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                       會津ニ十









薄白い照明が徐々に絞られてゆき、舞台にくっきりと円光を描く。
その光より尚まばゆく、あの方が浮かびあがる。


――――― 淳子お姉様。


アラバスターの滑らかさを纏う肌が、光のヴェイルをふんわりと映す。
その一筋の乱れもない、気高い立ち姿。
神々しいまでに煌く、あでやかな微笑み。
凛とした波をもち、天上の聖歌を思わせるそのお声。


わたしは、ただひたすらに息をとめ、
その麗しいシルエットを目に焼き付けようと、瞳を凝らす。
嗚呼、これがわたしの憧れてやまないお姉様なのだわ。

 



いつしかマリア像に祈るかのように、薫子の華奢な手が、
胸の前でそっと、組みあわされる。

張りつめた静寂を、いとも易々と切り裂くように、
淳子の口唇が、微笑みめいたかたちを作る。







 「  蕾ひらく、いとうるわしき五月。 わがこころにも 恋ほころびぬ。
    鳥うたふ、いと妙なる五月。 かの人に打ち明ける・・・  」
   




甘やかな思い出が、心に押しよせる。
わたしが、初めてお声をかけていただいた、五月。
その麗しさに、たちまちに心奪われた、五月。



食い入るように見つめる瞳に、淳子の瞳が重なる。
気付かぬままに結ばれた二つの瞳が、狂おしいまでに絡みあう。



    
 
 「  きみの頬、わが頬に寄せ  泪をひとつに合はせよう
     きみの胸、わが胸に合はせれば  炎もひとつに燃えたてる
     その炎に涙そそぎ  ・・・わが腕が、きみを抱いたなら
      ・・・すべてをひとつに、死にましょう   」





お姉様、いつも慈愛に満ちた微笑で、わたしに手を差し伸べてくださいました。
苦く、甘く、苦しく、切なく、そして狂おしく、思いもかけなかった幾多の波の只中で。
わたしはそこから、未だ一歩も進むことができぬまま。
手首はまだ、白く掠れたまま。




胸の鼓動はますます昂まってゆく、心臓がせり上がってくるほどに。
お姉様の放たれる煌きに、わたしの全てが焼き尽くされるようにあつくなるのです。


淳子の言葉のひとつひとつが、挟まれる溜め息のひとつひとつが、
薫子のちいさな胸の奥深く、まっすぐに突き刺さり、果てなく染みわたる。





  「  愛らしききみの顔、昨夜も夢に現はれし 
     天使のやうにやすらぎたるが  痛々しくも、蒼褪めて・・・
     …唇だけは、赤くうるむが   死の接吻にもう蒼褪める。
     無邪気なひとみを洩れ出でる  あかるき光も消ゆるの、か。 」





お姉様、あなたはどんな天使をお望みなのでしょうか。
その天使のほんのひとかけらですら、わたしに重なることはないのでしょうか。
わたしが近づくことなど、できるはずもないのは痛いほどわかっているのです。

でも、この一時だけでいいのです、
そんな夢にさえ縋りたくなるわたしを、お姉さまは軽蔑なさいますか。  



祈りをかたちづくるような手が、より固く結ばれる。
嗚咽が漏れそうに震えだす口唇に、必死で押しあてる。
 



  「   わたくしのため、してくれた   あの接吻の、…そのように。  」
  



お姉様、薫子は本当は覚えているのです。
いま夢を紡ぎ人々を捕まえてはなさない、その艶やかな桜桃のような口唇を。
あの酩酊の全てが捻れ歪んだ夜の、たった一つの記憶を、
時折そっと抱きしめていとおしむ。

そんなわたしを、けがらわしいとお思いにならないで。



  
白い輝きをおびるように、伸びる指先はただ一人を求め差しだされていることに、
二人、ともに気付かぬまま。
爪先に、恭しく口付けるかのように、
ただ一つの聖なる言葉をこの世界に描くために。

淳子の口唇がその命の炎を吐くためだけに、ひらかれる。




   「  おののき、 かをる 。 」




頬を伝う涙がとまらない。
胸を駆けめぐる嵐がとまらない。
心を揺さぶり狂おしい思いがとまらない。





わたしの全てを、あなたの御許へ 
                   


・・・・・・・ おねえさま。







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