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この2年間の闘病の振り返り


先日Twitterで病気(うつ病、愛着障害、複雑性PTSD)を公表した。
いろいろな言葉をいただいた、その大半があたたかい言葉だった。ありがたかった。

隠す必要がなくなったいま、この2年間の闘病生活を振り返ってみようと思う。
ついでに病気のことも知ってもらえたらうれしいな、同じように苦しんでる人のもとへ届くといいな、ささいな力になれたらいいなという気持ちを込めて(いままでのnoteとは毛色の違うものになっちゃうのは許してね)。

〜はじまり〜

それは突然だった。
ある日、起きている間中涙が止まらなくなった。
急いで病院を予約しようと思っても、どこもいっぱいで、遠方の神奈川の方にある精神科まで行ってきた。

最初は適応障害という診断をされた。
しかし、受診していくうちに根っこにあるのは『愛着障害』かもしれないということが明らかになった。


~『愛着障害』とは~

『愛着』とは、親と子の間に生じる精神的な繋がりのことだ。
主に母親と子の間に生じるもので、0歳から3歳の間には形成されると言われている。
親が子どもの感情に共感し、応答してあげることを繰り返すことで、子どもは安心感を覚え、親もその様子に安心感を覚える。
その繰り返しで子どもの心に『愛着』が形成されていく。

『愛着』がなんになるかというと、
①「じぶんはじぶんのままでいいんだ」という自己肯定感や自尊心
②「じぶんってこういう人間なんだ」という自己同一性(アイデンティティ)の構築
③「他者や世界は信頼できるんだ」という基本的安心感につながる。

これらは生きる上での”基礎装備”ともいえる。

『愛着障害』とは、そんな生きる上での"基礎装備"を一切授けられず、むしろそれらを傷つけられ、損なわれてきてしまった、被害を受けてきた人たちのことを指す。

簡単に言えば、「ありのままの自己を肯定されたことがない」のだ。

彼らにとって、家は安心できる場所ではない。常に緊張し、感情を押し殺し、じぶんが生き抜くために本当は取りたくない手段を取らされる危険な場所である。


ごく個人的なことは名誉棄損にもあたる可能性があるためここには書けないが、わたしの家庭環境は通常とはかなり異なる環境下にあった。
実は愛着障害という単語は大学生の頃には調べており、なんとなくじぶんはそれにあてはまるなと自覚していた。
だから愛着障害と言われたときも驚きはなく、「ああ、やっぱりな」と思った。

~この2年間のこと~

大変なのが、"じぶんの被害を正しく認識すること"にあった。
わたしは通常とは異なる家庭環境に置かれていたため、「この家族に馴染めないじぶんの頭がおかしい」と本気で思っていたし、「じぶんの存在が間違っている」とかなり強く認識していたためである。

おまけに感情をなくして解離する状態を子どもの時分からやっていたため、子どもの頃の記憶も断片的にしか残っておらず(感情と記憶はワンセットなので、感情を殺していた人間はその時の記憶が残らないということが証明されている、恐ろしいよね...)、過去を振り返ることはかなり難しい作業だったし、今もそう。
すべては振り返れてはいない。

その「じぶんの頭がおかしいんだ」という認識を「親がおかしかったんだ」という認識に変えるのは、かなりの時間がかかった。


この2年間はそのじぶんの誤った認識を変えることに注力をしていた。
カウンセラーさんと共に一進一退しながら。

その間かなり心は揺れ動いた。
今まで被害だと認識していなかったことが、次々と被害だと認識せざるを得なくなったし、思い出したくないことも思い出してフラッシュバックを起こしていた。
唐突に被害を認識し、洗濯機の横にうずくまって号泣したりした。
愛着障害ゆえに、生き方を仕方なく歪ましてきたゆえに起きた二次被害もたくさんあったことがわかった。
もう生きていかれないと思ったことが何回もあった(今もざらにある)。


一番ひどい波は発病して半年後に来て、本気で死を考えていた。
死ぬ前にやり残したことをリストアップしてそれを実行していった。
その中で遠方まで人に会いに行って話をしたことは今でも鮮明に覚えている。
死ぬ前にその人に伝えておきたいことがあったから。

別れ際にハグをした。
あんなに力強いハグを、私は他に知らない。
あのハグがあったから、私はいまも生き残り続けているところがある。


~これからのこと~

回復とは?と聞かれても、私もいまいちわからない。
カウンセラーさん曰く、「じぶんがじぶんであることに安心を覚えられること」である。
私にとってはかなり遠い。
最初からそこを損なわれてきたからだ。
「じぶんがじぶんであること」を生まれたときから奪われ続け、損なわれ続けてきたからである。
だからなにがじぶんかなんて到底わからないし、無理難題をふっかけられてるなと思う。

それでも、そこに向けて進むしかないのだ。
少しずつ、じぶんらしさのかけらを拾い集めて、大事にしあえる人間関係を育んで、「じぶんも悪くないじゃん」ぐらいに思えたら、それはかなりの進歩なのかもしれない。

それ以前にうつ病という症状で、身体は常に重苦しく、日々生き抜くのもやっとだが、わたしはもうしばらく生きると思う。
少なくとも、わたしはひとりではないと、皆が教えてくれたから。それを信じる。怖いけど。きっとひとりじゃないね、わたしたち。


複雑性PTSDに関しては、また改めて書けるときに書きますね◯

最後まで読んでくださってありがとう。
最大限の感謝を込めて。

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コメント

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この2年間の闘病の振り返り|國嶌りょう
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