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                          吉屋かめ乃




薫子が咳を抑えながらわたくしの汗を拭うのを、
しっかりと目の端に留めながら
それでいて決して書物から顔をあげられなかった、淳子様。
それに、わたくしを薫子との部屋に招き入れたのも淳子様なのだという。
この方たちは、わたくしが思う以上に
ほどき難いからまりを抱えているのかもしれない。



「お茶をいれますから、お姉さま、そのカップかして下さい。」
「あら、そんな時間 ありがとう」

書棚をずらした処に陽子の寝台をいれたため、
ソファは薫子の寝台と平行に置くかたちになった。
淳子がソファの端に腰をおろすと、
陽子は焼き菓子の缶を持ち出して淳子に手渡し
薫子の寝台に座る。

夏の日差しが硝子をくぐって焦茶の床に伸びる。

淳子は重たそうにポットを抱えてきた薫子をほほ笑みで迎え、
自らの右隣に招く。
まるで療養所だわ、なにかを超えてしまったかのよう。
琴線に、それぞれの心を支える腱にふれて
なにもかもが、以前からの習慣のように
このまま全てが続いていくかのように。


「あとどれだけだったかしら、ここの生活は。」
「一週間程だったと思います。」
「早いものですね」
「 そうね…」

薫子の白い襟に反射した光線をうけて
淳子は目を細めながらスカートの襞をつまんで、気持ち程度に整える。


「わたし、葉山が気に入りました。
  とても空気がきれいで、自然にあふれて。」
「来年にはまた来られるわよ。
 その前に、淳子様は御卒業されてしまわれますけれど」

薫子の表情が一瞬の驚きののちに曇る。

「 そうね、残念だわ。」


そう、淳子お姉様とこうして過ごさせて戴けるのも
あと半年。
わたしは、なんだかこのまま気持ちを隠してさえいれば
もうずっと淳子様といられるような錯覚をしていたのだわ。
半年。 あと、半年…。




「戴きます。」
「どうぞ、チェリーの乗ったの、めし上がれ」

そう言って自分も同じものを口に運ぶ。
ヘビーシロップ漬けのチェリーから、医務室のエーテル臭が連想される。
寝台の上、夢うつつの状態でわたくしは
蔵書室での光景を思い描いていたのです。
確かにあのとき、わたくしは淳子様と交叉した。
淳子様の想いが瞬時に流れ込んでくるようだった。
痛々しく伸ばされた、細い腕。
薫子は畏れをなしたまま、淳子様は崩れる寸前だったでしょう。
薫子は動けぬまま、淳子様は心を見せないまま・・・
あと半年。



「 陽子さんは、来年もいらっしゃるの?」
「 …ええ……」
「淳子おねえさま、陽子お姉さまは二年生でらっしゃるから」

嗚呼、愛しい。
やはりわたくしはあなたの姉であることが厭ではない。


「ええ、知っています。でもそれは飽くまで予定ですもの。
 ねえ陽子さん?」
「 まぁ、来年のことを言っては鬼が笑うと申しますしね。」
「・・・?」

微笑みを返すことが出来るようになったのは
薫子の、淳子様のお陰と言えるかもしれない。

淳子様はカップに唇を寄せながら笑いを含む。



この方は、ご存知なのだ。










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