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吉屋かめ乃
時間が流れた、と思う瞬間がある。
揺られるレテの川すら、
流れが静止しているのではないかと思うわたくしの一日一日において、
それは、あの子がゆったりと睫毛を上下させた一瞬であったり
駆け抜けたこの部屋にうす甘い残り香が泳いだ、その時であったりする。
薫子は、唯一わたくしを人間の営みの世界へと引き戻してくれる鍵。
それをこの処、海風に洗われた肌に痛切に感じるのだ。
贅沢に重ねられたレエスが、
夢のように打ち寄せるドレエプが、わたしに見せた麗しい幻。
わたしは気付かなかった。
そのドレスが、どんなにか陽子お姉様の大切なものであったか。
陽子お姉さまは確かに難しい方。とても理解などしきれそうにない。
けれど、解らないは解らないなりに、御機嫌くらいは察知できるようになった。
瞳の色が、違う。
「 薫子さん?」
「えっ・・・・あ、出来ました」
「ええ、いいのだけれど・・憂鬱なお顔。」
「 ・・・! 」
葉山の微々たる蔵書は、そうは云っても充分な量であることに間違いは無い。
いつ、誰の手にとられたとも知れない古ぼけた紙とインクの山が
天井近くから反り返って、影を垂らす。
「・・・・・・憂いがおは、お姉様ですわ。」
・・・わたくし?
「 そんなことなくてよ。」
「いいえ、いつもの陽子お姉様じゃぁありません。
あっ ・・でもわたしが心配差し上げてどうとなることでもないです、ね
御免なさい。」
事物をよく見ている目。日常を甘やかさない目だ。
しかもその目が易々と自身に投影されたりしない処を、
わたしは今、とても気に入っている。
わたしの扉の前に右往左往し、或いは扉に耳をつけて
決して立ち入っては来ず、覗きたいと願っている。
稀有な瞳。
好き嫌いの感覚の後ですら、理論などで言い訳付けはしない子。
麻子はわたしを責めるだろうか。
わたしは麻子に逢えるだろうか。
船は、どこを渡っている。
「・・・・じゅんこ さ ま・・・?!! 」
いつも欠課している授業にふらりと現れた淳子お姉さまに、
一同一斉に驚きの視線を向け、感嘆の声をもらす。
紺の水着は、持て余しているかのようなすらりと長い手足を見せ付け、
つばの広いお帽子から注がれる、眩しげな視線に息を飲む。
「薫子さん、あなたのよ。」
ご自分が差されているのとは別で、白いレエスの日傘を差し出される。
すぐには声が出ない。
「・・・ 淳子お姉様・・・、きれい。」
率直な瞳の奥から言葉を発する。
わたくしは愛をこめて微笑みかえす。
ドレスがわたしに見せた魔法。
本当に洗練されて美しい方は、水着ひとつでも美しいのですね。
それに較べてわたしの、この健康的な腿ったら!
蝶番がほそく音をたてる。
「 あの、済みません 」
「はい?」
「貴女、こちらの生徒さんでらっしゃる?」
「・・・ええ、そうですけれど・・」
「陽子は、・・大空陽子に面談したいのです。
わたくしは・・瀬奈 と申します。瀬奈 麻子、ですわ。」
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