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                        吉屋かめ乃 









「 薫子さん、食堂へまいりましょ。 」
「千佳子、さん 」


愛らしい微笑みに、苦味が混じっている。
背の高い薫子を見上げるようにして言う。

「わたしって、意地っ張りでしょう?
 だから・・・このまま以前に戻ることはできなくっても、
 以前のように、・・・始めたいの。 だめ? 」
「いいえ、 いいえ…」
「では、わたくしたちは今から亦、お友達よ。
 お友達は一緒にごはんを戴いたり、手をつないで食堂へゆくものよ。」
「ま、千佳子ちやんったら。」


手に手をとられ、薫子は亦、泪があふれそうになるのを感じて
咄嗟に俯いてしまった。
あかねが呆れたように笑うと、千佳子は慌ててもう片方の手を差し出す。


「さ、 あかねさんは、こっち。」



淳子お姉さまの少し低い声が痺れるようにひろがり、
まだわたしの耳の奥、後頭部から全身までを浸している。

わたくしは、しあわせで泪を流したのです。
淳子お姉様はわたしひとりに発してくださったわけではないけれど、
それでもわたしはしあわせでした。







食堂は既に多くの生徒であふれている。

「 あら、此れ、どうしましょう。」
「まぁ、帝國ホテルが始めたっていう、ブッフェスタイルじゃあなくって?
 あかねさん、器取ってくださる? こちらよ。」
「まぁ・・・薫子さん、ご存知だった?」

何気なく話し掛けられることへの戸惑いを、慌ててかくす。

「え 、いいえ。 千佳子さんお詳しいのねぇ。」
「伯母様がお知り合いのお式に伺ったばかりなの。」




少女たちのかろやかなざわめきの中、
各々歓談が咲いている。
しかし、先ほどの淳子について熱っぽく語るような者は誰もいない。
確かに内に抱え込んだ熱を、安っぽく表へ出すことが如何に下卑たことか
それぞれに、知らず理解していた。


「ね、 薫子さんはやっぱり、淳子お姉様に投票なさったの?」
「ん? ・・・千佳子さんは?」
「ずるいっ 薫子さんが先よ。わたくしたち、お友達じゃない。」

頬を膨らませた千佳子がかわいい。
「 ええと・・・まぁ、ええ。 でも、お姉さまにはナイショにしてね。」
「ええ、ええ。解っているわ。わたくしはねぇ・・・・・」

こちら、と手招くので、耳を貸す。
「 ・・・・・ようこ、おねえさま・・・・・ 」


少しく頬を紅くし、含むように微笑む千佳子に
薫子は曖昧にうなづいてみせることしか出来なかった。

「 あ、あかねさんは? 」
「わたくし? わたくしはね、夏希お姉様。」
「夏希お姉様・・・」


夏希お姉様といえば、
あかねと同じ合唱倶楽部のF組生、彩乃をお気に入りという噂で持ちきりだ。
ふたりとも、わたくしのように
気味の悪いほどお慕いする気持ちがあるわけではないのだろうけれど、
それでも“憧れている”ことは確かなのだわ。
揃って大変に前途多難ですこと!



「いいけれど、わたくしたちのお姉様は皆さん、
 盛装になられるかしら。 」

オレンジジュースを運びながら不安げに言う千佳子。

「此処にいらっしゃらない方々だったら、大丈夫よ。
 でも盛装に選ばれたということは、それだけ人気ということよ。
 そちらを心配しなくちゃあね。」
「そうだわ! 嗚呼、マリア様・・・」
「大袈裟ねぇ。」

微笑むあかねだって、内心ダンスタイムに向けて胸を高鳴らせているのだ。






「あ ひかるさん!」
「皆さん、フルウツ召し上がった? 鳳梨があるの、甘いの~」
「ま、それは戴かなくちゃあ。
 あかねさん行きましょ。薫子さんの分も戴いてくるわ。」
「あ、ありがとう・・・」


ひかるといえば、月湖お姉さまは都合で葉山にはいらしていない。
ひかるはダンスパーティー中、あと半年、どのように過ごすつもりだろう。


「・・・ひかる、さん」
「お姉様方のお衣装、愉しみねぇ。
 なんでも、ぶんお姉様のお宅のご協力あるのですって。」

「・・・」
ひかる・・・?

「さ、そろそろよ。お皿の上にのせたものは
 戴いてしまわなければねぇ。」









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