまひるちゃん。
 来年には演劇のお勉強のため、留学がお決まりでいらっしゃるのよね。」
瞳子と二人で衣装箱をくばる少女が、嬉しげに顔を上げる。
少し誇らしげに微笑んで、舞台で映えそうな華やかな顔立ちが愛らしい。
「演劇についてはかなりお詳しいので、お衣装の着付けやお化粧でのお手伝いを、
 お願いしましたのよ、ね。」
「はいっ、ぶんお姉さまにお声をかけていただけるなんて、光栄ですわ。
 皆様、なんでもおっしゃって下さいましね。」
いささか鼻っ柱が強そうな、はきはきとした声が響き渡る。
てきぱき駆けまわる姿は、なるほどぶんの好みと得心がいった。




「では、みなさま、そちらの控え室でお召し替えになって頂けます?
 お時間になりましたら、わたくしたちが呼びに伺いますので。」
あくまで、生真面目に瞳子が指示を出す。







さあ、喜劇の第ニ幕が、華やかに幕を開ける。









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